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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第一章 チュートリアルと樹鹿の森
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第16話 樹狸

先ほどまでの騒々しさはどこへやら。


森は今、静寂に押し潰されていた。


周囲に残っていた魔虫は地面に押しつぶされるように伏せ、微動だにしない。


空気が軋みを上げる。


真っ向から押し合う俺と樹狸の領域の圧が、空間が潰れる音を響かせる。


怒りに満ちていた樹狸の瞳が冷静さを取り戻し、俺を値踏みするように細められる。


目をそらさず、鞘に納めた鉄剣をいつでも抜けるように構えて睨み合う。


樹狸が、怒りで燃え上がった息を吐き出す。


余りの熱に、間に陽炎が揺らめき、視界が歪む。


樹狸の足に微かに力が込められ、俺はそれを見逃さずに構えを深める。


ぴたりと樹狸の動きが止まり、俺もそれ以上動かない。


微かな動きすら、拮抗した領域が見逃さない。


「通すとでも?」


俺は殿を任せろと言ったんだ。


マリネは俺に任せたと言ったんだ。


一度吐いた言葉を、愛しい後輩の信頼を。


俺が、守らないわけがねぇだろうがよ。


周囲の草が、物理的な重さを帯び始めた領域に平伏していく。


どうした、領域を押し切れないのがそんなに不思議か?


でかけりゃ強い世界だが、小さくて重い奴の強さってのも見せてやるよ。


マリネが逃げ切るまで、何時間でも付き合ってやらぁ!




■マリネ視点




大きな樹狸の圧は、ヴァイスが押し止めてくれている。


だから、こっちに来ることはない。


わたしひとりじゃ、絶対に逃げ切れないけど、ヴァイスが任せろと言ってくれた。


なら、大丈夫。


そう信じて、わたしは二人を担いで全力で森を駆けていた。


那砂は抱きあげ、優斗は尻尾で掴んで。


あれだけの騒動が起きていれば、多少うるさくしても、魔力を練っても草木を踏んでも大丈夫。


全身に魔力を流せば、短時間なら獣人特有の身体強化で二人分の重さも気にならない。


そんな無理をしているからか、息が荒い。


いや、分かってる。


無理してるからだけじゃない。


息が、整えられない。


領域の維持も心もとない。


刻み込まれた恐怖に、心臓の音が収まる気配がない。


さっきの、樹狸の圧の影響だ。


自分でもよく意識を保てたって思う。


それぐらい、死を覚悟するほどの圧だった。


それをヴァイスが当たり前のように跳ねのけているのを見ると、格の違いを思い知らされる。


余りにも、その背中は遠すぎる。


だけど。


一歩、その背中に近付けたと思う。


だから、もう一歩近付くためにも。


二人を連れて絶対に無事に逃げて見せる!


本気で逃げる時のマリネちゃんのすごさをみせてやるんだから!




どれだけ走っただろうか。


時間の感覚がなくなって。


何時間も走ったような気もするし、一瞬のような気もしてしまう。


そんな逃走の果てに。


「抜け、た」


気付いたら、樹鹿の森の領域を越えていた。


境界の魔素の抵抗が心地よくすら感じる。


思いっきり、息を吸い込み。


思いっきり、息を吐き出す。


ようやく、息が整った。


一度として振り返る余裕なんてなかった。


だから、やっと振り返る。


「……ヴァイス」


境界から見る樹鹿の森は、いつもと変わらない姿に見えた。




■ヴァイス視点




俺の後ろに意識が割かれていた樹狸の意識が、すべて俺に向いたのがわかった。


逃げ切ったか。


樹狸が追い付けないと悟ったなら、三人はもう大丈夫だろう。


思ったよりずっと早い、流石はマリネだ。


「さて、睨めっこも堪能したし、俺はもうお前に用事はないんだが」


目線をそらすことなく、俺はわざとらしく一歩下がる。


樹狸の視線が一瞬俺の足へ向けられる。


樹狸の足は動かない。


更に一歩。


動かない。


「見逃してくれるってことかな」


俺は、更に二歩下がり。


樹狸が動かないのを確認すると、構えを緩める。


動かない。


視線は、お互いに睨み合ったまま。


樹狸の瞳は、冷静さを完全に取り戻したが、その怒りの熱は引いていない。


――今は見逃す、ってところか。


俺はそう判断すると樹狸に背を向け、その瞬間全力で駆けだす。


樹狸は、動かなかった。


ただ、俺の背中に注がれる視線は。


森を抜けるまで一度として逸らされることはなく。


だからこそ、次がある。


――俺は、そう確信していた。




「ヴァイス!!」


「おう、よく頑張ったなマリネ!」


跳びこんで迎えてくれるマリネを受け止め、頭をくしゃくしゃと撫でてやる。


大金星だぞマリネ!


戻ったらシンザキにマリネの好物を山ほど作ってもらおう……!


と、言いたかったんだが。


「マリネ、急いで酒場に戻るぞ」


「逃げ切れて終わりじゃ、ないんだね」


残念ながらな。


樹鹿を頂点とした階級社会を形成している眷属達は、順位争いも縄張り争いも行う。


知られている樹鹿の森の眷属の階級において、狸型眷属は上から二番目。


森ではかなりの上位な訳だが、俺達がその樹狸の縄張りで暴れて顔に泥を塗った訳だ。


なめられたら終わりの階級社会。


それは、人間でも野生でも同じ事。


だったら、次はどう来るか。


それはきっと、人間でも魔獣でも変わらないだろう。




――報復。




となれば、こっちも備えるまでだ。


「招集をかけるぞ、マリネ」


開拓団チュートリアルの酒場の矜持をお見せしようか。

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