第3話 領域
今日も朝から酒が美味い!
朝から酒場で腸詰を肴に一杯。
腸詰と酒は何時でも何処でも最高だ。
……いや、朝から飲んだくれてる訳じゃないんだぞ。
マジで飲み物が酒しかねぇんだから仕方ねぇんだ。
っていう大義名分で朝から飲めるわけだ、バッカスに乾杯!!
「どう見ても飲んだくれのおっさんだぞ、ヴァイスのおっさん」
「おはようございます、ヴァイスさん」
おうガキども。
よく寝れたようで何よりだ。
「ここのベッドはよかっただろ。なんたってここのは日本人クオリティだからな」
「はい、ホテルみたいですごくよかったです……他だと違うんですか?」
いい質問だ嬢ちゃん。
「正直、このレベルなのはうち以外じゃ高級宿ぐらいじゃねぇかな。安宿なら新品の藁があるだけ上等だぞ」
「まじか……他の場所でやってける自信なくなってきた」
寝床は大事だよなぁ。
特にこっちにきたばかりだと、カルチャーギャップがえぐいんだ。
「安心できる寝床は、この世界だとマジで重要だ。その辺の説明もしとくかな……」
二人をテーブルに誘うと、俺は元気に朝から走り回ってる、小さな獣人の女の子を呼び寄せる。
「おーい、マリネ。注文と紹介だ」
「ほーい」
とてとてと近寄ってきた、体と同じ大きさのもふもふの尻尾をした獣人の女の子、マリネを二人に紹介する。
「昨日も見てたと思うが、ここの看板娘の獣人種の女の子のマリネだ。こっちは優斗と那砂。今期の来訪者だな」
「はじめまして!来訪者の優斗さんと那砂さん、マリネっていいます。食べたいものがあったら何でも言ってね!」
元気よく手を挙げて、つられて尻尾も挙がるマリネに、那砂が口に手を当てて震えてる。
「かわいい……」
「本物の獣人だ……すっげぇ」
かわいかろう。
たしか、ヤマネの獣人だったかな。
黒い一本線の走る大きな尻尾がトレードマークだ。
「とりあえず、二人の朝食はいつものやつでいい」
「はーい、モーニング二つね!」
注文ついでに俺がマリネに目配せすると、手慣れたマリネが二人に近づき。
二人が、ある一定の距離に近づくと同時に眉をひそめる。
「今、なんか違和感があったろ?」
「あぁ、なんていうか、嫌じゃないんだけど、異物感というか」
「はい。知らない人が、隣に来た時の違和感みたいなのが」
よしよし、ちゃんと感じてるな。
たまーに、誰でもウェルカムな頭のねじが緩い奴がいるけど二人は違うようだ。
「領域、って概念があってな。すげぇざっくりいうと、パーソナルスペースのすごい奴だ」
他人が近づくと不快感を感じ、親しい人なら気にならない距離。
カウンター席で隣を一つ空けたくなるあれだな。
「昨日、魔器が何かを空気に変換してるって言ったろ?それが出来る範囲を、領域って呼んでる」
大体、手を伸ばして届く範囲が一般的かね。
「ナッツを弾いたのが急に減速したのも、領域の外に出たからだな」
「……自分の周りの、パーソナルスペースぐらいは、地球みたいにできるってことです?」
お、いい気づきだな嬢ちゃん。
この説明だけでそこに気付けるとは、さては頭がいいな?
「大体あってるし、普通に暮らすのならそれでもいいが……ちょっと違うんだな」
「違う、のか?」
理解が及んでなさそうな坊主が、首をかしげる。
うーん、ちょっと心配だな。
嬢ちゃんが手綱を握った方がいい気がしてきた。
「正確には、領域内なら“なんでもできる”が正解だ。もちろん、簡単じゃないがな」
俺は、二人に見える様に人差し指を立てると、指先に集中する。
普段やらないからけっこう構むずいんだが……。
人差し指の先から、ライターのように火が灯る。
「「おぉ!!」」
手品の延長線だが、明らかな魔法のような現象に二人の目が輝く。
「領域内なら、魔法のような現象を起こすことも不可能じゃない」
俺が言葉を言い切る前に、俺の指が叩かれて火が消える。
「ヴァイス!火気厳禁!!」
俺の手を叩いたマリネの怒った顔がそこにあった。
「……ごめんなさい」
「わかればいいの!」
しまらねぇな!!
微妙な空気を残して、マリネが去っていく。
二人の表情も、苦笑いになっていた。
「あー、とりあえず例として見せたが、実は今の魔法は実用的じゃない」
「そうなのか!?」
魔法に憧れがあるとそうだろうとも。
俺も同じ経験をしたからよーくわかるぞ。
「まず、領域ってのは狭い。手を伸ばしたぐらいが普通だな。で、それを超えるとな、魔法も消えるんだよ」
「あっ」
そう、飛び道具がない世界ってことは、魔法も遠くに飛ばないんだ。
だから、強力な魔法で大軍を薙ぎ払う、みたいな英雄譚はまず起こらない。
「一応、領域を広げればある程度は届くんだが……問題は、届けたい相手も領域持ってるのよ」
「という事は……空気中から水の中に、火を投げるみたいな感じですか?」
「お、まさにそれ!」
領域はパーソナルスペースのすごい版だから、異物を弾く性質が強いからバリアみたいになるんだよ。
そう、この世界の住人は全員バリア持ちなわけだ。
そりゃ飛び道具が育たんわ。
しかし、理解力いいな嬢ちゃん。
……だいぶ逸材では?
「まぁ、だから魔法使いって職業はほぼいない。残念ながらな」
「そうですか……」
やっぱり憧れあるよなぁ。
でも、マジで非効率だしデメリットが多すぎるんでお勧めしない。
存在しない訳じゃないし、堂々と魔法使い名乗ってる連中はまじで化物ぞろいなんだけどな。
「俺も憧れてめっちゃ練習して、それであれが精々だから、マジでお勧めはしないよ」
火起こしには便利そうに見えるだろうけど、この世界じゃ、普通には火がつかないし、焚き火も地雷なんだよなぁ。
「はーい、モーニングおまたせー」
マリネが、お盆に二人分の朝食を乗せて持ってきた。
ベーコンと野菜とチーズのサンドイッチに、ジョッキに注がれた果実酒だ。
サンドイッチがボリューム満点だから、単品でも十分だろう。
「わぁ、おいしそう……食べきれるかな?」
「那砂が食えなかったら、俺が食うよ」
「うん、お願い優斗くん」
かぁ、甘酸っぱいねこりゃ!
幼馴染の仲がいいのはいいことだ。
……。
ちきしょう!マリネ、エールお代わり!
酒の肴にしなきゃやってられねぇよ!!