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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第二章 小鬼の森の収穫者
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第42話 集落

境界に出て、草原に刻まれた黒い焦げ跡を駆け抜ければ小鬼の森にはすぐにたどり着いた。


収穫者の残した焼け跡に近づこうというものは少ないし、背の高い草をかき分ける必要もないから移動も早かった。


「ここが、小鬼の森……」


初めて目にする鬱蒼とした暗い森に、優斗が息をのむ。


優斗の重傷を治すのに無理をした那砂は、あの後一度も目覚めていない。


だから、優斗の火傷や細かい傷は治っていない。


その痛みがあるからこそ、戦意を保てているのもあるだろうな。


「森の中では、収穫者の移動跡を辿って動く。収穫者が罠ごと焼き払って進んでるから進みやすい」


全身が魔力で構成されている収穫者は、意志の通っていない物理ダメージはほぼ効果がない。


衝撃も、巨体にはないに等しいし、そもそも焼き払うからな。


罠を用いて狩る戦術が驚異の小鬼の森だが、その利点を力技で無力化している。


「跡を辿れば、収穫者を探すのはさほど難しくないだろう」


「小鬼の森の感覚は、前回で掴みましたからね。お任せください」


カディスが自信ありげに応える。


今回、カディスは単独行動を行う。


作戦の要を担えるのは俺かカディスしかなく、他の条件を踏まえるとカディスに任せるしかない。


まぁ、カディスが失敗するようなら、少なくとも今の戦力では無理だったという話だ。


カディスの役に関しては、俺よりもカディスの方が上手くやる。


そう俺は確信しているからこそ、この作戦を採用したわけだ。


「お前なら大丈夫だろう」


「そう言われると、応えない訳にはいきませんね」


作戦の成否がかかった大役を任されていながら、飄々とした笑みを浮かべられるお前なら大丈夫だよ。


「カディス以外の俺達は鬼王を探す。だから、ある程度進んだら収穫者の移動跡は使わない」


手ひどい目に遭わされたであろう鬼王が、収穫者の痕跡の近くにいるとは思えないからな。


如何に早く鬼王を見つけられるか。


万全の状態で戦う為にも、消耗を抑えておきたいところだ。




小鬼の森に入り、収穫者の移動跡を使って森の奥へと進んでいく。


想像以上に大暴れしているらしく、蛇行しながら結構な範囲を焼きながら進んでいるようだ。


収穫者の痕跡を進むのは、正直気持ちのいいもんじゃない。


燃え上がる憎悪がこびりついていて、時折火種がくすぶっている所すらある。


俺達はまだいいが、優斗の顔色はあまりよくない。


「……もう少ししたら移動跡から離れるから、がんばれ」


「いや、大丈夫だ。……ただ、思い出してただけだ」


それが心配なのだが、それでも怯えても恐れてもいないのは高評価だ。


なら、先輩からアドバイスだ。


「優斗、格上相手に戦う場合に大事なことを教えておこう」


「……大事な事?」


そうだ。


この世界において格下が格上に勝つために必要な事だ。


「領域や魔器が係る戦いにおいて、重要なのは魔力の多さ・重さ・硬さだ」


「多さ、重さ、硬さ……?」


それが、端的にこの世界の魔力の性質を表している。


物理法則も魔力法則も、考え方は変わらない。


「多さは、精神の量。でかければでかいほど重く強くなるのは物理と一緒だ」


収穫者がいい例だ。膨大な数のゴブリンの魔石を喰らい巨大化した魔力量は末恐ろしい。


「重さは、量あたりの密度。同じ大きさでも、重い方が押し合いは強い。」


積み重ねてきた精神は、同じ器でも重さが全然変わってくる。


人間が巨大な猪をぶっ飛ばせるぐらいにな。


「最後に硬さは、単純だ。ぶつかり合ったときに、硬い方が相手を砕ける」


意志が揺るがなければ折れず、相手を圧し折ることができる。


多さも重さも結局の所、思いっきり硬さを押し付けるために使うためだからな。


デカくて、重くて、硬い方が強いってのは単純だが真理だと思うよ。


「ただし、多さは器の才能に左右され、重さは積み重ねが重要だ」


一朝一夕に鍛えられるものでも、用意できるものでもない。


「だから、お前が勝負できるのは硬さだけだ。そして、これに関しては覚悟の強さだけで競い合える」


「硬さ……」


硬さを維持するとかになると難しいが、一瞬だけならそこは覚悟の強さで押し通せる。


「今のお前の技で格上に通用する可能性のあるのはガラティーンの解放技だけだが、大蜘蛛に使ったような使い方じゃだめだ」


爆発を起こしたように見えたあの技は、ただ魔力を叩きつけたようなものだ。


大蜘蛛程度なら通用するだろうが、それ以上を相手にするならあのままじゃ目くらましがいい所だろう。


「必要なのは込める魔力の多さじゃない。覚悟を込めて押し通す硬い意志だ」


そう言われて、優斗が難しい顔をする。


圧倒的格上相手に通じるほどに意志を硬く研ぎ澄ますなんてのはまず無理だ。


それでも、やってくれそうな気がするんだよな。


「神授の魔器の解放技なら意志を込めるだけでいいから、相手をぶっ飛ばすことだけを考えてみな」


