第51話 成長
小鬼の森の騒動から三か月程の時が経った。
あれ以降小鬼の森からゴブリンが境界に現れる事は減り、今では見る事すらない程だ。
鬼王との死闘が意味ある結果で終わってよかったと心から思う。
あの騒動で急成長を遂げた優斗は、今では那砂とマリネの三人で樹鹿の森の浅層で収穫依頼をこなせる程になった。
驚きの成長速度と言っていい。
現地の開拓者でも、半年も経たずに樹鹿の森で活動できるようになる者は稀もいい所だ。
収穫者と鬼王という化物との出会いが成長につながったのは間違いない。
調子に乗る事もなく、那砂やマリネを守るためにむしろ慎重さが増しているぐらいで頼もしい限りだ。
「戻りました!」
俺が酒場で夕食をとっていると、入口から那砂の声が聞こえた。
「お疲れさん」
「あぁ、戻ったよおっさん」
振り返って手を挙げれば、大量の荷物を背負った優斗が同じように手を挙げて応えてくる。
二人のトレードマークになるほどに見慣れた制服の上には、お揃いの革鎧が見える。
俺が贈った樹猪の革鎧も、今ではすっかり馴染んでいる。
最初の方こそ革鎧に着られているという印象だったが、今では違和感がない程だ。
「つーかーれーたー!」
手早く受付に成果を渡し終えたマリネが、俺のテーブルに当たり前のように座ると突っ伏した。
ぐったりとしたマリネの口に揚げ芋を突っ込むと、抵抗なくもぐもぐと飲み込んでいく。
「あー、塩分が染みるぅ」
「お疲れさん。珍しいな、元気が取り柄のマリネが」
当たり前のように俺のテーブルの料理を遠慮なく食べ始めたマリネの為に、果実酒を注文する。
「んー、ふぉうふぁんふぁよ」
「飲み込んでから話しなさい」
口いっぱいに揚げ芋やナッツをほおばったマリネが、ごくんと飲み込むと話を続ける。
「うん、そうなんだよ。最近、樹鹿の森は実りの季節なのか山ほど採れるんだけど、その分魔虫も多くってさ」
「警戒役は気が抜けない訳だな」
届いた果実酒を渡すと、マリネは両手でジョッキを掴んで一気に半分ほど飲み干した。
「ふぅー、生き返るぅ。ん、それでね、魔虫だけならいいんだけど、眷属も見かけるのが多くてさ」
「それは疲れるわけだ」
眷属は索敵能力が魔虫よりずっと高い。
その眷属が多い中で無事に帰ってきたのは素直に称賛するべきだろう。
「疲れるだけで済んだなら見事じゃないか」
「まーね!って言いたいんだけど、何度か見つかってるんだよね。何故か見逃して貰えたけど」
「樹鹿の森の眷属は、禁忌を犯してなければ温厚ではあるが……」
実りが多すぎて相手をする余裕もないって可能性もあるか?
眷属は総じて草食だから、好んで人間を襲うことはないからな。
……俺が考えても仕方ないな、今度見に行ってみるか。
「で、マリネから見て二人はどうだ?」
受付で、採取物の鑑定結果について真剣に聞いている二人に目線を向ける。
「うん、すっごくいいよ。優斗は本当に落ち着いてるし、その優斗を見て那砂も慌てなくなったね。採取も解体も、わたしが口出しすることもほとんどないよ」
「そりゃ凄い」
マリネは素直だ。
駄目なところがあれば迷うことなく駄目出しする。
自分の仕事に誇りも持ってるから、見る目も厳しい。
そのマリネが手放しで褒めるというのは凄いことだ。
「……それに、ほら」
少しだけ、目を逸らして。
「いい子だし、二人とも」
優斗と那砂に命懸けで助けられたマリネは、あれ以来率先して二人の依頼についていくようになった。
以前はウェイトレスが主な仕事で開拓者は副業だったが、今では逆転しているぐらいだ。
開拓者として背中を預ける程信頼できる年が近い友達は、今までマリネに居なかった。
親代わりの先輩開拓者や、頼りない後輩しか居なかったマリネとしても、二人の存在は大きいのだろう。
そんなマリネの姿に嬉しくなり、俺は思いっきりマリネの頭を撫でてやる。
「な、なにさ急に!?」
「何でもねぇよ。今日は奢ってやるから好きなだけ飲み食いしな。二人の分も出してやるよ」
嬉しさから財布が緩んだ俺の言葉に、マリネの尻尾がピンと伸びる。
「ほんと!?優斗、那砂!!今日はヴァイスの奢りだってー!!」
飛び上がって二人に手を振るマリネに、俺は頬が緩みながら四人分の飲み物を注文した。
若さからか、それだけ疲れていたからか。
三人は気持ちがいい程の食べっぷりを見せてくれた。
こちらに来たばかりの頃は小食だった那砂も、今ではそれなりに食べられるようになっている。
食事は心身ともに大切だからいい傾向だ。
デザートにリンゴのような果実を食べている那砂が、そう言えばと話し出す。
「門番の人が教えてくれたんですけど、近く劇団が興行に来るそうですね」
「劇団?」
この世界で、街を越えて興行に来る劇団だって?
そんな酔狂な事をするなんてどこの連中だ。
「旅団じゃなくて、劇団ねぇ。俺も聞いた事ないな」
「おっさんが知らないなんて、相当珍しいんだな」
そりゃそうだろう。
この街から街への移動ですら命懸けの世界で、芸事で食える奴なんて一握りだ。
劇団があるにしても、各国の王都とかの大都市だろう。
そこからわざわざ辺鄙なこんなところまで興行とは、酔狂もいい所だ。
「旅団ですら命懸けなのに、劇団ともなれば猶更だろうよ」
「だよね。わたしも吟遊詩人さんとかは見たことあるけど、劇団はないし」
確かに、旅団に同乗してくる吟遊詩人はよく見かけるな。
ここでも歌ってもらったことも何度もある。
興味が湧いた俺は、那砂に続きを促した。
「なんて名前の劇団なんだ?」
聞けばわかるかもしれないからな。
俺の問いに、那砂が迷うことなく答えた。
「はい、確か――ペルムシエルの花劇団、だそうです」
その名称には聞き覚えがあった。
――虹桟の大樹国家ペルムシエル
クシナド王国の北にある、巨大な大樹の上に築かれた樹人の国家の名前だった。




