第41話 森へ
あれから離れようとしないルメールを背負って、明日に向けた準備を進める。
と言っても、一番の問題だった革鎧は予想外に最高のを仕立ててもらっていたから、あとは英気を養うだけだ。
少しでもルメールの魔力を回復すべく、一日中背負ったり抱っこしたりしながら、食べ歩きをした。
俺がルメールをくっつけて歩くのは時々あることなので、昔からの住人には温かい目で見られるだけだ。
道中の屋台で肉串やら腸詰、ワインをビンで買って歩く。
屋台広場の隅の木箱に腰を下ろすと、ルメールの鉄槌も隣に下ろす。
ルメールは背中にくっついて、俺の頭の上にあごを載せてしなだれかかっている。
屋台で買った串に刺さった腸詰を嚙みちぎり、ビンのままのワインに口を付けて流し込む。
流石にシンザキのと比べると下がるが、この野性味と触感が強いのも悪くない。
ワインも安いからこその飲みやすさがある。
ジャンクだからこその良さって奴だ。
肉ばっかり食ってる俺を見かねて、ルメールが口を開く。
「野菜も食べないとダメなんじゃないの?」
「普通の器人はそうだが、俺の場合は関係ないのは知ってるだろ?好きなの食べるのが重要なんだよ」
「うん、それもそうだね」
俺のことをよく理解しているルメールだ、
その答えで充分に納得したのか、それ以上は何も言わなかった。
二人で、人で賑わう屋台広場を眺める。
旧王都でそれなりに有名人の俺達だから、向けられる視線は多い。
普段なら、街の人からは気さくに声もかかってくるのだが、俺とルメールの雰囲気を察して遠巻きに見るだけだ。
俺の目には、かつての旧王都が重なって見えていた。
ルメールと出会うずっと前。
ゴブリンによって焼かれた旧王都。
おっさんが家族を失い割れる原因になったあの襲撃。
中心部だったここは守られた場所だが、それでも被害は大きかった。
今でこそ復旧したが、当時の悲惨な光景は目に焼き付いている。
この街は、二度焼けた。
一度目は、旧クシナド王国が滅んだ日に。
二度目は、ゴブリンによって蹂躙されて。
そのどちらにも深くかかわっているのが俺達だ。
……だったら、三度目の芽は摘んでおかないといけない。
どちらも無力な馬鹿で、何の力になれなかったあの頃とは違う。
あの時の仲間の殆どは逝ってしまったが、今はルメールがいてくれる。
酒場の仲間も、カディスも、頼りになる後輩だっている。
だったら、あとは覚悟を決めるだけってな。
「……戻るか、ルメール」
「もういいの?」
「おう」
無力で馬鹿な俺と決別するために十分思い出せた。
おっさんを解放してやれるほどの力はないが、その遺志を継ぐぐらいの力は得た。
やってやろうじゃねぇか、王級撃破!
「戻ったか、ヴァイス」
酒場に戻ったら、さっそくシンザキが声をかけてきた。
妙に人の少ない酒場に違和感を感じながら、ルメールを背負ったままシンザキの立つバーカウンターに向かう。
俺の格好を見て何も言わないところを見ると、この革鎧にはシンザキも一枚嚙んでいそうだな。
おせっかいが多いな、俺の周りは。
「あぁ、何かあったか?」
「あったというか、来たな」
来たっていうと、あれか。
門番が言ってた、誰かよこすって奴か。
「報告任せてすまねぇな」
「あー、それはいいんだが」
何だ、歯切れが悪いな。
シンザキが苦笑しながら続きを語る。
「直々に、“領主”が来たぞ」
「うっわ、マジかよ」
領主はこの街で一番偉い貴族ってのもあるが、この街の王級でもある。
通りで、酒場に人がいないわけだ。
圧もそうだし、だいぶ癖が強いんだよなあいつ……。
「ヴァイスに会えないのを非常に残念がっていたぞ」
「俺は残念でもなんでもないからよし!」
別に嫌いじゃないし、酒を酌み交わすのもいいんだが。
貴族の当主で領主ってのは、非常に面倒くさいんだ。
その中では大分話しやすい方ではあるけど、面倒なのは変わらない。
「それで、その領主からお前宛に伝言がある」
「なんて言ってた?」
シンザキは、にやりと笑いながら。
「領主曰く、『失敗しても尻ぬぐいしてやるから、安心していいぞ?』だとよ」
「あいつ……!」
恩に着せる気満々じゃねぇか!
安い挑発だが、覚悟を燃やす燃料には十分だ。
「聞いたか、ルメール」
「うん、甘く見られたもんだね」
いいだろう、乗ってやるよ。
絶対に成功させてどや顔決めてやろうじゃねぇか!
夜が明けて。
酒場には、前のように装備を整えた面々が揃っていた。
「みんなおはよう。今日はやるぞ?」
俺は真新しい樹猪の革鎧に身を包み。
「えぇ、アルビオンの威信をかけてやり遂げて見せましょう」
白い革のコートに身を包んだカディスが、目を細めて。
「うむ、わしも思いっきりやらせてもらう」
ペドロが前と同じ重革鎧と大槍を身に着け、そしてその背に大きな樽を背負い。
「ぼくはいつも通りやるだけだよ」
前回とは違う、動きやすそうな、でも可憐な衣装に身を包んだルメールが、いつもと変わらない声で。
「……全力でついていく」
制服の上から、俺と同じ素材の革鎧を身に着けた優斗が、火傷跡の治っていない顔を引き締めた。
「今回は短期決戦だ」
俺は気力に満ちた一同を見回して。
俺達を見送る、シンザキと、マリネに向き直り。
「シンザキ、行ってくるわ」
「頼む。……俺の代わりに、落とし前を付けてきてくれ」
シンザキが押さえ込んでいた怒りが漏れ出していた。
任せろ。俺だって同じ気持ちだよ。
「マリネ!祝いの御馳走は期待してるぜ!」
「うん!わたしの腕によりをかけて、作って待ってるから!」
さぁ、行こうか。
「勝って美味い飯を食おうじゃないか!」
いざ、小鬼の森へ!




