第37話 誇れ
ペドロの作戦はシンプルだった。
『ゴブリンを追って森から出た収穫者を、ゴブリンを使って森に戻す』
言ってしまえばそれだけの作戦だが、収穫者から逃げようとするゴブリンを誘き寄せるのは簡単じゃない。
そこで、ルメールの人形の体が必要だった。
本体である鉄槌の領域外に出ると、人形の体はまるで眠るように動かなくなる。
仮とはいえ器なので精神は残っているので、一見すれば意識を失った少女にしか見えない。
そして、目の前に脅威がないのであれば、基本的にゴブリンは嗜虐心を満たすことを優先する。
ルメールの体を囮に森から十分なゴブリンを誘き寄せ、それをカディスが行動不能にしていったわけだ。
滅茶苦茶ルメールの機嫌が悪くなったことを除けば、いい作戦だ。
実際に成功したし、それで俺達は助けられた。
ペドロとカディスには感謝しかない。
うん。
人形の体に戻ったルメールが、少し傷付いた体に物凄いふくれっ面してるけどな!
そして宥めるのは俺なんですね、よくわかっておりますとも!
「むぅ……傷ついてる!」
「それだけ急いでくれたから、俺が無事だったんだ……だから、な?」
「うぅー!」
俺に背負われたルメールが強く抱き着いてくる。
口ではこう言っているが、ルメールはちゃんとわかってくれてる。
うん、だからもう少し力緩めようか?
俺もうボロボロなんですよ、今歩くのもきついんで優しくしてくれませんかね!
横目で、申し訳ないと手を合わせてくるペドロとカディスを横目に、俺は大きくため息をついた。
「せめて、鉄槌か体のどっちかは二人に任せちゃだめか?」
「絶対いや!」
……仕方ない。今後の為にもルメールに少しでも魔力供給しないといけないからなぁ。
色々な意味で重いお嬢さんには勝てず、軋む体に鞭打って俺は街への街道を進んでいった。
俺達が辿り着いた時点で、門は厳戒態勢だった。
ボロボロの俺よりも、優斗達の方がずっと早く戻ってきたのもあるだろうが。
流石に収穫者が街道であれだけ大暴れすれば、外を見張っている兵士が気付くのは当然だ。
「お見事でした」
恥ずかしながら、どうやら一部始終を見られていたらしい。
魔器に手を添えて出迎えてくれた門番の魔器の柄頭に、俺も鉄剣の柄頭を合わせて応える。
「あれに立ち向かった後輩のお陰だよ」
正直、優斗達の奮戦がなかったら立ち向かう気にはなれなかっただろう。
優斗が、那砂が命懸けでマリネを助けてくれたからこそ、俺も覚悟を決めれた。
もしもあそこでマリネが、優斗と那砂が死んでいたら、心乱れた俺は収穫者に刈られていたと思う。
その想いも伝わったのか、門番が破顔する。
「将来有望な後輩が羨ましい限りです」
「今のうちに贔屓してやってくれ。損はしないさ」
「えぇ、楽しみです」
笑顔を浮かべた門番が、領主への連絡のために門番を交代すると、表情を引き締めなおす。
「明日、チュートリアルの酒場に人員を向かわせますので、報告はそちらにとのことです」
「助かる」
流石に今日は疲れたから、明日にしてくれるのはありがたい。
まずは、チュートリアルの酒場に戻るとしますか。
「ヴァイスぅ!!」
「ぐえぇ!」
扉をくぐった瞬間、マリネが突っ込んできた。
疲れ切ったうえにルメールを背負っている俺は反応もできず、まともにマリネの体当たりを受けた。
「ヴァイス、無事だよね!どこも悪くない!?」
今無事じゃなくなりましたね!!
綺麗にみぞおちにマリネの頭が直撃し、悶絶している俺の上から、ルメールがマリネの襟をつかんで持ちあげる。
「マリネ、あっち」
「……え?」
ルメールがマリネをくるりと廻すと、視線の先には青筋を立てたシンザキの姿。
「マリネ、安静にしろと言ったよな?」
「えと、あの、その……ヴァイスの顔が見たら、つい?」
「つい?じゃない!」
「ぴゃっ!」
シンザキがルメールから、震える小動物になったマリネを受け取った。
「ひゃぁ、ヴァイス助けて……!」
「……俺としても、安静にして欲しいから大人しく怒られてこい」
「そんなぁ!」
シンザキがマリネを抱き上げると、一階奥にあるマリネの部屋へ連れて行った。
シンザキも、怒っているように見せてるが、心配なのが見え見えだ。
俺も心配だったが、マリネの左足は幾重にもテーピングされて固定されていたし、あれだけ元気なら大丈夫だろう。
自分の痛みよりも、残った俺を気遣ってくれたと思えばうれしいもんだ。
「大丈夫、ヴァイス?」
「……そう思うなら、そろそろ降りてくれない?」
境界じゃないから浮力もなくて重いんです。
「……うん」
名残惜しそうに、ルメールは鉄槌を持って飛び降りる。
「また、あとでね?」
トンっ、とルメールが俺と額を合わせると、そう言い残してルメールは二階に消えていった。
……なんだよカディス。
ビスクドールのルメールとはマジで何も起こらないんでその生暖かい眼差しは不要だぞ?
