第17話 招集
門にたどり着くと、門番に見えるように鉄剣の柄頭を振る。
即座に顔つきを引き締めた門番の一人が、腰の魔剣に手を添えてこちらに向かってくる。
「樹鹿の森、眷属樹狸級による報復可能性あり。対応はチュートリアルの酒場で行うが、領主への伝令を頼む」
俺は魔器の柄頭と門番の魔剣の柄頭を合わせて、身分確認を兼ねる情報伝達手段、魔器合わせを行う。
魔器合わせっていうのは、伝える内容を簡潔に、強く意識することで感覚的な危険度を即座に相手に伝えることが出来る手段だ。
言葉による説明だけでは伝わりずらい映像もぼんやりだが伝えられるのが非常に便利だ。
「……了解した!」
魔器合わせによって即座に事態を把握した門番が、即座に門番を交代すると駆けだしていく。
門番に続くように門をくぐると、慣れ親しんだ匂いと空気に、息が急に楽になる。
どんなに人外領域に慣れて平気になっても、街に戻った時の安心感は変わらないな。
だが、気を抜いてる暇はない。
この安心できる場所を守るためにも、やれることをやらなぇとな。
俺達がチュートリアルの酒場へ戻ると、昼過ぎだったからか結構な数の開拓者が酒場に残っていた。
実家に戻ったような安心感と、仲間たちが作る領域に思わず肩の力が抜けそうになる。
「おう、何があったんじゃ」
入り口に近い席に座っていた、地人の小さいおっさん。
チュートリアルの酒場の古参開拓者の一人で、ここのバッカス信者を纏める酒の神バッカスの神官である頼れるおっさん、ペドロだ。
「ペドロ、開拓者の招集を頼む」
「うむ、あいわかった」
余計なことを聞かず、意を組んでくれるペドロのおっさんには頭が上がらないな。
俺とマリネは、酒場の隅にある長椅子に優斗と那砂を寝かせる。
那砂は気を失っているだけだが、優斗は精神を消費し過ぎたからか顔色が悪いな。
まぁ、そのうち起きるだろう。
「マリネ、小休止しとけ。この後もこき使うからな」
「このヴァイスの鬼!頼りにしてくれてありがとねーだ!」
俺に向かって舌を出してから、荷物を預けにカウンターに跳んでいった。
そういう割には嬉しそうだな?
マリネにはだいぶ無茶してもらったが、もっと無茶に慣れてもらわないとな。
今回の件でマリネの成長が見て取れた。本人も意欲があるから、もっと任せても大丈夫そうだ。
俺もカウンターに向かうと、荷物を預けたマリネとすれ違う。
「シンザキ!門番に伝令は頼んだが、うちからも領主に伝令頼む」
「内容は」
シンザキが鞘に入った包丁の柄頭を向けてくるので、俺も鉄剣の柄頭を合わせる。
「森で優斗が火事場の馬鹿力で爆炎魔法を行使。樹狸が出てきたから撤退した」
「すごいな、一発で全網羅か」
シンザキが受付嬢に指示を出しながら苦笑いを浮かべる。
指示を受けた受付嬢が酒場を飛び出していくのを横目に、俺も苦笑いを浮かべる。
禁止事項全部だからな、状況が状況だから仕方ないが笑っちまうだろ。
「神授の魔剣解放は流石に読めんわ」
「それはそうだな」
魔法は現地人でも使える奴は熟練者だけ。
来訪者が使えても神授の魔器案件だ。
大体そういうのは、銃とか杖の形してるから、剣で魔法行使は想定外だっての。
「ペドロに招集を頼んだ。シンザキの方でも招集かけてくれ」
「了解した」
これで、街に残ってるチュートリアルの酒場所属の開拓者は大体集まるだろ。
「あとは、誰か境界に出て森の様子を見張る様に頼む」
「もう向かわせた」
話が早くて助かる。
眷属級が森を出ればすぐにわかるから、本格的に出るのはその報告を聞いてからでも大丈夫だろう。
距離を考えれば、数時間は余裕があるはず。
あとは……。
「ヴァイス、ぼくのお仕事かな?」
俺の背中に軽い重みがかかり、耳元から声が聞こえてくる。
背中に伝わる冷たく硬い感触に、声を聴くまでもなく誰かわかる。
「そうだルメール、お仕事の時間だよ。思いっきり暴れていいぞ」
横目で見えるルメールの顔が、きょとんとした顔から楽しそうな笑みに変わっていく。
「いいんだね、“思いっきり”で」
こいつ、久々に大暴れできそうだからって加減する気ないな!?
「あー、うーん。最初は待機でお願いします!」
「ぶー」
最初から暴れてたらお前、息切れするでしょうが!
まじで燃費が悪いんだから無理はさせれません!
「ちゃんと美味しいところ用意するからさ」
「仕方ないなー」
ルメールは本当に頼りになるが、投入タイミングは要注意だからな。
「ほら、久々の実戦なんだから準備してきなさい」
「はーい、またあとでねヴァイス」
「おう」
背中かから重みが消えると、鉄槌の元に戻っていくルメールの後ろ姿が見えた。
さて、俺も準備しますかね。
流石に探索用と戦闘用だと装備が変わる。
何より今回はルメールが一緒だから……。
「シンザキ、飯!」
「誰が飯だ」
腹が減ってたら戦えねぇからな!
俺が戻ってくるまでに準備頼むわ!
