第22話 閑話:樹猪の腸詰
樹狸の報復戦から数日経った朝。
俺は神妙な面持ちで、酒場のテーブルでその時を待っていた。
小さな足音に顔を向けると、厨房からマリネが“それ”をお盆に乗せて来るのが目に入った。
「はい、ヴァイス。頼まれてた樹猪の腸詰だよ」
「待ってましたぁ!!」
テーブルに置かれたのは、湯気の立つ大きな腸詰が四本も乗った皿とラガーの注がれた鉄製のジョッキ。
腸詰からは、肉の焼けた食欲を誘う匂いに加えて、芳醇なハーブのような匂いも漂っている。
いやぁ、樹狸が眷属引きつれると思った時、もしかしたら樹猪も来るのでは?って予想が当たってよかった。
樹狐と樹熊をルメールに押し付け……もとい、任せた先に樹猪がいた時は心の底では拍手喝采だったぜ。
“自分が倒した相手は美味くなる”というこの世界の特徴。
それが、樹鹿の眷属の中でも飛び切り美味いと評判の樹猪だったなら。
それが、俺がこよなく愛する腸詰に姿を変えたのなら。
美味くないはずがない!!
しかも樹鹿の森の眷属は、上位になるにつれて食べるものが植物に偏っていく。
樹猪にもなれば、ただでさえ美味くて高級食材の樹鹿の森の果実に木の実にハーブを腹いっぱい食べている。
地球の高級ブランド豚よりいいもん食ってる猪はどんな味なのか……いざ実食!!
甘い。
一口目に感じたのは、濃厚な肉汁の甘味。
豚特有の脂の甘味だけじゃない。
果実や木の実由来の優しい甘みに、猪らしい野性味がほのかなアクセントになっている。
しかも、芳醇なハーブの香味がその脂の後味をさっぱりとした味わいにしてくれている。
香辛料も樹鹿の森産の厳選したものを使っているから一切喧嘩することなく調和がとれている。
飲み込んだ後には、ほのかにナッツのような甘みが残り、それをいつもより奮発した冷えたラガーで流し込む!
「さいっこう!!」
自分で倒した樹猪の肉だけあって、それらがすんなりと体に沁み込んで満たされる何とも言えない感覚。
これはもう、開拓者やってないと味わえない第六の味覚と言っていいだろう。
俺のリクエストに完璧以上で答えてくれるシンザキの腕があってこそだが、想像の倍は美味い!
あまりの美味さに、いつの間にか一本無くなっていた。
樹猪はでかかったから大量に作ってもらえたが、それでも有限。
二本目はじっくり味わうとしよう。
「ほんっとうに、ヴァイスは腸詰好きだよねー」
ラガーのお代わりを持ってきてくれたマリネから呆れたような声がする。
「マリネだって腸詰好きだろ?」
「まぁ、小さい頃からヴァイスに勧められて育ったし、もちろん好きだけどさぁ」
マリネが赤ん坊の頃からの付き合いだからな。
小さいマリネが「なにたべてうのー?」って可愛く寄ってきたら、そりゃ分け与えますとも。
「それに、そこまで手間暇かけなくても、ステーキでも十分美味しかったよ?」
確かに、腸詰より先に出してもらった樹猪のステーキも馬鹿みたいに美味かった。
それは間違いない。
人によってはステーキの方がいいって人も多いだろうとも。
焼いただけでハーブの香りとナッツの旨味が溶け込んでる肉とかやばかったし。
だけどな。
「これ以上、俺にふさわしい料理もないんだよ」
ヴァイスブルストを名乗ってる以上、腸詰を推さないとかありえないってのもあるけどな。
「ヴァイスの名前、あっちの言葉で腸詰なんだっけ」
「訳すと白い腸詰だな」
「そんな名前にするぐらい好きなら、ふさわしいんじゃない?」
ドイツ語だし、ドイツの料理のはず。
こっちだと腸詰は基本的に保存食だ。
だから、保存に向かない白い腸詰はまずお目にかかることはない。
本場ドイツだと、傷みやすいからお昼までに食べるものだったはず。
「でも、うちでも白い腸詰は扱ってないよね?」
「……シンザキが、“お前を思い出して気分が悪い”って作ってくれない」
「うん、わたしも食べる時にヴァイスの顔が思い浮かぶのは嫌だね」
ですよね!
