第49話 閑話:鍛冶師
旧王都の奥。
二度焼けたこの街で、数少ない被害を免れた、古びた工房。
そこで、俺は一人の男の作業を見守っていた。
大きな炉の備え付けられた鍛冶場で、筋骨隆々な男が汗を流す。
鬼王の一撃で歪み、片刃になるほど削られた鉄剣が、炉で熱せられる。
赤熱した鉄剣に槌が何度も打ち下ろされ、その歪みを少しずつ整えていく。
削り取られた分を補うために加えられた鉄が馴染むように、時間をかけて何度も繰り返す。
――どれだけ経ったか。
何時間にも渡って打ち直された刀身が、見慣れた形に整えられていた。
そして冷えた鉄剣が油に浸されると、砥石で丁寧に磨かれていく。
鍛冶場には、静かに刃を研ぐ音だけが響き渡る。
この街に数ある工房の中でも、奥まった場所にあるこの工房まで来るものは少ない。
だが、数ある工房の中で、俺が命に等しい魔器である鉄剣を預けるに足ると思ったのはここだけだ。
魔器の鍛冶には付き添うのが鉄則。
自分の命に等しい魔器を預けるのだから当然と言える。
何も言わずに、工房の片隅に無造作に置かれた椅子に座って、俺は男の仕事を見守り続けていた。
この街でずっと頼りにしている、寡黙で巌のような男だ。
俺のような、変哲もない鉄剣を魔器にするような奴には鍛冶師は必須だ。
魔器は基本的に満たされた魔力によって、折れることも欠けることもない。
だが、それでも常に意志を込め続ける事は出来ない以上劣化はするし、気が抜けていれば刃こぼれぐらいする。
だからこそ、日々の手入れは怠らないが素人では限界がある。
だからこそ、自分に合う鍛冶師に出会えずに引退する開拓者も、何人も見てきた。
そういう意味では、俺は幸運だろう。
こいつになら命を預けられる。
そう思える鍛冶師に出会えたのだから。
「できたぞ」
磨き上げられ、削り取られた刀身も歪みも丁寧に直され、柄の握りもしっかりと巻き直されている。
「……流石、いい仕事だ」
受け取った鉄剣は今までと変わらず手に馴染む。
この、変わらないという感覚を維持できる鍛冶師が、どれだけいることか。
剣先の刃の一片にまで意志を通さねばならない魔器にとって、変わらないというのは何よりも大事だ。
彼と交わした言葉はこれだけ。
それでいい。
万の言葉を重ねるより遥かに、この剣の重みが雄弁に語ってくれている……。
まぁ、会計や防具作成の為にこの後会話はするんですがね!
しまらねぇな!
鍛冶師ロウガン。
俺が贔屓にしている器人の鍛冶師で、40台後半の筋骨隆々な男だ。
岩のような体躯に、しかめっ面で無愛想。
小さい子なら泣きそうな強面の大男だが、こう見えて可愛い嫁さんに三人の娘を養うお父さんだ。
年の離れた三姉妹のうち、長女は結婚してこの工房を夫婦で支えてくれている。
次女はマリネと同い年で一緒に遊んでいるのを時々見かける。
一番下の三女はまだ幼く、お父さんにべったりだ。
鍛冶場には入ってこないが、打ち合わせに使うここだと遠慮なくやってきて、今もロウガンに肩車してもらっている。
娘のことになると饒舌になるロウガンが、三女は鍛冶に才能があるって惚気ていたな。
普段は寡黙な仕事人のくせして子煩悩なお父さんとか無敵かこいつ。
そして、地球からの“転生者”だ。
俺やシンザキにカギミヤ、優斗と那砂の来訪者とは違い、赤子としてこの世界に転生してきた一人だ。
俺が知る限りでも結構な数の転生者がいて、旧王都だけでも十人以上は確認できてる。
生前の記憶は個人差があって、殆ど覚えてない者も多いから、もっといるかもしれない。
来訪者が与えられる神授の魔器とかはなく、現地人と殆ど大差ない。
だから、転生者の大半は開拓者などの戦う道は選ばず、生活を支える職に就いている。
神授の魔器を貰った俺達がほぼ全滅してるのだから、俺達よりよっぽど賢いと言えるな。
客との打ち合わせにしか使われない簡素な机に向かい合って座りながら、髪の毛を娘に弄られているロウガンを眺めていると。
「……お前が使ってここまで削れるとは、何があった」
純粋な疑問なのだろう。
俺も長い事この鉄剣を魔器として使い続けてきたが、こんなになったのは初めてだ。
普段から見ているロウガンが驚くのも無理はない。
「王級のゴブリンが、誓いを立てた一撃を受け流したんだよ」
「……よくこれだけで済んだな?」
だよな、そういう感想になるよな?
