第30話 小鬼の森
割者の出現は悲劇と表裏一体。
割れてでも成し遂げようとする強い想いがなければ割れるまで至らない。
「既に割れてしもうた者はどうにもならん。わしらがうまく付き合うしかないのじゃ」
「……完全に砕いてあげた方がいいよ」
ペドロの言葉に被せる様に、ひやりとしたルメールの声が聞こえてくる。
ルメールは魔人だが、持ち主が死んだ魔器に自我が宿り蘇った存在だ。
生前の記憶は殆ど残っていないが、一つ分かっていることがある。
それは割者に対して、強い想いがあることだ。
持ち主が割者に殺されたのか、持ち主が割者になったのかはわからない。
ただ、全ての割者は終わらせるべきと語っている。
「割れて混ざって囚われて……割者にいい事なんてない」
冷たくも、どこか祈るようなルメールの声に、俺は明るく声を返す。
「その意見には俺も同感だよ、ルメール」
割者は存在が悲劇なのだ。
そして悲劇を広げていく。
だからこそ、残されたものができることは終わらせてやることだけだ。
「じゃが、現実的にはそれはできぬ。特に収穫者の場合はのう」
ペドロのいう事も正しい。
収穫者がいるからこそ、敵対国家ともいえる小鬼の森が大人しい。
少なくとも、小鬼の森をどうにかしない限り、収穫者を排除するのは現実的ではない。
「それに今はその前提が崩れているかもしれない……そうでしょう?」
カディスの言葉に俺とペドロが頷き返す。
大人しいはずの小鬼の森に異常が起きている。
それを知る為にも、まずは調査を進めないとな。
鬱蒼と生い茂る、暗く淀んだ森。
それが領域外端から覗き込んだ小鬼の森の印象だ。
日が高くても常に薄暗く、ゴブリンが隠れるのにちょうどいい高さの草木が茂っている。
密集している木々は枝が絡み合い、ゴブリンほどの大きさであれば枝を伝い木の上に隠れられるだろう。
ゴブリンに都合の良い植生は奴らが隠れるのを容易にする。
暗い森には罠も多く仕掛けられており、侵入者を盛大に出迎えてくれる。
地面の若葉にまで木漏れ日が届く神秘的な樹鹿の森とは大違いだな。
領域に踏み込むと、淀んだような不快な空気が纏わりついてくる。
かすかに漂う獣臭さが、本能的に相いれない存在の領域だと伝えてくる。
「俺が先頭をいく。罠の探知も解除も任せてくれ」
危険感知や探索はマリネに負けつつあるが、悪意のある罠相手は俺の方が慣れている。
森の中に入ったので、肩車状態だったルメールが俺から名残惜しそうに降りる。
「ヴァイスなら罠にかかっても硬いし大丈夫だよ」
「ルメールさん、俺に罠に引っかかれと申しますか?」
意地でも全部見つけて躱してやる!
「ルメールの相手はヴァイスにしかできん、ヴァイスの後ろはルメールでいいじゃろう。わしが次で、カディス殿は後ろを頼む」
「よくわかってるねペドロ!」
「承りました」
嬉しそうなルメールはいい。
カディス、お前は微笑ましい視線を向けるんじゃない。
「さて、ここからが本番じゃ。わしも来るのは久方ぶりじゃからな、気を引き締めてかかろう」
ペドロの一言に、全員の気配が静まり引き締まる。
全員が相応の実力者。
経験も実力も、俺が背中を預けれると確信する者ばかり。
それでも気を抜けないのが、支配領域という奴だ。
さて、気を引き締めていくとしましょうか!
草を結んだような簡易的なものから、藪にまぎれた毒が塗られた棘に、巧妙に隠された落とし穴。
紐に引っかかると上から石や尖った木が降り注ぐ大がかりなものまで多種多様。
よくもまぁここまで仕掛けたと思うほどの罠の数々。
そして、その大部分が既に起動済みであり、その周囲には引っかかったとみられるゴブリンの死骸がいくつも転がっていた。
通り道のまだ起動していない罠を手早く解除していくが、これが起動していなかったと思うと正直嫌な汗がでそうだ。
まじで罠多すぎだろう小鬼の森!
多ければいいってもんじゃねぇぞ!?
とはいえ、だ。
「……自分たちでかかったの?馬鹿なの?」
言うなルメール。
俺もそう思ってるけど。
いや、いくら何でも馬鹿すぎないか?
この世界有数の馬鹿をしてきたと自負する俺だが、流石にここまでじゃない。
それに、罠にかかったぐらいでこんなに死ぬほどこの世界の生き物はやわじゃない。
即ち、罠にかかった後何者かにとどめを刺されている。
「仲間割れ、ですかね」
「支配力特化の王に統率されたゴブリンが仲間割れするかね」
それに罠が起動したのも、ゴブリンが死んだのもどちらも新しい。
急に仲間割れした?
王に何かあったか?
「ふむ、わかったぞ」
静かに道中のゴブリンの死骸を確認していたペドロに視線が注がれる。
「死んでおるゴブリンが二種類おる。1割が昔からおるゴブリン、9割がこの森のものではないゴブリンじゃな」
……小鬼の森とは別のゴブリン、だと?
「ゴブリンどもは骨などで装飾をするが、それには部族ごとに異なる。この森特有の装飾をしておらぬゴブリンが大半じゃ」
ペドロが二種類の首飾りを見せてくれる。
牙や骨を加工し、何らかの手段で少しだけ彩色されている二種類の首飾り。
……俺の趣味には合わないってことしかわからないんだが。
「なるほど、穴をあける位置や配列、色付けに使用している素材も違いますね」
「うん、この森の首飾りは丁寧に磨かれてるけど、外の森の奴は作りが結構雑だね」
商人のカディスと、おしゃれなルメールは違いが分かるらしい。
あれ、分からないの俺だけ!?
ルメール、優しく肩に手を置くんじゃない!
カディスも優しい視線を向けるんじゃない!
俺が装飾が分からなくてもいいだろ!
「もういいかの?」
待ってくれてありがとうなペドロ。
俺は応える代わりに無言で先を促す。
「うむ。これからわかるに、今小鬼の森には外から別の勢力のゴブリンが入り込んできておるのは間違いないのう」
「この少ない範囲でもこれだけのゴブリンが死んでいますし、かなりの規模の勢力なのではないでしょうか?」
カディスの言う通り、小規模な群れってことはないだろう。
まだ森に入って調査を開始して間もなくてこれだからな。
「この罠にかかっているゴブリン、森の外に出ようとして引っかかってる。となると、奥にはもっと転がってそうだな」
境界に近い場所でこの数だ。
もっと罠が多いであろう奥から出ようとした生き残りがここで力尽きたと考えると、この先はどうなっているのやら。
ただでさえ不快な淀んだ空気に血の匂いが混じり、先の見通せない暗い森をより陰鬱なものに感じさせた。