俺も俺が料理されてる気分になると思うわ。
と言っても、俺も別に白い腸詰に思い入れがあるわけじゃないからいいんだけど。
俺は懐から白い豚の貯金箱を取り出して、テーブルに置く。
「この白い豚の貯金箱の名前が、ヴァイスブルストなんだよ」
神授の魔器であり、こっちに来る以前に大事にしていた白い豚の貯金箱。
「……豚さんの名前を腸詰にしたの!?」
「プレゼントしてくれた幼馴染が付けてくれた名前なんだよ、俺じゃねぇ!」
小学校ぐらいだったから、音の響きだけで格好いい!って素直に受け取ったんだよ!
後で知って問い詰めたら確信犯で指さされて爆笑されたわ!
「悪戯されたんなら、変えたらよかったのに」
「……男が一度付けた名前を変えるわけにはいかないって意地張ったし、響きは気に入ってたんだよ」
一周回って格好いいかな?って思ってしまったんだよなぁ。
「で、訳があって白い豚の貯金箱の名前を名乗ってるってわけだ」
「そうなんだ。まぁ、わたしからしたら最初からヴァイスだったし、今更前の名前とかどうでもいいんだけど」
どうでもいいはひどくない?
聞かないでいてくれるのはありがたいし、そのあたりさっぱりしてるのはマリネちゃんのいい所ではあるんだけど。
「ま、そんな豚さんが狩った猪さんをマリネも堪能してくれや」
「うん、シンザキが賄いの朝食にホットドッグ作ってくれてたんだよね」
え、何それ超うまそうなんだけど。
「俺の分は?」
「あるわけないでしょ?お昼にはメニューに出すかもって言ってたけど。
たしか、樹鹿の森のナッツのソースと、チーズを使うって言ってた!」
「待ちきれねぇ……」
絶対美味い奴じゃん!
腸詰単体でこんなに美味いのに、シンザキがさらに工夫するとか!
くっそ、十分満たされてるはずなのに腹が減ってきた気がする。
「ごめんねヴァイス、賄い出来たみたいだから一足お先!」
「おのれマリネ!とりあえずお昼の予約二人前!」
「まいどありー!」
スキップするように去っていくマリネを見送りながら、俺は残りの腸詰にかじりつく。
まじで美味い。
……これのホットドッグかぁ。
ちょっと想像できんけど、シンザキだし間違いなくこれより美味いんだろうなぁ。
そう思っていたら、賄い休憩に入ったマリネと入れ替わりでシンザキが厨房から出てきた。
「……なんだよ、しけた面して」
「聞こえてただけだ」
あぁ、マリネとの会話ね。
「腸詰は、俺に最もふさわしい料理には違いないだろ?」
「馬鹿を言うな。お前の場合は腸詰だったとしても食えたもんじゃないだろうが」
「違いない」
確かに、俺が本当に腸詰だとしたら間違いなく腹を壊すだろうさ。
「それに、わざわざ言う事でもないだろうしよ」
「……マリネなら、話しても大丈夫だと思うが?」
それでもだよ。
「知らなくていいことは、知らなくていいんだよ」
「……それも、そうだな」
とびきりの馬鹿だった俺達だ。
その馬鹿の代償は、いくつも払ってきた。
俺がヴァイスブルストと“名乗らないといけなくなった”話は、俺達の馬鹿の最たるものだ。
それを語るのは、まだもう少し先でいい。
……それよりも。
「休憩室から漏れてくるマリネちゃんの歓声が気になりますねぇ!!」
どんだけ美味いんだよ!!
「自信作だ」
なんてもの作りやがった!
ちくしょう、待ちきれねぇ!!




