第2話 来訪者
一瞬でガラティーン君を弾き飛ばされたのがショックだったのか、すっかり意気消沈した坊主。
なお天井の修理費は俺の給料から天引きだそうです。ちきしょう!
経費で落ちない?
だめ?
そっかぁ。
俺も意気消沈しながら、二人をさっきまで飲んでたテーブルに誘う。
おっさんはすでに別のテーブルで開拓者仲間と飲みなおしていた。
なんて薄情な!
……半分ぐらい残ったナッツの皿を残してくれたからよしとするか。
とりあえず、腸詰とエール。
それと二人のための果実酒を注文する。
「あの、私たち未成年で……」
「安心しな、ほぼジュースだよ。残念ながら、この世界は安全に飲める飲料がほぼ酒しかねぇのよ」
酒神バッカスに捧げるためにバッカス信者によって作られている酒だが。
訳あって水が超貴重で超危険なこの世界において、飲料水のほぼ100%を担ってたりする。
「その分、味の追求は地球に勝るとも劣らないから味の心配はしなくていいぞ」
「その言い方……あんたも、地球人、だよな。そんなふざけた名前してるなら」
誰がふざけた存在だよこの野郎。
「ヴァイスブルストって、ソーセージの名前ですよね?」
「おう、よく知ってるな。ドイツ語で白いソーセージだな。……本名じゃねぇぞ?」
「さすがに、それは親の正気を疑うって」
だよな?
俺もそう思う。
「名前は、まぁ気にすんな。ヴァイスでも、ブルストでも、ブルちゃんでも好きに呼びな」
「ブルちゃんはちょっと……」
本気で呼んだら突っ込み入れたよ。
俺は届いた腸詰と果実酒を二人に差し出すと、エールを手に取り。
「バッカスに乾杯!ここでは、飲み初めにそういうのがマナーだ、覚えときな」
「お、おう。バッカスに乾杯!」
「あ、はい。バッカスに乾杯……」
勢いよく掲げる坊主と、おずおずと掲げる嬢ちゃんが対照的だな。
「……うっまっ!?なにこれ、マジでうめぇんだけど!」
「美味しい……微炭酸で、果物の甘さと香りがすごいです!」
だろぉ?
正直俺も味だけならエールより果実酒のが好きなんだよな。
マジでうめぇんだ。
……まぁ、ただちょっと高いんだよなぁ。
あと酔えないし。
俺おすすめの腸詰のうまさにもびっくりする二人。それ肴にエールを一口!
うーん、こういうのもなかなかいいね。
「さて、お察しの通り俺はお前らと同じ元日本人だよ。で、お前らは?」
無心で腸詰を頬張っていた二人が、慌てて口を動かす。
あぁ、無理に急がなくていいから。ちゃんと味わって食ってからでいいぞ。
「俺は、優斗。で、こいつが」
「私は、那砂っていいます。優斗くんとは、幼馴染で」
……いいじゃねぇか、幼馴染。
「おう、ちゃんと守ってやるんだぞ?」
「……当たり前だろ?」
何を当たり前に、みたいに言ってのけるな坊主。
いやぁ、眩しいやら胸が痛いやらだな。
それにしては、ちょっと向こう見ずが過ぎるな。
ま、そのための俺たちだ。
チュートリアルを始めるとしますかね。
「まず、俺やお前らみたいに地球からこっちにやってきた奴は“来訪者”って呼ばれてる」
向こうでの姿そのままこっちに来てる、ってのが理由だな。
転移とはちょっと違うから、その区別っていう意味もあるな。
「他にも、あっちで死んでこっちで生まれ変わった“転生者”って呼ばれてる連中もいるぞ」
「やっぱりいるんですね、転生者」
「結構な数いるぞ。来訪者よりはよっぽど多いな」
転生者は育ち方次第で全然わからねぇし、たぶん来訪者の百倍はいてもおかしくねぇかもな。
俺が転生者だって把握してる奴だけでも、来訪者よりも多いぐらいだ。
「さて、お前らが来訪者としてこっちに来るときに、神様に何か貰ったろ」
優斗の腰に戻ったガラティーン君に視線を向ける。
「あぁ、俺はガラティーンを」
「私は、このブローチが……」
剣とアクセね。
「それ、こっちでは魔器って呼ばれててな……何があっても絶対に手放すなよ」
「手放したら、どうなるんですか?」
「死ぬ」
「し、死っ!?」
おう、冗談じゃなくね。
魔器なしだと生きていけないんだよこの世界。
「いや、この世界ってな。ざっくり言うと空気がないんだわ」
「え、でも息ができてますよ……?」
そうなんだよ、だから勘違いするんだよ。
これが理由で何人逝ったことか。
「空気じゃない“何か”、で満ちててな。魔器でそれを空気に変換してるんだよ。だから魔器がないと死ぬ、ってわけだ」
ま、実際は失くしたら即死、って場面は日常生活ではまずないけどな。
ただ、開拓者になるならまじで死にかねないから要注意よ。
「知りませんでした……」
「こっちの世界の住人にとっちゃ、当たり前すぎて教えてくれないからなぁ」
「だから、チュートリアルの酒場ってことか?」
お、いい視点だ坊主。
腸詰のお代わりをやろう。
「来訪者の後輩が、先輩のやった馬鹿で死なないために馬鹿やった俺たちが作ったんだよ。大事だろ?」
「それは、ありがたいです」
うんうん、素直なのはいいことだ。
「あと空気じゃない何か、っていうのはこういう弊害がある」
俺はナッツを一つ手に取ると、二人にそれを見せてから、指にのせて真上に勢いよく弾く。
ただ、勢いがよかったのは一瞬で、不自然なほどに減速して天井にあたる前に静止し、落下する。
「今のは……!?」
「空気じゃない何かは、水みたいに抵抗がすごくてな。速度が早ければ早いほど抵抗が増す。
だから、基本的にこの世界に飛び道具はないし、高速で動く乗り物も成立しない」
だから現代科学の銃火器で無双!とかできないんだなこれが。
飛行機もないし、車ですら無理なんだよなぁ。
「つまり、速く動き過ぎたら逆に死んじゃうってことですか……?」
「お、よく理解できたな。だから当時、高速移動の力を貰ったクラスメイトが、加速と同時に見えない壁にぶつかってぺしゃんこになった訳だ。正直今でもトラウマだよ」
馬鹿やった俺たちの中でも最大の初見殺しだったと思うよ、あれは。
「って坊主、お前顔真っ青だけど、お前もしかして高速移動の力と迷った口か?」
「……はい」
「あっぶねぇなおい!?」
とんでもない爆弾抱えなくてよかったな、まじで。
「とりあえず、だ。どんなの貰ったか危なっかしいし、実践込みで教えてやる」
「いいのか、おっさん」
「誰がおっさんだ誰が」
……いや、もう十分おっさんか。
くっ、自分で言うのはいいが言われると何か認めたくねぇ!
「まぁ、気にするな。そのためのここだ。どうせこっち来たばっかだろ、今日は飯食って寝ろ」
「ですが、私たちお金が」
「おごりだおごり!ガキは遠慮なんてするんじゃねぇ」
お前らみたいなのが満足に食って寝れるために、酒場を作ったんだからよ。