第44話 誘導
■カディス視点
木々に隠れながら、私は収穫者の後をつけていました。
巨大なランタンの青い炎で周囲を照らしながら、ランタンから溢れた炎が通り道を焼き焦がしていきます。
青い炎のあまりの熱量に、木々は燃え広がる前に焼け焦げてしまい、燃え広がることもできないようです。
離れた距離ですらその熱が伝わってくる程で、ヴァイスはよくこれとあの距離で戦えましたね。
ゴブリンを探して彷徨う収穫者ですが、後をつけて分かったことがあります。
小鬼の森のゴブリンが時折現れては、収穫者を見て逃げ出し、それを追いかけていくのですが。
偶然にしては現れるゴブリンの動きがよすぎます。
これは明らかに、特定の方向には収穫者が行かないように誘導していますね。
その方向はまず間違いなく森の中央。
誘導しているゴブリンが逃げ切ることはありませんが、それでも役目を果たしてから刈られている。
……なるほど。
あの短慮で生き汚いと言われるゴブリンに、これだけのことをさせるのですか、賢鬼は。
命を捨てて群れを守る。
我々は当たり前にできる事ではありますが、それができる程に教育されたものを使い捨てにできる環境を構築している。
そんな王がいる森と、その王ですら通常であれば抑えるのが精一杯の収穫者。
確かに、割者ではありますが、これは討つわけにはいきませんね。
旧王都の方々が、あれ程までに危険な割者を放置している理由がよくわかりました。
そして、今回の作戦は何としてでも成功させねばならないと。
ここまで危険な領域支配者を自由にさせては、私達としても商売どころではありません。
――微かに、ですが確かに音が聞こえました。
先日、ゴブリンの襲撃を教えてくれたのと同じ、ヴァイスの鞘鳴りの音です。
聞こえたというよりも感じた、と言った方が正しいのですが、その分音よりも方角がわかりやすい。
一度、大きく深呼吸をします。
その一息で、心は静まり。
『成し遂げてみなさい、カディス』
魔剣アルビオンから、言葉が伝わってきます。
えぇ、アルビオン。
作戦開始です。
隠れていた木陰から飛び出し、収穫者に駆けよると抜き放った魔剣でその無防備な背中を切りつけます。
魔剣にも領域を纏わせ、切り開いたにもかかわらず、収穫者の纏う領域の熱が襲い掛かってきます。
ですが、一瞬であれば何という事もなし。
予想以上に軽い手応えで深く背中を傷付けるも、痛みを感じる気配もなく、無造作に曲剣を薙ぎ払ってきます。
巨体に見合う長さの曲剣を下がって避けるには近すぎますが、ゴブリンを想定して振られた曲剣の軌道は低く、跳んで避ける分には問題ありません。
一度避け、そのまま距離をとると、こちらを向いた収穫者と視線が合います。
憎悪に燃える青い瞳に、背筋に冷たい汗が浮かびます。
「収穫者、貴方を遊びに誘いに来ましたよ」
私が三歩下がれば、収穫者は一歩こちらに踏み出します。
「貴方の得意な鬼ごっこです。お付き合いいただけますね?」
掴まれば死は免れない命がけの鬼ごっこです。
毎日しているぐらい得意なのですから、断りませんよね?
私が全力で背を向けて駆けだすと。
音もなく、巨体が舞ったのがわかりました。
恐ろしいほどに音がしない収穫者ですが、周囲の木々をなぎ倒す音はよく聞こえます。
『前方右紐』
アルビオンが指摘する場所に、罠を起動する紐が張られています。
それを跳んで避けながら、避け切った所で切り飛ばします。
葉に隠されていた吊られていた棘のついた丸太が、勢いよく後ろに流れていき、収穫者を打ち据えます。
全身を魔力で構成している割者に意志の乗らない物理攻撃は効きませんが、それでも勢いは削いでくれます。
『着地先、括り罠』
「意地が悪いですね!」
跳び越えた者を狙って置かれた罠を、魔剣で切り踏み抜くのだけは回避します。
ですが、その先には隠れていたゴブリン。
装備からして、小鬼の森の精鋭。
一切の躊躇なく、鉄の穂先の槍をねじる様に勢いよく突き出してきます。
そして。
『後方、曲剣』
稼いだ僅かな時間すらたやすく埋めた収穫者の曲剣が、私の背中に向けて振るわれます。
私に届くタイミングは同時。
魔剣で防げるのは片方のみ。
アルビオンの騎士でも、避けえない。
──えぇ、普通の騎士なら。
右手に持った魔剣アルビオンで槍を切り払い。
左手で腰に差した分厚い短剣型の“アルビオン”を抜き放ち、収穫者の曲剣を受け流す。
力に逆らわないように、受けた力で体を浮き上がらせ、回る様にして曲剣を飛び越え。
その回転の勢いのまま、二本のアルビオンでゴブリンを切り伏せる。
左の短剣は短いが重く、槍を容易に叩き割り、遠心力の乗った右の長剣が首を落とす。
そのまま足を止めずに木々の隙間を駆け抜けます。
魔剣アルビオンは、一人につき一本。
それが我が国の原則であり、また一人ずつ調整される魔剣を他人が扱うことは基本的にできません。
ですが、国の上層部が推薦し王が認めたのならば、二本目を授かることがあります。
二本目を受け入れるというのは器に非常に負担がかかる行為であり、本当に僅かな者しかその栄誉に授かることはありません。
そして、私は騎士団長である“三雄の”ルキオン団長に推薦され、王より二本目を授かることができました。
王直属の密偵として、隠せるよう短剣型のアルビオンを。
旅団長は隠れ蓑に過ぎませんが、それでも真面目に勤めた先で訪れたクシナド王国で、こんな事になるとは思いませんでしたが。
双剣の一角として、無様をさらすわけにはいきません。
私の秘密を知ってなお、笑って友人と語ってくれた彼に応えるためにも。
この鬼ごっこは逃げ切って見せましょう。
隠れることも逃げることも、密偵が本職の私の得意分野ですからね!