装備を整え酒場に戻り、シンザキから報酬の入った袋と、三人分のジョッキと腸詰の乗ったトレイを受け取ると、まだ寝ている優斗と那砂に近いテーブルに座る。
俺はトレイと、懐から取り出した白い豚の貯金箱をテーブルに置く。
ジョッキの一つのエールを飲み腸詰を腹に収めながら、貯金箱に報酬の魔石を一つずつ投入していく。
「……ん、ここ、は?」
長椅子に眠っていた那砂が目を覚ました。
「目が覚めたか」
立ち上がると、状況を把握できていない那砂の隣に向かう。
「ヴァイスさん!優斗くんは、あの魔獣は!?」
青ざめた顔で必死さを隠そうともしない那砂の肩を軽くたたいてやる。
「優斗ならそこで寝てる。魔力を練るのに精神を消耗し過ぎただけだ。心配いらない」
「そう、でしたか」
那砂も、優斗が息をしているのを確認すると、少しだけ安心した表情を浮かべる。
「すいません、気を失ってしまって……」
「いや、あれは無理だって」
樹狸級の圧を受けて倒れなかったら逆にびびるよ。
「とりあえず、まずは無事に戻ってきたことを喜びな」
「は、はい」
俺はテーブルに座るよう促す。
先に座ると、那砂にジョッキの一つを差し出す。
那砂が座ると、俺からジョッキを受け取った。
「無事に戻った感謝をバッカスに!」
「ば、バッカスに!」
ジョッキ同士を重ねると、俺はエールを一気に飲み干す。
これよこれ!
このために生きている、と真顔で語るバッカス信者の言う通りだと実感するよ。
那砂も、果実酒を一口飲むと、肩の力が抜けたのか深いため息をついた。
「……美味しい」
ぽろりと、那砂の目から涙が零れ落ちる。
「酒の美味さにほっとできて泣ければ上出来だ。よく頑張ったな」
言われて泣いていたのに気付いたのか、目をぬぐいながらももう一口。
「優斗くんが、守ってくれたから」
「おう、起きたら存分に褒めてやってくれ」
俺は褒めるわけにはいかねぇからな。
俺の苦い顔に、そして慌ただしい酒場に思い出したのか、那砂の顔が青ざめていく。
「もしかして、あの時に私たちが禁止事項を破ったから……」
「そのあたりは優斗が起きたらまとめてな」
こういうのに慣れるのは取り返しのつく早いうちがいい。
調子に乗ってからだと、規模がこの比じゃなくなるからな。
「……いつも、優斗くんは私を助けてくれるんです」
両手でジョッキを持ちながら、視線は長椅子で眠る優斗に向けられていた。
「何やっても駄目で、誰にも必要されなかった私を、優斗くんだけは助けてくれたんです」
この世界では、想いは形になる。
その那砂の優斗を見つめる瞳に、とてつもない熱と重さが込められているのがはた目にもわかる。
「俺から見れば、那砂は優秀にしか見えないんだが」
頭が良くて、よく気付いて、何より前に進む気概を持っている。
「……優斗くんが助けてくれなかったら、勉強だってできませんでしたよ」
「恩人で、ヒーローってことか」
「はい!」
それだけ、とは思えないが……詮索はやめておこう。
「だから……私も優斗くんを守れる力が必要なんです。だから」
「おう、しっかり面倒見てやるから安心しな」
強くなる覚悟があるなら何でもいい。
覚悟さえあれば、強くなれる世界だからな。
「ところで、その可愛い豚さんは?」
「あぁ、これは俺の神授の魔器だよ」
「……えっ?」
なんだよ、俺だって来訪者だぞ。
神授の魔器は持っているさ。
その名も白い豚の貯金箱。まんまだな?
魔石とかを無尽蔵に貯めること“だけ”できる欠陥品だよ。
「貯える事しかできない欠陥品だが、俺にとっては大事な願掛けでね」
帰ってきたら貯金するようにしている。
また、帰ってこれるようにってね。
「ここ、は……」
「優斗くん!!」
掠れた声が聞こえた瞬間、那砂が優斗のそばに駆け寄る。
「那砂、無事か……?」
何よりも最初に心配してもらえた那砂が、両手で優斗の手を握り締める。
「うん、優斗くんが守ってくれたから!」
「そっか……」
大変仲良しでよろしい。
「よう、優斗」
「……おっさん」
険しい俺の顔と、騒々しい酒場を見て、ばつの悪そうに顔をしかめる。
「覚えてるんだな」
「……はい。約束、全部ぶっ飛ばしました」
おう、余りにも見事だったよ。
「あの一撃で、樹鹿の森の眷属が報復に出てくる可能性が非常に高い。それで、俺達が迎撃にあたる」
「……俺のせいで」
いや、お前は精一杯やったよ。
だが、そう褒めるわけにはいかない。
「俺はお前を褒めちゃならん、だから……ふんっ!」
魔力を操作することでダメージはないが痛覚に特化した拳!
それを寝ている優斗の脳天に振り下ろすと。
「ぐっ!?おぉおおおおお……」
想像以上の痛みに悶える優斗。
体が動かないから痛みを逃すすべがなくて涙目だ。
「連れて行ったのは俺だ。それに初めての人外領域、何も起きないとは思ってない」
あの魔器解放は想定外もいいとこだけどな!
「何よりな」
俺は、いつの間にかこっちを見ていた酒場に集っている開拓者たちを指しながら。
「後輩の尻ぬぐいは、先輩の役目だからな」
――任せろ。
全員の瞳が、そう語っていた。
「先輩の背中ってやつを見せてやるよ」
「……はい!」
よし、いい返事だ。
「森が動いたぞ!」
入り口から飛び込んできた男がそう叫ぶ。
警戒に向かっていた新人だ。
さて、尻ぬぐいといきましょうか!




