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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第一章 チュートリアルと樹鹿の森
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第13話 夜空

夜。


全員の食事が終わり、片づけが終わり。


マリネは早々にテントに引っ込んだが、俺は二人を呼び出していた。


「那砂の見張り、あとだよな?」


「いや、せっかくだからな。初めての境界の夜は二人一緒がいいと思って」


暗闇の中で、二人がそろって首をかしげるのがわかった。


いや、本当に仲がいいことで。


「二人とも、空を見上げてみな」


優斗と那砂に、静かに空を指さした。


静寂に包まれた暗闇の中で、空は一層深く澄み。


「わぁ……」


言葉を失ったような二人の息が、境界の澄んだ夜空に吸い込まれていく。




地上から見上げる月じゃない。


まるで水底から、真上の水面越しに覗く月のようで。


大きく、異様なほど白く、揺らぎながらこちらを照らす。


月の光を好む精霊たちが舞い、月を追いかけて光の尾を夜空に刻む。


それがゆるやかに絡まり、流れ、まるで空に無数の光の糸を編んでいるように見えた。




そして、その間に散る星々。


地球のような針の点のように見える星とは違う。


水底から見上げる灯りのように、にじみ、ゆらゆらと揺れている。


どれも輪郭が曖昧で、見ていると吸い込まれそうなほど遠い。


「……街の中じゃ見えない景色だ。


 境界でしか見えない、ご褒美みたいなもんさ」


俺は少し笑って、二人に視線を向ける。


呆けた様に空を見上げる二人に、俺達もそうだったなと懐かしい気持ちになる。


「この世界は、残酷で容赦がない。


 でもな。


 時々こうして、息を呑むぐらい綺麗なもんを見せつけてくる。


 だから俺は、なんだかんだで――この世界を嫌いになれないんだよ」


二人は何も言わず、ただ黙って空を見上げ続けた。


月明かりは、境界に満ちる魔素を銀色に染めあげ、俺たちの小さな領域の泡のような輪郭さえ、ぼんやり照らしていた。




「ありがとうございます」


夜空をじっくりと堪能し。


夢心地でテントに戻っていった那砂を見送った後、優斗が頭を下げてきた。


見張り用テントに入るように指示しながら、気にするなと手を振った。


「説明やら厳しい事言ってきたが、いいものもあるんだって教えたかっただけだよ」


そのいいものを大事な人と一緒に見れたのなら、その思い出はこの世界を生き抜くのに必ず力になってくれる。


想いを積み重ねていけば強くなれる世界だからな。


「こんなにも、空が綺麗だって思ったことはなかった」


「俺も、初めて見上げた時はそう思ったよ」


地球とは違う、異世界の空。


月の姿も、空の星も地球では見えない姿を見せる水面から見上げる夜空。


「……本当に、異世界なんだって実感できた気がする」


「それは何よりだ。実感できずに、夢やゲームだと思ったまま死んでいった馬鹿も沢山いるんでね」


クラスメイトに、俺が導けなかった後輩。


何人も見てきたよ。


「俺も、そうなるところでした」


「そう思ってくれたなら、チュートリアルの酒場を作った甲斐があったってもんだ」


意味もなく何も残せずに死んでいった馬鹿の顔が、何人も浮かんでは消えていく。


そいつらも、そう思ってくれる後輩がいるなら浮かばれるだろうか。




「さて、無事に初勝利を成し遂げたわけだが、どうだったよ」


「問題だらけだった」


いや、本気で狩りにきた狩猟動物三匹相手だ、よくやったと思うよ。


「……領域を抑えられなくて攻撃が当たらなかった」


「一朝一夕でできてたまるか」


確かにマリネの言う通りではあるんだが、来訪者には酷だよ。


俺もできるとは思ってなかったし。