普通なら魔力の炎を出すのには、原理をイメージして、魔素を変換して形作る工程がいるんだが、神授の魔器ならそれはいらない。


余計なことを考えずに済むのなら、通用するだけの技になるかもしれない。


「収穫者相手に示した覚悟なら、効かないってことはないだろうよ」


「……わかった」


今回、カディス抜きで鬼王を相手しないといけないからな。


頼りにしてるぜ、後輩。




移動跡を辿り、前回鬼王と遭遇した場所にたどり着き。


ペドロが痕跡を探ると、外のゴブリンが特定の方向に行き来しているのがわかった。


そちらに進むと、張り巡らされている罠の密度が下がり、また粗悪なものになっていく。


小鬼の森のゴブリンが仕掛けた悪辣なものに比べれば子供だましの罠を避けながら進むと。


森が開けた場所に、木の柵で囲われた集落を見つけた。


丸太を刺して作り上げた簡素だが強固な柵の奥には、枝葉を組み合わせて作られた簡素な家が並んでいる。


「外のゴブリンの集落じゃな。小鬼の森のゴブリンならば砦になっておるわ」


観察できる距離で隠れながら、ペドロが断言する。


多分、一般的にはこのレベルの集落を作れるだけで優秀なゴブリンだと思う。


小鬼の森のゴブリンの技術力が高すぎるだけだ。


「……匂い的に、ここが鬼王の拠点なのは間違いないな」


俺が多少鼻が利くってのはあるが、それを抜きにしても鬼王が匂いをわざと残している。


王級の気配がする集落を襲う馬鹿は野生で生き残れるわけないから実際有効なのだろう。


今回の俺達のように、王級に喧嘩を売りに来た馬鹿でもなければな。


「どうするの、ヴァイス」


気配からして、鬼王は不在っぽいな。


となれば、やることは一つ。


「正面から堂々と喧嘩を売ろう」


「……え?」


なんだ優斗、そんな間抜けな顔して。


まぁ見てろって。


異種族コミュニケーションを見せてやるよ。




俺は一人で、集落の入り口に歩いていく。


抜身の鉄剣の切先まで意志を通し、領域を広げながら進む俺に、見張りをしていたゴブリンが騒ぎ出す。


ゴブリンの中でも一回り大きく、人間並みの体躯の一匹が魔獣の骨で出来たこん棒を持って前に出る。


恐らく、鬼王の眷属。


俺の領域と押し合いになっても退かない、明らかに他とは違う圧。


門番を任されるだけの精鋭なのだろう。


だが、それでも俺は不敵に笑い。


「雑魚に用はない。お前らの王を出しな」


言葉に魔力を乗せ、感情を直接相手に叩き込む。


言葉は通じなくとも、言葉に乗せた感情は直接伝わる。


侮られた怒りに、眷属が激高し予想以上の速度でこん棒を叩きつける。


込められた意志も、叩きつけた膂力も、身のこなしも見事な一撃。


だがな。


「そんな技術もない力任せじゃ当たってやれないな!」


前に出ながら鉄剣を薙ぎ、叩きつけるより早くすれ違いながら片腕を切りつける。


思った以上に硬かったので切り落とすには至らなかったが、骨まで断てれば上々。


痛みをかき消すように怒りの叫びを上げながら、眷属が残った手でこん棒を振り上げる。


それを同じように片手で振った鉄剣で迎え撃ち、完全に抑え込んで見せる。


驚愕に見開かれた眷属の目を見据えながら、俺は鉄剣を薙いだ。


「いい一撃だった」


俺は嘘偽りない言葉を投げかけて。


最後の瞬間、戦士の目をして笑った眷属の首を斬り飛ばす。


倒れ伏した眷属に、見守っていたゴブリン達から悲鳴が上がる。


「次!」


俺が鉄剣で集落を示すと、骨の武器を構えたゴブリンが何匹か現れる。


そしてそのうちの武器を持たない一匹が集落の外に出ると、持っていた角笛を吹き鳴らす。


角笛から、鈍くも大きな音が森に広がっていく。


俺は、骨の武器を構えたままこちらに近寄ってこないゴブリンを無視して、鉄剣を仕舞う。


角笛に負けない程に大きな鞘鳴りを響かせながら仕舞っても、ゴブリン達は動かない。


俺も、その場で動かずに鉄剣に手を添えてたたずみ。




森の奥から、悠々とそれは現れた。


2メートルを超える筋骨隆々の体躯をさらし、巨大な骨の大剣を担いだ堂々とした姿。


離れているのに、領域を塗り替えてくるほどの圧倒的な圧。


来たか、鬼王。


集落に入らずに、たたずむ俺を訝しみ。


俺の側に倒れる眷属を見て、目を細める。


集落の柵からこちらを伺うゴブリン達を一瞥し。


――鬼王が、笑った。


侮りではない。


怒りでもない。


ただ、楽しそうに笑いやがった。


そして、担いでいた大剣を構える。


その瞬間、領域が震えるほどの圧が駆け巡る。


闘志が漲った鬼王の領域が、稲光のような魔力を纏って明滅する。


戦闘狂かよ、お前。


脳筋だとは思ってたけど、想像以上だったな!


ふわり、と領域が揺らぎ、いつの間にか隣に来ていたルメールが鉄槌を構える。


何時もと変わらないルメールの纏う領域に触れて、強張っていた肩の力を抜き。


俺も、鬼王に向けて鉄剣を抜いて構える。


視界の端で、ペドロと共に優斗が震えながらもこっちに駆けてくるのが見えた。


俺も格好いいとこ見せねぇとな!


「やろうか、王級!」

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