第19話 鉄槌
“鉄槌人形”ルメール
人形の体を持ち、巨大な鉄槌型の魔器を振り回すことから鉄槌人形と呼ばれている魔人だ。
だが本来獣人と同じく魔人は魔器を必要としない種族。
マリネが魔器を持っているのは便利だからだが、ルメールの場合は全く違う。
魔人には大きく分けて、先天性の魔人と後天性の魔人が存在する。
魔人の大半は産まれた時から魔人だが、稀に後から魔人になる者が存在する。
そして、ルメールは後者だ。
生きた人形というのは仮の姿。
その正体は、人格を宿した生きた魔器、意思を持つ鉄槌。
長年戦い続けた魔器は戦いの経験と記憶が刻み込まれ最適化されていく。
持ち主が死んだ魔器には、持ち主の記憶と人格が刻まれることがある。
それは、並大抵の使い手には起こり得ない。
この世界のほんの一握りの上澄みか、それこそ神の奇跡でもない限り。
まぁ、何が言いたいかというとだ。
ルメールは、そのほんの一握りの上澄みってことだよ。
小柄で華奢なルメールの細腕が、成人男性よりも遥かに重い鉄槌を振り回す。
両手を、肩を、背中を使って回転させた鉄槌が、大蜘蛛を水風船のように叩き割る。
大蜘蛛に叩きつけられ停止した鉄槌の長い柄に、今度はルメールが回るように上り。
その回転の勢いのまま、今度は鉄槌を投げ飛ばす。
高速で投擲された鉄槌は5メートルほど飛ぶと、魔虫を轢き潰しながら魔素の壁にぶつかり制止する。
だが、衝突のエネルギーまでは受け止めきれず、その先にいた魔虫は生じた衝撃破によって粉々に吹き飛んでいた。
そして。
投擲したルメールは、鉄槌を“掴んだまま”の手から伸びる紐を一気に巻き取ると、鉄槌まで高速で飛び込んでいく。
ルメールはビスクドール。
中身は空っぽで、五体を繋いでいるのはゴムのような性質のある魔獣の腱だ。
普段は人間らしく振舞っているが、関節なんてルメールにあってないようなものだ。
高速の飛び蹴りで大蟷螂の頭部を粉砕し、頭部を砕かれてなおルメールを掴もうとする鎌を、背骨を二つ折りにするようにして回避する。
そして元に戻る力を利用して振りぬいた鉄槌が、大蟷螂を地面の染みの一つに変える。
「何度見てもホラーだぞルメール」
「いい加減慣れなよヴァイス!」
それはそうなんだが……。
普段はおとなしく可愛くしてる子が、関節無視した高速戦闘しながら敵という敵を地面の染みにしてくんだぞ?
んなもん夢に見るわ!
さて、俺も見てるだけじゃなくて仕事をしないとな。
ルメールの範囲外にいた魔虫を処理しながらルメールに追いつく。
魔虫の群れは今ので越えた。
でかい虫は結構潰したから後ろに任せて大丈夫だろう。
「あれは貰っていいんだよね、ヴァイス」
「残さず貰ってくれていいぞ、ルメール」
二足歩行する、枝が鬼の角のように生えた樹熊が三匹。
尻尾に集まった蔦で尻尾が複数あるように見える樹狐が二匹。
熊は現実的なサイズなのに、狐が二足歩行してる熊よりでかいのに違和感しかねぇな!
階級としては下から数える熊と狐だが、普通なら十分に化物の類だ。
普通なら、な。
「それじゃルメール、俺は奥に行くからあと任せた」
「任されたよヴァイス。ゆっくりしすぎたら、ぼくが追い付いちゃうからね」
「ひぇ、そいつは俺の立つ瀬がなくなっちまう」
いいとこ全部ルメールに持ってかれるわけにはいかねぇからな。
まずは、さっさとここを抜けさせてもらおうか!
■ルメール視点
正面に立っている樹熊に縦回転で鉄槌を振り下ろす。
全身を使って体ごと回転させた鉄槌を、樹熊は両手で受け止めて。
鉄槌から、骨を砕く音が伝わってくる。
絶叫と共に折れた腕を上げた樹熊の隙を逃さないヴァイスの突きが、その喉元から脳天を突き上げる。
領域を最小限にまで圧縮して纏った芸術的な突き。
派手さはない、一見してただの突きにしか見えない、その極限まで簡略化された美しさにため息が漏れる。
樹熊クラスなら、脳を破壊されたら無事では済まない。
びくん、と動きを止めた樹熊の脇をすり抜けてヴァイスが音もなく駆け抜けていく。
この一瞬で隠密状態に切り替えたヴァイスに、眷属達は気付けない。
「はぁ、いいもの見れたなぁ」
ぼくとしては、これだけでもここに来た価値がある。
ぼくよりずっと弱いはずのヴァイスは、ぼくよりずっと凄い。
生きる為に、守るために、全てを捧げてきたその生き様は惚れ惚れする。
あれ程の重さはぼくにはない。
記憶も朧気で、軽いぼくにはないものだ。
だから、その隣にいる為に。
彼の障害は、ぼくが全て叩き潰す。
熊をやられて怒り心頭の四匹に、ぼくは心からの言葉を投げかける……。
「長持ちしてね?」
鉄槌としてのぼくが満足するぐらいには。
鉄槌の柄頭を左手で掴み、柄の中ほどを蹴ることで鉄槌が跳ね上がる。
樹狐が尻尾を振り、何かを振りまいている。
あれは、毒の類。
人が吸ったら致命的で、樹狐の領域内に充満したそれがある限り、近付くことは困難だろうね。
普通の人なら、ね!
残念ながらぼくは鉄槌、魔器が本体。
呼吸も食事も不要なぼくに、そのたぐいは効果はない。
でもこの服を捨てなきゃいけなくなるのは嫌だから、こうして……。
その場で鉄槌を高速回転させて、領域を大きく広げる。
一気に拡大した領域に、眷属達が足を止め。
――こう!
関節を伸ばし、大きく弧を描いた鉄槌が回転の勢いのままに樹狐に叩きつけられ。
衝撃波が、周囲の草原を吹き飛ばし、剝き出しになった土の中心に樹狐が埋もれていた。
回避も許さぬ一撃に頭蓋を砕かれた樹狐はそのままピクリとも動かなくなった。
鉄槌を巻き戻し、体ごと回転して勢いを殺して鉄槌を肩に担ぎなおす。
ぐるり、と眷属達に顔を向けると、眷属達が一歩後ずさる。
ぼくは鉄槌。
戦う魔器の夢の結晶。
自分の認めた使い手が為に、戦う事こそがぼくの存在意義。
ヴァイスの為に、戦えるこの幸福を。
「もう少しぐらい、楽しませてよ!」
少しでも長く、味わう為に。