「元々傷を負わせられたら合格の予定だったよ。領域を纏えたお前ならすぐ身につくさ」


那砂を守った一撃。あの感覚を覚えたなら、次はすぐさ。


「無我夢中だった。それに仕留めきれなかった狼のあがきが、怖かった」


「その怖さ、絶対に忘れるなよ」


この世界の生き物が戦うとき、その多くには理由がある。


そしてその理由は、生きる為、家族を養う為、誰かを守る為。


決して譲れない理由が。


「どんな相手でも、格下と侮るなよ。死を覚悟した相手は、何より怖い」


「……はい」


いい返事だ。


覚悟を決めるのは、俺達だけじゃないからな。


「……おっさんはぐらい強くなれば、怖くなくなるのか?」


「いんや、超怖い。今でも怖いばっかりさ」


年を食うと、守るものや失えないものが増えるばっかりで、失う恐怖は増すばかりってね。


「何より、俺はこの世界の怖さを嫌って程味わってきたからな」


「嫌って程?」


そうとも、嫌って程にさ。


「俺達は、クラス単位でこっちに来てな。クラス全員じゃなかったが、30人はいたと思う」


「そんなに!?」


おう、相当なレアケースだぞ。


俺達以外には聞いたことないぐらいにはな、珍しい事例だよ。


「そんで、色々あってこの世界に放り出された俺達は、そりゃもうこの世界の初見殺しに引っかかりまくってな。


 来訪先の国に嵌められて、何人かが神授の魔器目当てに殺されて、何やかんやあってその国が滅んで。


 そこから逃げ出したら、知識ゼロ経験ゼロのハードモード来訪者集団のできあがりでね。


 ……今はもう、片手で数えるほどしか残ってないよ」


「……それ、は」


まぁ、そんな反応になるわな。


「だから、俺達のような馬鹿をして無駄死にする後輩を減らすために、チュートリアルの酒場を作ったってわけさ」


わざとらしい軽い声で、俺はそう締めくくった。


「……本当に、ありがとうございます」


「気にすんな」




しばし沈黙が続き、俺は何かを考えこんでる優斗の言葉を待っていた。


「強くなるには、どうすればいいんですか」


言葉に、必死さの乗ったいい声だった。


とはいえ、なかなか難しいことを言うな。


「人によるが、そうだな」


鍛えろ、学べ、っていうのが地球だと基本なんだろうが。


この世界だと、間違いないことが一つある。


「想いを――命を賭してでも貫き通せる奴は、強い」


想いが強さに、形になるこの世界において、それをブレずに貫き通すことは強さに直結する。


「これだけは絶対に譲れないものを一つでいい、決めろ。


 それに誓いを立てて絶対に守れ。


 それが、強くなる第一歩だよ」


第一歩で、そして最後まで支えてくれる最も大事な柱になってくれるよ。


「よく、わかんねぇっす」


「んな簡単にわかられてたまるか」


まぁ、これに関してはあんまり心配してないんだけどな。


お前らは二人一緒にいる限り、折れることはなさそうだろうからな。




「で、結局のところ那砂とはどうなんだ?」


あんな激重感情向けられて平然としてる優斗さん、普通の仲とは言うまいな?


「那砂とは、幼馴染ですよ」


幼馴染。


「俺が、守りたい、大事な幼馴染っすよ」


そうか。


「……俺には出来なかったことだ、しっかり守ってやれよ」


「おっさんにも、いたのか?」


居たさ。


守りたかった、大事な幼馴染が。


「一緒にこっちに来たクラスメイトの中に、な」


「……っ」


守れなかった、大事な幼馴染がな。


「強くなれよ」


「必ず」




「……ところで、ルメールさんとはどうなんすか?」


お返しとばかりにぶっこんできやがったな!?


「ここでルメールの名前出すのは卑怯じゃねぇか!?」


小さく肩を震わせて笑う俺に、優斗もつられて笑った。


いい夜だ。


数えきれないほどに震えて泣いた夜も、こんな夜に繋がっていたのなら悪くない。

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