第46話 決着
【エーベル・シュラーク】は、速度の壁を超えるために考え出した技だ。
俺がルメールと手をつなぎ、エーベルで領域の道を開き、ルメールの伸びる手で領域の道を維持する。
そして、俺がエーベルで相手の防御を崩した後、俺が掴んだ手までルメールが全力で手を縮めることで、領域の道を加速したルメールの鉄槌が、この世界の限界を超えた速度で相手を砕く。
威力は最高だが隙はでかいし、相手が動かない前提と、実戦では使えない魅せ技だった。
だが、優斗のおかげで、起死回生の合体技として成立した。
一撃で完全に砕かれた鬼王の右膝が、その威力を物語っている。
鬼王が、悲鳴のような咆哮を上げる。
ここまで粉砕されたら、王級であっても直すのは至難の業だ。
とは言え、こっちもルメールの両足がない。
……鬼王の足を奪えた今なら、俺がルメールの鉄槌を振るうか?
そう思った次の瞬間。
ぞくり、と俺の全身が警鐘を鳴らす。
ルメールの握りしめたままの手が、強く握られた。
先ほどまで戦いを楽しんでいた鬼王の顔つきが変わった。
左足だけで立ち上がった鬼王が、右手で大剣を握り、天に掲げる。
それだけで紫電のような、領域そのものを焦がす程の魔力が鬼王から立ち上る。
そして、大剣が紫電を纏い。
俺達にはわからない言葉で、だがそこに込められた意が叩きつけられる。
――闘争の誓いを。
瞬間、周囲の領域が完全に鬼王に塗りつぶされる。
ペドロが維持していた領域が一瞬で吹き飛ばされ、強引に領域を塗りつぶされたペドロが倒れたのがわかった。
これは、誓いの儀式だ。
この敵を絶対に倒すという、闘争を終わらせるための、よりにもよって王級がする誓いだ。
格下相手に使うような事はあり得ない、王級の誓い。
俺達を明確に、全力を振うべく敵と認めた。
「……光栄だなちくしょう」
――これは、死ぬ。
王級の誓いとか想定外もいいところだ!
合体技でルメールも魔力を使い切って、足を抜きにしても動けない。
俺がルメールを振るっても、俺では膂力が致命的に足りてない。
ルメールを抱き抱えた俺の眼前で、鬼王が大剣を振り上げる。
俺は、ありったけの魔力を込めて両手で鉄剣を構えて受け流そうと試みる。
「がっ!!」
一撃で、込めた魔力がすべてはぎとられた。
あまりの重さに全身が押しつぶされかけ、右肩が外れ。
鉄剣から、聞いたことのない音が響く。
それでも、何とか受け流した。
地面に叩きつけられた大剣の衝撃で、ルメールごと吹き飛ばされる。
数メートル吹き飛ばされ、魔素の壁にぶつかり、ルメールを庇うようにして地面に転がった。
「……ヴァイス」
「大丈夫だ、ルメール……まだ、折れてはいない」
まだ動く左手で、鉄剣を構える。
そして、その鉄剣の惨状に頬が引きつる。
両刃の鉄剣が、片刃になるまで削り取られていた。
特別でも何でもないが、鍛え続けてきた俺の魔剣が、一撃でこれかよ。
眼前では、鬼王が邪魔になった右膝を切り落としているところだった。
戦いを楽しむ戦闘狂ではない。
敵を倒す王としての顔だ。
片足を曲げて、こちらに向けて大剣を構えるのが見えた。
そして、跳躍。
一歩で、この距離を詰めてくる。
俺は、左手でまともに魔力が通らない鉄剣を構える。
大剣と剣がぶつかりあう硬質な音が響く。
でも。
俺の手に衝撃はなく。
「お待たせしましたっ!!」
俺の眼前で、二本の魔剣で鬼王の大剣を防いでいるカディスの背中があった。
「カディス!!」
「格好つけたはいいですが、ちょっとこれはまずいですねっ!」
カディスの両足が砕けそうになりながらも、鬼王の大剣をどうにか受け流す。
俺の鉄剣とは違い、二本の魔剣アルビオンは損傷することなく耐えきった。
そして、即座に鞘に納めると、俺とルメール抱えてその場を跳び離れる。
「助かった!」
「何ですかあれは!?」
もはや別物になった鬼王に、さすがに冷や汗が止まらないカディス。
「誓ったんだよ、王級が」
「冗談であってほしいですね、それは」
むしろ咄嗟でよく受け流したよ。
流石はアルビオンの双剣だ。
左に持ってる守りの短剣は伊達じゃないな。
「それで、首尾は」
「すぐにわかりますよ」
鬼王が、こちらに向き直り。
もう一度、跳躍するべく左足を曲げようとして。
――背後に、青い炎が灯った。
幽鬼のように音もなく現れた収穫者が、鬼王の背後に立っていた。
曲剣が、音もなく鬼王に振り降ろされる。
それに気付いた鬼王が、大剣で曲剣を弾く。
弾いた勢いで、紫電を纏った大剣で収穫者の胴体を突き刺す。
紫電の魔力のこもった一撃は、収穫者の胴体に風穴を空け。
収穫者は、何事も無いように鬼王にランタンフレイルを振り下ろした。
鬼王は、砕けた左手でそれを弾くも、その左手に青い炎が燃え移る。
消え無い炎が、鬼王の左手を容赦なく焼き焦がし。
鬼王は即座に大剣で左手を切り捨てるも。
弾かれた曲剣が引き戻され、鎌より鋭利に曲がった剣先が、鬼王の右手を切り落とした。
魔獣の骨で作られた大剣が落ちて地面に突き刺さり。
両手を失った鬼王が、それでも切断された両腕に魔力を込めて、収穫者を殴打する。
凄まじい乱打によって、収穫者の体が砕け、潰れ、千切れていく。
収穫者の上半身が殆ど消し飛ばされ、巨大な曲剣もフレイルも地面に転がり、こぼれた炎が周囲を焼いていく。
そして。
収穫者の全身が燃え出し。
青炎が骨格の輪郭から先に燃え上がり、肉と皮膚が追いつくように復元されていった。
そのあまりの光景に鬼王が硬直していると、元通りになった腕で、収穫者が鬼王を抱きしめる。
鬼王が必死に抗うも、収穫者の体に埋まるだけで振りほどくことはできず。
収穫者の両目から涙の様に青い炎がこぼれると、そこから青い炎が全身に広がり。
鬼王ごと燃え盛る。
断末魔が響く。
鬼王は燃えながらも、全力で抗い続け。
収穫者の体を削り続けながら。
その腕の中で、燃え尽きていった。
俺達が、その光景に息を殺していると。
収穫者は、曲剣とフレイルを拾い上げ。
ゆったりとした動きで、集落に襲い掛かった。
木で出来た集落はあっさりと火の手に包まれ。
柵が、家が、幼いゴブリンの影が青い炎の中に消えていく。
鬼王が守ろうとした物は、瞬く間に収穫者によって刈り取られていった。
……悪いな、鬼王。
あんたは間違いなく偉大な王で、戦士だった。
その最後をこんな結末にしたんだ、恨んでもらっていい。
割者すら利用しないと勝てない程の化け物だったよ、あんたは。
自分達の選んだ選択の結果を焼き付けるべく、俺は最後までその光景を見続けた。




