第48話 別れ
「優斗くん!!」
人垣をかき分けて、那砂が優斗に駆け寄り抱き着いた。
「無事でよかった……!!」
「……悪い、那砂。でも俺」
「わかってる、わかってるよ……でも、怖かったんだよ」
涙声で呟く那砂を、優斗が強く抱きしめる。
一切迷わずに那砂の頭を自分の胸元に抱き寄せてる辺り本当にすげぇな優斗お前。
ええい、酔っ払いどもはやし立てるな、冷やかすんじゃない!
そしてそれに一切動じないで二人の世界作ってるし、そっとしておこう。
その光景を見て、勢いがそがれたのか、目を瞬かせているマリネに手を挙げる。
「戻ったぞ、マリネ」
「うん!お帰り、ヴァイス。凄い凄いとは思ってたけど、王級殺しかぁ」
杖を突いている以外はいつも通りのマリネが、耳と尻尾をぱたぱたさせながら近寄ってくる。
「収穫者が来るまで時間稼ぎしてただけだ、王級殺しは名乗れねぇよ」
鬼王に勝ったなんて口が裂けても言えないさ。
あと少しでもカディスが遅かったら間違いなく俺は終わっていた。
そんな俺の心を読んだのか、背中のルメールが俺の頭をぺしぺしと叩いてくる。
「むぅ、王級に誓いを立てさせたんだから勝った、でいいと思うんだけどな、ぼくは」
「そうか?」
「そうだよ。格下相手に誓いを立てるとか、自殺行為もいい所だもん」
ルメールが言うのもわかる。
自信や誇りが強さに結び付く世界で、明らかな格下相手に全力を出すのはその自信や誇りを失うことになりかねない。
プロボクサーが小学生相手に「俺の全てを賭けてこいつを倒す!」なんて言えば、勝とうが負けようがプロボクサー人生は終わりだろう。
それぐらい、格上が格下に全力を出すのはリスクが大きく、格下が格上を倒せる可能性が残る理由でもある。
ただ、それでも俺達を認めて誓いを立ててまで倒そうとした鬼王は、俺は見事な王だと思う。
「うーん……ま、生き残った方が勝ちってことでいいか」
「そうだね、それでいいよ」
過程はどうあれ、俺達は生き残った。
それは間違いない。
「マリネ、無理するなよ」
「あ、シンザキ」
カウンター奥からやってきたシンザキが、マリネの頭を撫でながらこちらに向き直る。
「よう、シンザキ。落とし前、きっちり付けてきたぜ」
「……あぁ、そいつを見ればわかる。よくやってくれた」
明らかに異質な存在感を発している鬼王の大剣を見て、シンザキが深くうなずく。
「振った感じ、正直このままじゃ扱う以前の問題だ。俺が倒して譲り受けたわけでもないからな」
「そうだな。ひとまず、こっちで保管しておく」
「頼んだ」
シンザキが持ってきてくれた布に包み、鬼王の大剣をシンザキに渡す。
素材も使い手も我が強すぎて、そのまま使うにも加工するにも難題すぎるから、こいつをどうするかは後回しだな。
「今回はよくやってくれた。汚れを落としたら、料理も丁度いい頃だろう」
「おう、楽しみにしてる」
「あ、わたしも手伝うから!ヴァイスも楽しみにしててね!」
鬼王の大剣を保管庫にしまうべくシンザキが去っていくと、マリネもそう言い残して厨房に消えていった。
脚折れてるのに元気な事だ。
ま、じっとしていられる子じゃない。
その想いは素直に受け取るとしましょうか。
二人を見送って、さて汚れを落とそうかと思ったその時。
入り口のドアが開く音がし、何となく振り返った瞬間。
「ヴァイス!!」
昨日も聞いた声が聞こえた瞬間、目の前には広がるスカートとドロワーズと、靴の裏。
「ごふぅ!?」
状況を理解する間もなく顔面に唐突に跳び蹴りを受け、俺は無様に地面を転がる。
俺が吹き飛んだことで宙を舞ったルメールを、俺を蹴り飛ばした存在が優しく受け止める。
クラシックタイプのメイド服に身を包んだ、ルメールによく似た容姿のビスクドール。
彼女はカギミヤの神授の魔器である自立人形のクラリッサ。
本体はもっと小さいんだが、ルメールと同様のボディに入って動かすことができたりと中々芸達者だ。
分類的には魔器で、カギミヤの無意識部分を使って思考しているらしく、一応魔人ではない
「あ、ただいまクラリッサ。カギミヤも」
動じていないルメールが、入口から遅れてやってきたカギミヤに呑気に挨拶する。
カギミヤが、ルメールの切られた足を見てふらりとよろめく。
「あぁ、ルメールちゃんの可憐な足が……!!ヴァイス、あんたがついていながらどういう事!?」
「うるせぇ!クラリッサに飛び蹴りさせていう事かそれが!?」
ほら!主人の命令に逆らえないから仕方なくやったんです、って顔でクラリッサが頭下げてるぞ!
