第18話 開戦
「シンザキ、領主からは?」
「酒と肴を用意して待っているとのことだ」
「見物料をふんだくってやれ」
あの野郎、見世物にするならむしり取ってやるよ。
それぐらいこっちを信じてくれてるって事なのが腹立たしい。
「マリネ!」
「はーい」
小休止でずいぶん元気になったマリネがひょこっと現れる。
あら、女の子らしく身綺麗にして。毛づくろいまで済んで尻尾もふっかふかとか余裕ですね!
「優斗と那砂を連れてきてくれ。現地では警戒よろしく」
「ほいきた」
「……俺も、戦う」
優斗が那砂に肩を借りながら立ち上がる。
顔面蒼白、立ってるのもやっとじゃねぇか。
「馬鹿野郎、お前は特等席で俺達の背中を見守るっていう大事な仕事だ」
気概は買うけどな。
「何より、精神消耗し過ぎでドクターストップだよお前は」
重度の貧血みたいなもんだ。
輸血のように補う手段のないこの世界で、その状態になったら安静一択。
「那砂、その馬鹿が飛び出さないようにしっかりと手綱を握っとけよ」
「はい!」
絶対に離さないと言わんばかりに抱き着く那砂には優斗も勝てないのか、それ以上は言わなかった。
「ルメール!」
「何時でも準備はできてるよ」
あらぁ、可愛らしい衣装ですことルメールさん!
王子ロリィタって色々な種類があるんですねぇ!
……もしかして、黒基調なのは返り血対策?
「デートじゃねぇんだぞ!」
「デートみたいなもんでしょ?」
くっ、それを言うだけの強さがあるのがたちが悪い!
飲食不要で武器も手入れに金かからないルメールはそれぐらいしか金の使い道ないからいいけども!
「似合う?」
「……似合う」
「えへへ」
くっそ、嘘がつけねぇ。
精神が領域に出るこの世界、嘘ついてもすぐばれるから強制的に素直にさせられるの辛いわ!
俺がルメールの鉄槌を担ぐと、当たり前のように俺の背中にルメールが乗ってくる。
ルメールの人形の身体は軽いんだけど、鉄槌は馬鹿みたいに重い。
だが、燃費が最悪のルメールを消耗なしで戦線に届けるのも俺の役割だ。
「よっしゃ、行くぞお前ら!」
チュートリアルの酒場の底力を見せてやろうぜ!
俺は一同を引き連れて境界に出ると、街の前の小高い丘に向かう。
監視に残っている古参の開拓者の隣に立つと、森を眺める。
「ヴァイス、領域が広がってる」
「あの狸、何匹連れてきやがった?」
馬鹿でかい樹鹿の森の領域そのものは変わっていない。
だが、そこから小さな泡が連なる様にこちらに広がってきていた。
眷属が、他の魔獣や魔物と区別されるのには大きな理由がある。
それが、領域支配者の領域を共有し、拡大する能力があるからだ。
あの泡の増え方、樹狸だけじゃねぇな。
流石に、狸の上の兎はないとして、下の眷属を何匹か連れ出しているのは間違いない。
遠目からだと領域の泡で何が来てるかわかりづらいが、数的に五匹以上は間違いないか。
「魔虫も多いぞ」
「追い立てて先兵に仕立てるとか、賢くて嫌になってくるな」
泡より前を、大量の魔虫が進んでいる。
小物の甲虫が圧倒的だが、大蜘蛛やそれと同格のも結構混ざってるな。
思ったより多いが。
……最悪よりはずいぶんマシだな。
「まぁ、これぐらいなら何とでもなるだろ」
「おいおいヴァイス、油断は」
「しねぇよ」
ここで油断するようなそんな馬鹿だったら生き残ってねぇからな。
街から離れた草原に、チュートリアルの酒場所属の開拓者が並ぶ。
総勢三十名ってとこか。
シンザキは酒場で待機。先頭にはペドロが率いるバッカス組が陣取っている。
他は動きやすいように広がって号令を待っている。
マリネと優斗と那砂と護衛の何人かが後ろの少し高いところで待機だ。
……領主のやろう、分かってんぞ。城壁の監視塔からがっつり視線が刺さってんだよ!
