第5話 心の強さ
「さて、領域の押し合いの圧は理解してもらったと思う」
「嫌って程に」
軽口叩くのはいいぞ。
叩けるうちは余裕があるってことだからな。
「だが、本気でお互いに戦うことになる場合は、領域の押し合いじゃ終わらない」
ガラティーン君を構える優斗に相対するように、俺は右手で鉄剣を構える。
「領域は飛び道具は防いでくれるが、意志を直接纏う魔器を防ぐことは基本的にできない」
力の差がありすぎたりすると別だけどな。
「で、魔器っていうのは、この世界の人類の大体過半数が所有してる道具のことだ」
俺の鉄剣がそうだな。
一応、優斗のガラティーン君、那砂のブローチも分類は魔器になるか。
「過半数、なんですか?魔器がないと生きていけないんですよね?」
お、いい質問だ。
ちょっと話はそれるが、大事なことだから説明しておこうか。
「俺たちみたいな、あっちでの人間そっくりの種族を“器人”と呼ぶ。魔器を使う種族だな」
というかまんま人間だ。地域によって肌の色も髪の色も全然違うぞ。
「器人の親戚がドワーフそっくりの“地人”に、エルフそっくりの“湖人”がいる。こいつらも魔器を持ってる」
俺にナッツをくれた酒場のちっこいおっさんも地人だな。
魔器に関してはちょっと例外もいるが、それを言うと面倒だからいいとしよう。
「エルフいんの!?」
「いるぞー。といっても、エルフって言うと嫌な顔されるから湖人って言えよ?」
そもそも、あいつら地元からまず出てこないからまず会うことないし。
出てくる奴は大体個性的で変な奴だから、余分な知識は混乱の元だし言わなくていいか。
「んで、今度は逆に魔器を不要とする種族が、“獣人”と“魔人”だ。マリネが獣人だな」
「マリネちゃん、魔器持ってないんですか?」
「あー、持ってはいる。が、なくても平気だ」
「どういうことだよ?」
ないと死ぬのに、なくても平気って言われれば混乱するわな。
あとマリネの場合、道具として便利だから持ってるだけだから例外もいいとこだ。
「空気の代わりにある何かを魔器で空気に変換してる、って言ったが、実はあれ、正確じゃない」
魔器はあくまでも、変換するために必要なものってだけだからな。
「何かは、意志の力で変質する。それこそ、空気にも、水にも、石にでもだ」
だからこの世界、空を泳ぐ魚が普通に存在するんだよな。
逆に鳥がいない。
移動速度に領域が追い付かないから、飛んだら潰れて死ぬから。
「その、意志の力で変質する何か、を。この世界では“魔素”と呼ぶ」
「あ、すっげぇよく聞くやつ」
おう、俺も既視感の塊だったからよくわかるぞ。
まぁわかりやすいからいいだろ。
「そしてその魔素に意志の力を、精神を注ぎ支配する事で“魔力”になる」
俺はあいた左手をかざすと、空間が揺らめき、次の瞬間には火の玉に変わる。
二人の目がきらきらしてんなぁ。
やっぱり魔法はいいもんだよな。
俺も必死で練習した甲斐があったってもんよ。
「でだ、じゃあ魔素に精神を注ぐにはどうすればいいかって訳なんだが……」
俺は左手で火の玉を維持したまま、鉄剣を収める。
すると、自然と火の玉は小さくなっていく。
「俺たち器人は構造上それが不可能なんだ」
器の人、っていうのは魔器を扱う人って意味じゃない。
「器の人、っていうのは器で出来た人、って意味でな。精神の入れ物として強固すぎるんだ」
言ってしまえば、陶器の壺。
注がれた液体、精神はこぼれることも染み出すこともない。
だから、周囲をその液体の色に染めることはできない。
「で、魔器っていうのはその強固な器から、精神をくみ取る柄杓だ。これによって、魔素に干渉することが出来るようになる訳だ」
「ということは、獣人や魔人の方たちは違うんですか?」
うーん話がスムーズで素晴らしい。
経験積ませたらまじでスカウトするか……?
