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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第二章 小鬼の森の収穫者
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第29話 出発

「みんなおはよう。今日から頼むわ」


俺が黒ずんだ革鎧一式に身を包んで一階に降りると、すでに昨日声をかけていたみんなが揃っていた。


「小鬼の森の偵察……普段は入れない領域に行けるのは心が躍りますね」


御者をしていた時とは違う、白い革のコートに身を包んだカディスが楽しそうにしていた。


魔剣アルビオンが左に吊るされ、腰の後ろには大きな短剣が入った白い鞘が見える。


「それで、わしにも声をかけたわけじゃな?」


ペドロが、使い込まれた何層にもなる重革鎧に身を包み、背には大槍を担ぎ、腰には手斧が下げられている。


ペドロは俺がこっちに来る前から開拓者をしているチュートリアルの酒場でも最古参。


知識と経験では俺より上で、特に小鬼の森に関しては俺よりも遥かに詳しいので今回声をかけさせてもらった。


「ぼくがいれば問題ないでしょ」


そんな中、一人だけ今からお茶会にでも行くような新しい衣装に身を包んだルメールが、鉄槌にもたれかかる様にして笑っていた。


黒系という事は戦闘用なんだろうが……。


じーっとこっちを見つめるルメールに、根負けした俺は。


「……よく似合ってて可愛いぞ、ルメール」


「むふー」


くそう、嘘がつけないから満足そうな顔をしてくださって!


「相変わらず、ルメール嬢には尻に敷かれているのですね」


「うっせぇ!」


その通りだよ!


ルメールも当たり前のように俺に登るんじゃない!


それに抵抗できない以上、否定できないってことなんだがな……。


いつの間にかルメールを肩車した状態になっているが、話を続けようか。


「今回、ここ数年境界で殆ど目撃情報の無かったゴブリンが多数確認されている。


 現在小鬼の森は収穫者の狩場になっており、特にここ旧王都側が収穫者の縄張りであり、今まで狩漏らしはなかった。


 それがこの数漏れ出しているという事は、収穫者に何かあったか、小鬼の森に変化があったという事だ。


 今回は、その調査に赴く。日程は最長でも一週間。


 ちなみに領主に伝えたら依頼として受理してくれたので精一杯むしり取ってやろう。以上、質問は?」


カディスがいるので、状況説明も併せておく。


すると、カディスが手を挙げたので、視線で続きを促す。


「小鬼の森の禁忌行動はありますか?」


「特にない。どちらかというと、収穫者に見つからないような隠密行動が原則なんだが……今回は収穫者を探すのが目的だからなぁ」


今回は見つかってもいい面子でそろえているから、見つかっても特に問題はない。


「ゴブリンはどうします?」


「こっちに気付いたら処理していい。仲間を呼ばれる方が面倒だ」


「心得ました」


納得したカディスが一歩下がる。


代わりに、俺の頭をたたきながらルメールが主張する。


俺の頭はインターホンじゃありませんよ!


