第38話 会議前
身体を洗い、着替えた俺は酒場に戻ってきた。
シンザキに言われた通り、確かにゴブリン臭くもあったが、どっちかというと焦げゴブリン臭かったな……。
収穫者のランタンの火種の脂、ゴブリンの脂なんだろうな……正直あまりいい匂いではない。
ゴブリンは猪を見習ってほしい。
特にあの樹猪の脂の食欲を誘う香味の素晴らしさを。
……まぁ、収穫者から常に美味しそうな匂いがしても困るが。
酒場から漂う、樹猪の脂の匂いに釣られて変な考えがよぎってしまった。
俺はペドロ、カディスが揃っているテーブルに着くと、既に置かれているジョッキを手に取る。
「うむ、揃ったのう。今宵も、バッカスに感謝を!」
「「バッカスに感謝を!」」
バッカス神官であるペドロのおっさんの掛け声に、俺とカディスが揃って返す。
何時も俺が頼んでいるよりも高いエールだな。
用意してくれたシンザキの好意に甘えて、一息に飲みほす。
「あぁ、生き返る!」
「うむ。帰ってきたと実感するのう」
「全くです」
こうなるとわかっていたのだろう、すでに用意されていたお代わりがテーブルに置かれる。
優先してくれた給仕の子に感謝しながら、まずは山盛りの腸詰と揚げ芋に取り掛かる。
樹鹿の森の香草と岩塩で作ったスパイスがかかった揚げ芋が、疲れた体に染みわたる。
塩と炭水化物に脂とかいう美味さの塊が口の中に残るうちに、腸詰を頬張ると肉の旨味が広がり、それをエールで流し込む。
「あー、生きて帰ってきた実感が沸くわ」
「本当に、よく生きて帰ってきましたね」
「まったくじゃ。収穫者相手にようやるのう」
流石に今回は死ぬんじゃないか、ってことが多すぎた。
「王級に、割者。そんな化け物共を立て続けに相手して、よぉ生き残ったわい」
「アルビオンでそんな経歴があったら、すぐに騎士団長に目を付けられると思いますよ」
「冗談でもやめてくれ……アルビオンの騎士団長と言えば、あの“三雄”だろ。怖すぎるわ」
噂でしか聞いたことはないが、剣の国アルビオンで純粋な剣技ならば王すら超える文字通りの“最強”の一角。
戦力等級における一級の更に上、どうすれば至れるかも分からぬ“特級”に数えられる真正の化け物じゃねぇか。
そんな人に目を付けられるとか冗談じゃないっての。
「ヴァイスなら気に入られると思いますよ?」
「なんだ、カディス。まるで“人となりを知ってる”みたいじゃないか」
「これでも旅団長ですからね、顔合わせはそれなりに」
ま、そう言うことにしておいてやろう。
「今のところ、森は大人しいようじゃのう」
ペドロが、ちらりと目線を他のテーブルに向ける。
どうやら、ペドロのバッカス組が監視してくれているらしい。
「少しは休めそうだな」
「うむ、あれだけの戦いをしたのじゃ。少しでも休めるとよい」
「私の部下にも警戒はさせておきますので、ご安心を」
アルビオンが警戒に当たってくれるのはありがたい。
魔剣アルビオンは、同じアルビオン間で情報伝達が可能だから、速さも精度もずば抜けているからな。
「というか、いいのか?今回の件、アルビオンは無関係だろ」
カディスからすれば、行商に来た先で起きた事件に首を突っ込んでいるようなものだ。
個人的な好奇心を除けば、アルビオンに旅団長を遊ばせている意味がないように思うんだが。
「いえ、アルビオンも今回の件には関わっておくように、と言っておりますので」
腰の魔剣に手を触れながら、カディスがそう語る。
……即座に国家単位の判断ができるのがアルビオンの長所だが、国家単位で乗り気なのが逆に怖いな。
「こちらとしても、カディスが手伝ってくれるのは非常に助かるからありがたいんだが……いいんだな?」
「えぇ、ここまで関わった以上、最後までお付き合いしますよ」
今回の騒動に対応できるレベルの開拓者は少ないから本当に助かる。
実際、二級戦力は地方都市でも片手で数えれるぐらいいればいい方だからな。
世の中の開拓団長や旅団長という強さが求められる立場の者でも、二級戦力超えてる方が少ないぐらいだ。
ルメールという一級戦力がいる時点でうちの開拓団はかなり恵まれている。
「さて、カディスが協力してくれるなら、戦力は変わらずだな」
「騎士団は動きますか?」
「動かんじゃろう。失敗した場合に備えてはくれるじゃろうがな」
騎士団は支配領域を守るものだからな。
他の領域に赴くのは俺達開拓者の仕事だ。
「だから、増援はない。少なくとも、旧王都の他の開拓団はこっちに手を割く余裕はないだろうよ」
旧王都には、ここチュートリアルの酒場以外にも開拓団は幾つか存在する。
ただ、こっちの門側を担当している開拓団は小規模な所が多い。
それなりの規模の開拓団は、別の門の先の領域を担当しているからこっちに手を出す余裕はないだろう。
樹鹿の森と小鬼の森だけじゃないからな、周辺の領域は。
「だから、今回は俺達だけでやることになるだろう」
「うむ、仕方があるまい」
ペドロが頷いたとき。
「……俺も、連れてってくれないか」
その声に振り向くと、そこには右手を握りしめた優斗が立っていた。
やけど跡の包帯はそのままだが、折れていたはずの右手はすでに治っているようだった。
「那砂が起きたのか?」
「あぁ。限界なのに、無理して俺の体を……だから、動く分には問題ない」
優斗の重症だけを治して力尽きたのが目に浮かぶ。
「じゃが、無理をして行くものではないぞ?」
動きに支障がないと言っても、現代日本なら即入院するような状態だ。
普通なら、止めるべきだろう。
「那砂を、マリネちゃんを傷付けた原因に、一矢報いたい」
まっすぐに俺を見る優斗の目は、確かな覚悟に満ちており。
「何もかも足りてないのはわかってる。それでも、俺はこのままで終わりたくない」
「明らかに格が違うとしても、ですか?」
「あぁ」
カディスの言葉にも、迷うことなく頷く男の言葉に。
俺はただ、空いている椅子を指さした。
「今から作戦会議だ、参加する以上、意見は頼むぞ?」
一瞬、俺の言葉の意味を理解するのに時間を要した優斗が。
「任せろ!」
目を輝かせて、椅子に勢いよく座った。
「……よいのですか?」
カディスから見れば、まだまだ実力の足りない子供だろう。
ただな。
「収穫者相手に誰よりも覚悟を見せた漢だ。これ程頼もしい増援はないだろ?」
俺のその言葉と、俺の目を見たカディスは。
「確かに、その通りですね」
俺と同じように、眩しいものを見るように、優斗を眺めていた。