魔力供給しなきゃいけないだけだっての!
ようやく重荷から解放された俺は、カディスとペドロとも別れ、酒場の隅で寝ている那砂と、その傍に座っている優斗に歩み寄る。
折れた右腕は固定され、三角巾で吊るされ、火傷を負った肌は全身包帯塗れだ。
優斗は那砂が起きれば治癒して貰えるとはいえ、なかなかの重傷だな。
「よう、お疲れさん」
「おっさん……無事でよかった」
俺の顔を見て、優斗が安堵の表情を見せる。
「誰に言ってんだ。あれぐらい楽勝だっての」
「……やっぱり、おっさんは凄いな」
俺の軽口に、優斗が少し自信なさそうに返してくる。
俺は座っている優斗と視線を合わせるようにしゃがみ込む。
「そりゃ、楽勝に決まってる。お前が、全部守ってくれたんだからな」
「……俺が?」
そうだ。
お前が、全部守ってくれたんだ。
「マリネを助けてくれた。逃げ切れないと悟って、あの収穫者という化け物相手に、時間を稼いで、生き延びてくれた」
とんでもない戦果だ。
優斗と同じぐらいの時期の俺だったら、百回は死んでるぐらい、とんでもないことを成し遂げてくれた。
「お前がマリネを助けてくれた。お前達が生き延びてくれた。何より、あんなに格好いい姿を見せてくれた」
「……っ」
優斗の目を真っ直ぐに見つめて、俺は一切飾らずに思いの丈を伝えていく。
優斗の目が、少しずつ潤んでいくのがわかる。
「俺が後悔もなく戦えたのはお前が二人を守ってくれたからだ。俺が臆さず戦えたのは、お前が立ち向かってくれたからだ。俺が間に合ったのは、お前達が折れなかったからだ」
想いが力になる世界で、それがどれだけ凄いことか。
それがどれ程までに俺の力になったことか。
「俺が見てきた男の中でも、最高に格好良かったぜ」
「……あぁ」
だから、誇ってくれ。
今、この酒場が笑い合えてるのは、お前達のお陰なんだと。
「……優斗、那砂。本当に、ありがとう」
マリネを助けてくれて、ありがとう。
俺達にとって、あの子は娘同然なんだ。
この恩は、絶対に忘れない。
泣き疲れた優斗を那砂の隣の長椅子に寝かせて、俺はバーカウンターに戻ってきていたシンザキの元に向かう。
「大きな借りができたな」
優斗の方に視線を向けて、シンザキが呟いた。
「あぁ、ほんとにな。馬鹿ばかりだった俺達とは大違いだな」
「全くだ」
将来有望な後輩に負けないように、馬鹿な先輩としては少しでもいいところを見せないとな。
「で、何とかなりそうなのか」
「正攻法じゃ無理だな」
鬼王を何とかしないことには、今回の騒動は収まらないだろう。
あんなに都合のいい駒が居て、一度成功している。
次はそれ以上の手を打ってくる、というのがペドロの意見だが、俺も全面的に賛同だ。
ただ、その鬼王が強すぎるんだよなぁ。
「王級は流石に無理難題もいいとこだ」
領域支配者じゃないから脅威度は大幅に下がってると言っても、化け物は化け物だ。
「最悪、領主案件か?」
「それで収穫者を倒せても、それこそ賢鬼の思惑通りだろうよ」
収穫者という最大の脅威を、俺達の最大戦力である領主に倒させる。
その時点で少なからず領主の魔力は削られるし、最悪の場合、そこを狙ったゴブリンの軍勢がまた旧王都を襲う可能性だってある。
そうなったら、収穫者のおっさんは死んでも死に切れないだろう。
「とりあえず、俺一人で考えても仕方ないからな。ペドロとカディスとこのあと作戦会議だよ」
「それがいいな。馬鹿の考え休むに似たりと言うからな」
「誰が馬鹿だ誰が」
俺か。
うん、紛うことなき馬鹿だったのは認める。
「腹も減っているだろう、食事は用意しておく。だからな、ヴァイス」
「何だよ」
シンザキが、嫌そうに目を細めると。
「ゴブリン臭いから洗ってこい」
「……まじかよ」
鼻馬鹿になってて気付かなかった。
確かに馬鹿だったわ。