「なんだよルメール」


「ぼくはどうすればいい?」


この面子で一番強いが燃費が悪いルメールだ、雑魚相手に消耗させる必要はないだろう。


「雑魚は俺とカディスでやる。でかいのがいたら任せる」


「わかったよ」


そもそも、ゴブリン相手にルメール使うとか過剰火力にもほどがある。


だが、収穫者を相手取るならルメールは必須だ。


それぐらいに収穫者は、“割者”ってのは規格外だからな。




「もう出発?」


ウェイトレスの格好をしたマリネが厨房からひょっこりと顔を出す。


「あぁ、行ってくる」


「うん、気を付けてね。はい、これお弁当、みんなの分も入ってるから」


マリネから大きな袋を受け取る。


中を覗くと、匂いが出ないように丁寧に一食毎に小分けに包装されていた。


「ありがとうな、助かるよ」


俺はルメールを背負うことになるので、弁当の入った袋は今回ポーターを兼任してくれるペドロに預ける。


「それで三日分ね。かかりそうなら、優斗と那砂の採取のついでにわたしが持っていってあげよっか?」


む、確かに長引いたらそれは確かに助かるんだが。


「いや、今回は危険だから小鬼の森に近づかない方がいい。野営地も危ういかもしれん」


「うぇ、そうなの?」


俺が危険と明言したことで、マリネの尻尾が逆立つ。


「あぁ、森から出ているゴブリンを追って収穫者が出てくるかもしれない」


「子供の頃から聞かされてた、『悪い子はゴブリンと間違えられて収穫者に食べられちゃう』ってやつ?」


この街で大人が子供を躾ける時の常套句だな。


「そうだ。収穫者はゴブリンだけを狙うが、もしかしたら人間とゴブリンの見分けがつかなくなってる可能性は高い」


実際に収穫者と遭遇して襲われたって報告もある。


その時は収穫者が別のゴブリンに気付いていなくなったからなんとか無事だったらしい。


とはいえ、その報告も何年も前だから、悪化している可能性は大いにあり得る。


「だから採取で草原に出ても小鬼の森には近づかないこと。そして万が一、明らかにヤバイのを見かけたら、気付かれないように息を殺して逃げるように」


「うん、わかった。優斗と那砂にも伝えておくよ」


笑顔で頷いてくれるマリネが手を掲げたので、俺もそれに応えるように手を重ねて打ち鳴らす。


「行ってくる。二人を頼んだ」


「任せて!」


マリネの頼もしい言葉に、俺は意気揚々と酒場を出発しようと振り返り。


「ぼくも!」


マリネとハイタッチしたがったルメールによって首を強制的にマリネに向きなおさせられた。


首がっ!?




爆笑しながらルメールとハイタッチをしてくれたマリネに見送られて、俺達は小鬼の森に向かって出発した。


道中笑いをこらえているカディスと、遠慮なく大笑いするペドロがうるさかったが、まぁいいだろう。


あとルメールさんはそろそろ肩車はやめていただいてもよろしいでしょうか?


だめ?


小鬼の森まで?


……仕方ねぇな!


なんだか後ろの二人の生暖かい視線がうっとうしいが、それでも今回は全員が実力者だけあって境界の移動が速い。


ペドロは地人なので走るのは苦手だが、境界での移動は足の長さは関係ない。


魔素の壁にぶつからない程度の速度で全員で跳ねるように移動していく。


この移動方法なら、俺が鉄槌をルメールごと背負っても負担は少ない。


「そういえば、小鬼の森の領域支配者はどのようなものなのですか?」


「小鬼の森の支配者か……」


「ふむ、それはわしが答えよう」


カディスの問いに、俺が思い出そうとしていたら、ペドロが声を上げてくれた。


小鬼の森は収穫者発生後は立ち入り禁止だから俺は詳しくないから助かる。


「小鬼の森の支配者は、まぁ当然ゴブリンじゃな。領域支配者じゃが、正直さほど強くはないじゃろう」


「あの規模の領域の支配者なのにですか?」


小鬼の森は樹鹿の森程ではないが、それなりの規模の広さを誇る森だ。


それを支配するとなれば、相応の強さがあるのが普通だ。


「もちろん、領域支配者としてはじゃがな。あやつは、武力よりも、知恵が回りゴブリンを従わせる事に長けておる。故に“賢鬼”などと呼ばれておる」


「逆に厄介な奴だな、それ」


数の力を持つゴブリンを統率できる頭のいいゴブリンの王。


“賢鬼”とまで呼ばれるそれが人類の敵対種族なのが最悪に近い。


「うむ。収穫者という天敵が森に巣食っているにもかかわらず、支配を維持しておるからもそれがわかろう」


ゴブリンを喰らい強さを増す収穫者だ。領域支配者であっても見つかればただでは済まないだろう。


その状態で、何年にも渡り賢鬼は収穫者を躱し続けている。


……その賢鬼って相当な化物だよな?


本来欲に忠実で凶暴だが臆病なゴブリンを従わせて、収穫者をコントロールしてるんだろ?


「じゃから、収穫者がおらねば、とっくの昔に森から統率されたゴブリンが街を襲ってきておる」


「それを防ぎ続けているのが収穫者、という事ですね」


「うむ……割れる前のあやつは開拓者で、わしの戦友であった」


街でも最古参の開拓者であるペドロだ。


当然、それだけの歴史を見てきたのだろう。


「ゴブリンどもに妻子を殺され復讐心に囚われ、ゴブリンを殺すためにゴブリンを喰らい続け割れてなお、妻子の眠る故郷を守っておる。あやつらしいわ」


そう語るペドロの声には、何とも言えぬ思いが滲んでいた。

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