「ルメールちゃんの足の痛みの分です」
「痛覚ないのに!?」
ルメールは触覚は多少あるが痛覚はないはずだ。
「ルメールちゃんの足の請求分です」
「痛いのは財布にしてくれ」
物理は勘弁してくれ。
クラリッサは軽いからそんなに痛くないけど。
「あんたにしかしないわよ、こんなじゃれあい」
「さいですか」
カギミヤは俺のことをよく知る数少ない一人だから、意図的にぞんざいに扱ってくれるのはわかっているが……。
飛び蹴りはやめろ飛び蹴りは。
二次被害が出たらどうする。
何だかんだ言って昔と変わらず接してくれるありがたみを感じながら立ち上がり。
クラリッサに抱きかかえられてるルメールに視線を向ける。
あの戦闘で流石に汚れてしまった服装に、断たれた足が痛々しい。
それが痛みを感じないとわかっていても、だからこそ失っている喪失感はあるのだから。
「ルメールを頼む」
「任せなさい」
全幅の信頼を置いているカギミヤに、ルメールを託す。
「ん、行ってくるねヴァイス」
「おう、またなルメール」
クラリッサに抱えられたルメールを連れて、カギミヤは踵を返して去っていった。
まったく、あの人形馬鹿は昔から変わらないな。
三人を見送ると、俺も汚れを落とすべく酒場を後にした。
「もう行くのか」
あの後、盛り上がりに盛り上がり、死屍累々になった酒場の喧騒は既に消え。
静かに訪れた朝に、俺は一人見送りに来ていた。
朝の光に照らされた白い馬車の群れは、より白さを際立たせる。
「えぇ、だいぶ予定も押していますからね」
業者台に座ったカディスが、手帳を振って見せてくる。
「悪いな、長い事付き合わせて。助かったよ」
滞在予定を越えてまで付き合ってくれたおかげで何とかなった。
カディスが居なければあの作戦は成立しなかったし、他の手段であっても全員無事に帰ってくることはできなかっただろう。
「いえいえ、こちらも貴重な経験をさせていただきました」
確かに十年以上生きる割者と王級との戦闘経験は、アルビオンという国にとっても価値は高いか。
魔剣アルビオンは経験の共有ができる。
国全体がこうして底上げされていくんだから、本当に恐ろしい国だよ。
今後もぜひ仲良くしていきたいね。
「領主が直々に報酬渡したがっていたが、よかったのか?」
「噂に名高い旧王都の領主様にお会いするなど恐れ多い。と、いう事にしておいて頂けますか?」
「分かったよ」
思わず苦笑が浮かぶ。
まぁ、好き好んで合いたい人間ではないな、あいつは。
「……借りができたな」
「貴方に貸しを作れたのなら、十分な価値がありました」
えらく高く評価してくれるね。
馬鹿を繰り返してきただけの男だぞ、俺は。
「俺にそんな価値があるかね?」
「もちろん。アルビオンの総意です」
何それ怖い。
「そして、私がそう思っています」
「……そうか」
カディスが、そう思ってくれるか。
なら、きっとそれだけの価値はあるんだな、俺にも。
友がそうまで言い切ってくれるなら、素直に受け取っておくとしますか。
「では、またお会いしましょう、ヴァイス」
「あぁ、またなカディス。良い旅を」
カディスが手綱を振れば、額に剣を生やした馬ソードスティードが歩き出す。
嘶きを上げる事もなく、静かに動き出したアルビオンの馬車達。
領域を縫い境界を越える旅は厳しく、カディスであっても安全な旅とは言い難い。
だからこそ、見送る側は願うのだ。
良い旅になるように、と。
これにて、『第二章 小鬼の森の収穫者』完結となります。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
日々読んでくださる方のお陰で、なんとかここまで毎日投稿を続けることができました。
この場をお借りして、感謝をお伝えさせていただきます。
本当に、ありがとうございます!
次回は一章同様に閑話を挟んでから三章に進む予定です。
三章からは毎日更新を一旦お休みし、月・水・金の週三回更新に切り替えさせていただきます。
ストックがほぼない状態での執筆が続いていたため、三章では余裕を持って書き溜めを作り、より良い内容をお届けできるようにしたいと考えています。
毎日更新を楽しみにしてくださっている方には申し訳ありませんが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。