「まもなくだ、お前ら!」
俺は全員に発破をかける。
「領主の野郎が俺らを肴に酒を飲んでやがる!見物料ふんだくれるだけの目にもの見せてやれ!」
「「「おぉおおおおお!!」」」
全員が、各々の魔器を構える。
剣だけじゃない。
それぞれが想いを託すに足る、思い思いの武器達だ。
既に、視界には魔虫の群れが見えている。
「ペドロ!」
「任された!」
その小さな背に見合わない巨大な槍を構えたペドロが一歩を踏み出し。
ドン、とその槍が地面に突き立つ重い音が響く。
一緒に踏み出した二十名近いバッカス組がそれに続き、全員が腰に吊るした酒杯を掲げる。
そこに酒を注ぐと、仲間同士で打ち鳴らす。
それを合図に、朗々と彼らは唄いだす。
『我らが愛する土地の酒
一献、一献、このために
我らが酒杯を掲げよう』
そして、一息で飲み干すと酒杯を腰に戻し。
魔器を構えなおした時、彼らは紛うことなき戦士だった。
“バッカスへの誓い唄”
この世界において、約束というのは非常に重い意味を持つ。
一度した約束は守らねば言葉が、想いが軽くなる。
想いの重さが強さに結びつくこの世界でそれは致命的。
中でも、誓いは別格だ。
誓いは己の魂にするもの。破れば、自己を保てない程に致命的な破滅を齎すほどだ。
そんな世界で、バッカス信者は日々誓いを立て続けている。
愛する酒を造る土地を守るために、そのすべてを捧げると。
だから。
守る戦いにおいて、バッカス信者ほど頼りになる連中はいない。
領域が共鳴し、同じ誓いを立てた者たちの領域が重なり。
まるで城壁がそびえたったかのような錯覚すら覚える。
圧倒的密度の領域に押され、魔虫の群れが押し戻される。
「ぬんっ!」
体勢が崩れた瞬間、即座に鋭い槍が甲虫を貫き抉る。
捻りに魔力が加わった穂先が、硬い甲虫の甲殻を貫き風穴を開ける。
流石に魔虫とあっても即死は免れない。
他のバッカス組も、ペドロに負けじと魔虫を殲滅していく。
もちろん力量差はある。
大蜘蛛クラスになると太刀打ちできないのもいるんだが、即座に立ち位置を変えて連携している。
うーん、あいつら酒飲んでばっかりで連携練習とかしてるの見たことないのに何なんだろうなあの息の合いっぷり。
バッカス組は時々謎が多すぎる。
「バッカスよご照覧あれ!今宵の酒がより美味くなりますように!」
「がはは、こいつらの素材を売って今夜は飲みつくすぞ!」
「「おぉおおおお!!」」
……頼もしいなおい!
「ヴァイス、奥から眷属!!狐が2,熊が3!!」
後方から警戒してくれているマリネの声が届く。
狸はまだ奥か。
ちなみに、樹鹿の森の序列はちょっとおかしくて、兎が一番強くて熊が一番弱い。
多分、草食度が高いほど強いっぽいがよくわからん。
とはいえ、弱いと言っても大蜘蛛よりはるかに強い。
バッカス組は魔虫を押し止めるのに専念してもらいたいし、そこを抜けたのを処理する組には荷が重い。
となると。
「ねぇヴァイス。そろそろ、いいよね?」
もう止めてもダメだよ?
と言わんばかりに揺れるルメールに、苦笑いだ。
「わかった、任せるルメール。俺も奥に用があるから、途中までは乗せてってやるよ」
「やった!」
狸以外にもそこそこでかい気配がいることだし、そちらに向かうとしますか。
「ペドロ、俺とルメールが“通る”ぞ!」
「っ!散開じゃ!」
ペドロ達が即座に開けてくれた道を、ルメールを担いで走り出す。
正面には、大蜘蛛よりでかい大甲虫。
「ルメール!」
「いつでも!」
俺は鉄槌を全力で振り回し、走る勢いのままに投擲。
その鉄槌を握り締めていたルメールごと回転して大甲虫に向かって飛んでいき。
空中で姿勢を整えたルメールが、その回転の勢いのまま大甲虫に鉄槌を振り下ろし。
――轟
前方に向けた地面が大甲虫ごと弾け飛ぶ。
地面にめり込んだ鉄槌にふわりと舞い降りたビスクドール。
“鉄槌人形”ルメール。
「長持ちしてね?」
いや怖いわ!