「王級だが領域支配者じゃなかったし、配下も少なかったからな。運がよかったんだよ」
もしあの鬼王が全盛期だったら……まぁ、真っ二つじゃねぇかな?
何があったかは知らないが、自分の領域を離れてまで新天地を求めてたみたいだし、相当弱体化していたんだろう。
そうでなければ、俺が今無事でいられるはずがない。
「あぁ、あの大剣の持ち主か」
そういえばシンザキが、あれをどうにか出来ないか職人の伝手に声をかけたと言ってたが、ロウガンもその一人か。
「鍛冶師として、あの大剣はどうにかなりそうか?」
既にシンザキから封印すると結論は効いているが、職人の意見も聞いておきたい。
「無理だな。あの大剣はまだ“負けを認めていない”」
「だよなぁ」
鬼王は実力で倒した訳じゃない。
収穫者という埒外の化け物に倒させた以上、少なくとも俺達に屈服することはないだろう。
「物としてはどうだった?」
「実に、粗末な作りだ。魔獣の骨と牙を雑に削っただけだ。鍛冶師としてはあれを剣とは認めたくない」
そう語りながら、ロウガンの視線が揺れる。
「だが、あれは鍛え上げられていた。素材となった強大な魔獣の遺志と、それを屈服させた者によって」
技術ではなく、想いと意志によって鍛え上げられた大剣。
この世界らしい逸品だが、鍛冶師としては複雑だろうな。
「あれ以上の剣となると、かつて一目見た“王剣”だけだな」
「王剣か……」
――王剣
文字通り王が持つ剣であり、王である証明。
この世界において人が王である事と王剣を持つ事は同義だ。
支配領域内の民から漏れる魔力を集める機能を持ち、それを受け止めるだけの器を持つ魔器。
何代にも渡って継承され、積み重ねてきた王剣はそれ自体に膨大な魔力を蓄えている。
多さも、重さも、硬さも最早人間の域を超えており、それを振う王は化け物と同義だ。
領主が持ってる剣も王剣の一種だな。
流石に王が持っているものと比べれば格段に格落ちするが。
とは言え、俺は王剣はこっちに来たばかりの、何も分からなかった頃に見た事しかないから印象が薄い。
現在のクシナド王国の王剣は継承したものじゃない。
前の王剣は旧王都が壊滅した時に行方不明になってるからな。
ロウガンが見た事あるのも、その行方不明になった王剣の事だろうな。
「もしも使い手が現れたのなら、是非打ち直してみたいとは思うがな」
「打ち直されて更に強力になったらとんでもない事になりそうだな」
とは言え、鬼王が認めた者がいない以上、あの大剣の使い手が現れるとは思えないけどな。
継承されなかった武器は基本的に死蔵するしかないからな。
自我があれば、ルメール見たいに契約して徐々に馴染ませるって方法もあるがあれは例外もいい所だ。
「そういえば頼んでたルメール用の油どうなった?」
「入荷してるぞ、持っていくか?」
「あぁ、頼む」
ロウガンが、棚から陶器の器を取り出して持ってきてくれた。
蓋を取り中身を確認すると、花のいい匂いが僅かに香る。
ルメールの鉄槌を手入れするのに必要なんだが、あいつ物凄い注文多くて取り寄せてもらった。
鉄槌は俺以外に触らせたがらないから、俺が手入れしてやらないといけないからな。
「にしても、油一つにこの値段かぁ」
「化粧品に比べれば安いもんだ。綺麗でいたい女心に種族は関係ないのだろう」
「……そういうもんですかねぇ」
肩車されたままの娘ちゃんも頷いているし、そういうもんか。
「夫婦はいいものだぞ、ヴァイス。お前らはそういう話にはならないのか?」
「そういう関係じゃねぇよ!?」
そもそもルメールは生前の記憶が薄くて性別不詳だしな!
カギミヤが用意した身体の関係で女性に傾いてはいるけど。
……別に、嫌って訳じゃない。
人形の体でもルメールは可愛い女の子だとは思ってる。
ただ、俺もルメールも今の関係で丁度いいんだよ。
少なくとも、俺はそう思ってる。
ロウガンが自分の奥さんの惚気話を語りだしたのを聞き流しながら。
カギミヤの所に預けたルメールの事を考えていた。