「獣人は、その種族の固有の部位。爪や牙、尻尾とかが魔器の役割をしてる。器人が壺なら、急須とか、やかんをイメージしてくれるとわかりやすいか?」
「あ、すっごくわかりやすいです!」
「それなら、俺もわかるかも」
やっぱり身近なもので例えるのは大事だよな。
「んで、魔人なんだが……あいつらは、ちょっと特殊でな。ざっくり言うと器がない」
「ないんですか?」
「っていうか、魔人は個体差が大きすぎて説明が面倒なんだが……地球で言うところの幽霊が近い」
「お、お化け!?」
なんだ坊主、お化け苦手か?
……俺も最初はそうだったよ、絶対言わねぇけど。
お化けより怖いのにいっぱい会えば怖くなくなるぞ。ソースは俺。
「で、その幽霊っていう体がない存在が、魔素で体を作ったのが魔人だ。あっちの漫画の妖怪とか、魔族とか想像するといいぞ」
中には人形や遺物に宿って自我を得るタイプもいるけどな。
「見た目は、幽霊さんじゃないんですね?」
「おう、普通にファンタジー感満載の連中だ」
そういう俺も、身近なあいつ以外は滅多に会うことないけど。
「まぁ、こっちに来ることはまずないから意識しなくていいぞ」
普通は空気が合わないから、遠出することはないんだよあいつら。
「さて、だいぶ話がそれたが、魔器に戻るぞ」
俺は改めて鉄剣を抜き放つ。
使い古された、どこにでもあるような武骨な鉄剣だ。
「魔器の強さは、意志の強さだ。極論、意志の通りさえよければ棒切れでも十分強い」
その意志の通りをよくする、ってのが滅茶苦茶大変なんだけどな。
「魔器は、両親から魔器の分け身を貰うのが一般的だが、作ることもできる」
大体自分の身体の一部を入れるのが一般的だな。血だったり、髪の毛だったりが多いか。
「ただ、貰ったばかりや作ったばかりの魔器は弱いから、育てる必要があるんだが……」
俺の鉄剣も、しっかり育成したから強いわけだ。
ノーマルレアでもレベルを上げれば十分強い世界だからな。
「これが、神授の魔器だと話が一気に変わってくる」
「最初から育ってる、とかですか?」
「そう、最初から育ってるし、それ以上育たない」
ゲーム風にいうなら、武器レベル上限100のゲームで、最初からレベル70の武器が使える感じだな。
初期でも中期でも十分強いが、後半だとお荷物になる系だ。
ま、ゲームの世界じゃないから、レベル100まであげれる奴がどれだけいるのか、って話なんだけどな。
俺の魔器だって、せいぜいレベル50ってとこだろうな。
「だから、ぶっちゃけガラティーン君は十分強いし、普通に開拓者としてやってく分には頼りにしていいだろう」
「そうなのか」
うんうん、折角神様に貰った特典が外れじゃないのはほっとするよな。
そう、魔器は十分強い。
魔器は、な。
「神授の魔器は使い手の意志の通りも十分だからな、わかってるだろ、優斗」
俺は魔力を練り、纏う領域をゆっくりと重くしていく。
殺し合いどころか、殴り合いも縁遠い日本の学生くん。
ガラティーン君が……震えてるぞ?
「お前、日本刀手に入れたからって、ヒグマと殺し合いできるか?」
「そんなの……無理、だろ」
だろうな。俺だってお前の立場なら無理だって答えるよ。
だけどな。
お前の前に立ってるのは、そのヒグマよりはるかに凶悪な魔獣と殺し合いしてる男だよ。
レベル70の武器持ってもな、レベル1の日本人が生きていけるほど優しい世界じゃねぇんだ。