第21話 背中
よぉし、帰ってくれたな!
樹猪の野郎が思ったよりも強くて手が痺れていたから正直助かった。
負ける気は全くないが、樹狸相手だと泥仕合は間違いない。
まぁ、はったりもこの世界では大事ってことで。
何にせよ、誓いは守られた。
誓いの言葉は、崖っぷちに自分を追いやる事で限界を超える荒業。
誓いを守れなかったリスクが非常に高いが、守れたとしても反動で滅茶苦茶疲れるんだよ。
それでも、誰一人欠けることなく勝った。
その達成感からくる心地よい疲労感を胸に振り返ると。
「ヴァイスぅ!!」
「ぐほぉ!?」
勢いよく俺に飛び込んできたルメールの頭が俺の腹に直撃する。
鉄槌を持ったままだから滅茶苦茶重い。
殺す気ですかね!?
「最高だったよ、ヴァイス!かっこうよかった!」
「くそう、そんな純粋にキラキラした視線を向けられたら怒るに怒れねぇ!」
ぴょんぴょん跳ねながら褒めてくれるルメールに、正直悪い気はしないしな!
褒められて伸びるんですよおじさんでも。
それに、ルメールもそろそろ電池切れだ。
作り物の器のルメールは、そもそも蓄えておける精神が少ない。
飲食できないから、食事で回復することもできないからな。
一人だと太陽光発電以外で充電できないトラックみたいなもんだから仕方ない。
俺は真っ赤に濡れた鉄槌を背負ってやると、当たり前のようにルメールが背中によじ登る。
「帰るとしますか」
「帰るとしようね」
よぉし、凱旋だ!
「ヴァイス!ルメール!」
大きく手と尻尾を振りながら、マリネが駆け寄ってくる。
那砂に肩を借りながら、優斗もその後に続いていた。
「すっごいじゃんヴァイス!あの樹猪を正面からどっかーんって!!」
「すごいだろ、褒めろ褒めろ」
普段マリネには小技しか見せてないからか、珍しくストレートに褒めてくれる。
しかし、ルメールといいマリネといい、あんまりにも素直に褒められると少しむず痒いな!
「相変わらずルメールも凄かったね!ちょっと相手が可愛そうになっちゃったよ」
「すごいでしょ、褒めて褒めて」
俺の背中で見えないが、ルメールのどや顔が見えた気がする。
実際、五匹の眷属相手は樹猪相手よりよっぽど困難だ。
ルメールがいなかったらあんな無茶はできなかったよ。
あとでしっかり褒めておこう。
機嫌のいいルメールは可愛くなるし。
「ヴァイスさん!」
「おっさん……いや、ヴァイスさん」
那砂と優斗が追い付いてきた。
何だ優斗、今更改めて。
「おっさんでいいよ。お前に改められるとむず痒い」
「……わかった」
そう答えた優斗は、熱い視線をまっすぐ俺に向けていた。
「どうよ、格好良かっただろ?」
「あぁ!痺れた。本気で、痺れたよ」
無詠唱とか、無言の一撃とかのスマートさも格好いいかもしれないが。
自分と相手に伝えることが大事なこの世界、必殺技ぐらい暑苦しく叫ぶのも悪くないだろ?
「中でも、俺が一番痺れたのは」
少し目を伏せて言葉を選んだ優斗が。
「背中が。あの背中が、一番格好良かった」
「そう、か」
その言葉に。
俺の胸に火が灯る。
自分の胸が熱くなるのを感じていた。
年甲斐もなく、目頭が少し熱くなる。
後輩に、そう言われるだけの男になれていたのなら。
それ以上嬉しいことはないな!
「よぉし、今日は俺が奢ってやる!好きなだけ飲んで食え!」
「わたしもいいよね、ヴァイス!」
ぴょんぴょん跳ねるマリネの頭を撫でながら頷く。
「もちろんだ。マリネは特に頑張ったからな、遠慮するなよ」
「わーい!じゃあお仕事終わらせてくるね!」
喜びの余り飛び跳ねながら、俺達が倒した眷属の方に駆けていく。
なんてしっかりした子でしょう!
後で俺達も手伝わないとな。
「なんじゃ、景気がいいのうヴァイス。わしもいいのか?」
ペドロが魔虫を運びながら笑って近づいてくる。
「お前らには奢らねぇよペドロ!?バッカス信者に奢ったら破産するわ!」
飲めるなら無限に飲むだろ、お前達!
そんなやりとりを見ていた那砂が、笑い。
つられて、優斗が笑い。
ルメールも、ペドロも、他の仲間たちも笑い出して。
俺も、自然と笑っていた。
馬鹿だった俺達は、数えきれない失敗をして。
数えきれないものを失ってきた。
でも、失敗のその先で。
そんな馬鹿の背中を格好いいと憧れてくれたのなら。
そんな馬鹿と一緒に笑いあってくれるのなら。
その馬鹿も報われるってもんだ。
この世界は、人が生きるのに優しくない。
空から見下ろすことができるのなら、人が住む土地なんてほんの僅かな領域だ。
人知を超えた人外領域に囲まれて、次の日には飲み込まれて消える事は日常茶飯事だ。
地球で学んだ知識は役に立たず。
優しい世界で生きてきた俺達の覚悟は、この世界で生き抜いてきた人々にかなうはずもない。
それでも。
心が見えて、通い合うこの世界が俺は好きだ。
積み重ねた想いは、踏みにじることを許さず。
貫き通した覚悟は、理不尽を跳ね除ける力になる。
厳しくも美しいこの世界が。
まぁ、初見殺しが過ぎるのは難点だが……。
なに、安心してほしい。
ちゃんと、こっちで用意しておいたからな。
『チュートリアルのある異世界へようこそ!』
何時だって、チュートリアルの酒場は初心者を歓迎している。




