第4話 訓練場
甘酸っぱさを肴に二人の朝食が済むのを待った俺は、二人を連れてギルドの裏にある訓練場に来ていた。
「この世界の初見殺しは、聞いただけじゃわからねぇからな。実際にやっていくぞ」
「昨日みたいにはいかねぇぞ」
「よ、よろしくお願いします!」
うんうん、やる気満々なのはいい事だ。
二人とも昨日と同じ、ブレザーな学生服姿だ。
いやぁ懐かしいねぇ。
といっても、俺は学ランだったから着たことはないわけだが。
「そうだ、こっちに来た時に身に着けてたもの、実は全部神様が作ってるから性能いいんだ、大事にしろよ」
「そうだったんですね」
「……でも、浮かねぇか?」
うん、めっちゃ浮く。
こっちにブレザー制服を着て開拓者やるなんて、それこそ来訪者しかいないからな。
と言っても、王都辺りだと来訪者がデザインした服とかあるから、意外と馴染むかもな。
「ま、命には代えられないからな。その上から革鎧でもつければいいだろ」
古き良き異世界召喚物の主人公の正装ってやつだな。
「最初に、この世界についてだが」
一見して普通の世界に見えると思うが、これが実は大違いなんだよな。
「昨日の説明で、何かで満ちているってのは教えたな」
「はい、魔器がないと息ができなくなるって」
大変よろしい。
話がスムーズに進むって素晴らしいな……いや、ここで忘れてるやつもいるんだよ、時々。
「その何かっていうのは、液体でね。想像しやすいように例えると、俺達がいるのは水底なんだよ」
「あっ、だから魔器で空気の泡を作り出してるってことなんですね!」
「正解!」
なんてスムーズなんでしょう!
「簡単に言えば領域っていうのは、自分を包む泡のことだよ。泡のように簡単に弾けたりはしないけどな」
その領域の泡の中に詰まってるのも、俺達が空気と認識してるだけで本質は一緒だから浮力が発生したりはしないし。
「こっちに来て、水みたいなの感じたことねぇけど」
「あぁ、街とかの多くの人が暮らしている領域は、領域が重なって巨大な泡みたいになってるからぱっとみ地球とかわらんよ」
だからこそ、街の外がやばいわけなんだが、これは実際に出た時に説明するとしよう。
さて、これでイメージは出来たと思う。
「そんなわけで、まずは領域の特性からだな。これを知らないとどうにもならんからな」
「わかった」
「お願いします!」
いい返事だ。
返事は大事だぞ。
いや、マジで大事なんだよこれが。
「声に出す、ってのはようは意志表示。意志を、表すってことは大事だから覚えとくといいぞ」
そのあたりはまた後でだな。
「まず、領域ってのは基本的に目では見えない」
満ちてる何か、も基本的には無色透明だから、境界線が見えないんだよね。
「なんで、まずは視覚的に領域の範囲を把握してもらう。それで使うのがこれだ」
俺は、腰のベルトに吊るしておいた革袋を取り出す。
中には真っ赤な粉が入っている。
「色を付けた小麦粉だな。こいつを、こうして、こうすると」
小麦粉を手に取り、自分の周囲にばらまくと。
「おっさんの周りで止まってる……?」
「わっ、ヴァイスさんから1mぐらいでとどまってる」
「俺の領域にはスムーズにいくけど、それより遠くには行かないわけだ。これが、普段の領域だな」
そこで、俺が魔器である鉄剣を抜いて構えると、だ。
「わわっ、剣の形に添って粉が広がってる」
「しかも、もっと広くなってないか?」
大体、俺の場合3mぐらいかね。
もっと広げられるけど、とりあえずはこんなもんか。
んで、この状態でダッシュ!
「消えたっ!?」
一瞬で3m程移動して……。
「ぐへっ」
俺の体が領域範囲外に出たことで、何かの壁にぶつかって強制的に止まった。
「ヴァイスさん!?」
途中で減速したがいってぇ。
「あ、遅れて粉がついてきてるな」
「ぐぐぐ、ちょっとミスったが、わかったか?」
「えっと、領域は自分か魔器を中心に広がって、でも範囲は瞬時には広がらない。
だから、早く動きすぎると、領域が広がる前に範囲外にでて、何かが壁みたいになってぶつかる……ってことですか?」
説明いらなくなっちゃったな。
「花丸をプレゼントだ那砂。だから、基本的に領域内でしか動けないし、早く動くのも難しいわけだ」
そのままだと領域は泡みたいな挙動するから、体の動きに遅れて動きだすんだよ。
「あの速度であれなら、高速移動の力貰ってたら……」
「完全に交通事故だよ。即死できたらラッキーじゃねぇかな」
この目で見たからな。
うーん、必ず説明しないといけないが、説明する度に思い出して毎回胃が痛むぜ。
「逆に言えば、領域内であれば移動に制限はないわけだな」
「となると、本当に遠くからは無理なんですね」
「そういう事だ。安全な場所から攻撃、なんてのはありえない」
これが、この世界屈指のハードモードの理由なんだよなぁ。
どんなに巨大で強力な魔獣相手でも、生身での白兵戦を強いられるからな。
「領域の範囲と流動性については目で見てわかってもらえたと思う」
「嫌って程」
「はい、ありがとうございます!」
大変よろしい。
俺は一度意図的に領域を狭めて、小麦粉を範囲外に指定すると、再度広げる。
すると、周りに漂っていた赤い小麦粉が領域外に吹き散らされる。
「慣れるとこういう事もできる。領域内に何を入れて何を弾くかは自分の意思だからな」
「へぇ……便利そうだな」
「ちなみに極まった奴は、体や服の汚れもこれで全部弾けるらしい」
髪の毛一本から繊維一本にまで領域範囲指定するとか、人間の脳みそでできるとは思えないんだけどなぁ
「んで、次は実践に通じる領域干渉のお話だ。優斗、構えな」
「おう」
ガラティーン君を両手で構える。
うーん、すごい既視感のある持ち方だな。
勇者感がすごい。
俺は鉄剣を抜いたまま近づく。
大体4mぐらいか。
優斗の領域は1mぐらいだから、丁度俺の領域と重なる。
すると、坊主の顔が引きつる。
「すっげぇ嫌な感じだろ?」
「……満員電車で、汗だくのおっさんの群れに押しつぶされてる気分だ」
すっげぇ嫌だな!?
……感じ方は人それぞれだけど、まぁあながち間違ってはないか?
俺が汗だくのおっさんって言われてるみたいで嫌なんだが。
「想像より嫌な感じだったな。戦闘を意識した領域は、反発が特に強くなるから、特に格上相手は圧がやばい」
「……格上?」
「格上ですぅ!おじさんはこう見えても結構強いんですぅ!」
ま、領域を潰されていながら軽口叩けるのは才能だけどな。
「で、領域の押し合いに負けると、自分の領域が潰れて範囲が減るわけだ。なんとなくわかるだろ?」
「……半分ぐらいになってる気がする」
「その感覚忘れるなよー」
領域の肌感は大事で、意外と才能だ。
優斗はちゃんとした距離感を感じられているから、戦士としての才能はありそうだな。
この肌感が鈍いと、斬りあいした時にあっさりフェイントでやられるんだよなぁ。
それでクラスメイトが一人お亡くなりになったんで、才能の把握はマジで大事。
「これが、大体最初に起こる領域の押し合いだな。ある程度の実力者は、これで大体把握してくるぞ」
「漫画とかで見た、間合いの読みあいとかみたいだな」
「おう、その想像もあってるな。こっちだと、それが物理的な圧になるわけだが」
よくある、殺気!?
が、物理だからなこの世界。
……化物連中は、マジで殺気を物理で飛ばしてくるけど。
殺気で生き物を殺すんじゃない。
睨まれただけで心臓が止まるって、どうなってんだよ。
「んで、この領域の強さを高めるのに必要なのが、努力才能経験etc……で磨かれる心の強さ、だ」
心の強さ。
領域を貫くのも、領域を揺らがぬものにするのも、己の意志を貫き通すための必要なもの。
それが、この世界で最も大事で。
最も俺達、地球からの来訪者に欠けてるものだよ。