第12話 野営
匂いを防げる袋に、解体した毛皮と肉を分けて入れると、マリネがリュックに入れて軽々と担ぐ。
解体中、こぼれた血は俺達の領域から外れるとふわっと広がり、境界に赤い靄になって消えていく。
この世界の水底みたいな魔素の中では、獣も魔物もその匂いを嗅ぎ分けて寄ってくる。
解体は早く、撤退は迅速にが鉄則だ。
でもまぁ、初めてにしてはいいんじゃない?
途中からマリネの熱血指導が始まって、二人は必死にマリネの教えに食らいつこうと大変だったとは思うが。
あれは俺でも逃げ場がないからな……ご愁傷様。
がんばれー、早く覚えないと、次の解体はもっと手厳しいぞ?
実はこの世界、寄生虫の類はほとんどいない。
というか、小さすぎる生き物がいない。
最小サイズでネズミぐらいだ。
魔素に干渉して領域を作れない生き物には生きる資格も得られないという無情。
ついでに言うと酸素もないから、酸化しない。
だからこそ、肉の管理は結構雑でも長持ちするし、血液は重要な飲料水だ。
いやぁ、基本的に初見殺しで厳しい世界だけど、食べ物が痛みづらいのはいいことだ。
……精神汚染されてる場合があるから、腹壊さないわけじゃないけどな。
街道沿いの、森を見下ろせる小高い丘の上。
ここに、少し広く踏み固められた空き地がある。
街道沿いの野営地だな。
今日は誰もいないが、旅団や開拓者がいることも結構多い。
そんな野営地に、俺達は夕日が沈む前にたどり着いた。
「はい、今日はここで一泊しまーす」
「つかれた……」
「もう、今日は歩きたくないです」
まったく、最近の若い子は軟弱ね!
みなさい、マリネは元気にもうテントの設営初めてるっていうのに。
「もう少し頑張れ。流石にテントなしはまずいし、やり方は覚えとけ」
「マリネちゃんに任せっきりは流石に、情けないしな」
「頑張ります……」
腰を下ろすとマジで辛いから頑張れー。
「野営って言うと、焚火とかか?」
「焚火はしません、というかできません!」
この世界の地雷要素だから、ちゃんと説明するぞ。
「まず、この世界は魔素を変換して空気の“ようなもの”に変換して呼吸してる我々だが……別に空気を生成してるわけじゃない」
ようなもの、ってのがポイントだ。
「なので、領域内でもどんなに火を起こそうとしても火はつかない」
「でも、ヴァイスさんは魔法で火を起こしてましたよね?」
うむ、よく覚えてるな。いい質問だ。
「あれは魔力を変換して魔素を直接燃やしてるから物理現象の火とは別物で、魔力の火なら燃え移りはするし火事も起きる。」
なので酒場でやって、マリネに怒られたわけで。
「魔力の火で焚火をする危険性は大きく三つ。
一つ、火を維持するのに精神を消費すること。精神は減ったら回復が遅いのは前に言ったな。
二つ、領域内の魔素を無駄に消費して空気のようなものが薄くなること。単純に息苦しい。
三つ、何より超目立つから敵を無駄に呼び続けること。これが最悪だ」
これが原因で逝った奴もいるよ。
本当に馬鹿だったな俺達って、今なら思うよ。
当時はなんでかわからなくて必死だったんだけどさ。
「なんで、基本的に野営に火も光も厳禁だ」
旅団ぐらいの規模なら、ちょっと話は変わってくるけど。
「となると、料理ってどうするんですか?」
「確かに、温かい料理食いたいよな」
わかるぞ。
保存食を酒で流し込んでもいいんだけど、流石に味気ないからな。
「まぁ、それはテントが出来たら教えるよ。ほら、手を動かす!」
マリネー!手を抜いてくれー!
マリネが設営に手慣れすぎてて説明が追い付かん!
大きめのテントが一つと、小さめのテントが二つ。
今回設営したのはこの二種類。
大きめのは背は低いから立つのは難しいが、四人が同時に寝れるぐらいには広い。
小さいのは、一人が座ったらすっぽり収まる程度のサイズだな。
「なんで二つあるんだ?」
「大きいのは食事と睡眠用で、小さいのは見張り用だよ」
どちらも、気配を断って夜に紛れるようにできている。
「どっちもほぼ完全に密閉することで、領域が外に漏れにくくなる。
同時に、外からの干渉にも強くなるわけだ」
見つかりづらくして、過ごしやすくするわけだな。
特に寝てると、寝相で領域が動くやつもいるからテントは大事なんだよ。
「その分外のこともわかりづらくなるから、見張りは必須だ。俺と優斗、那砂とマリネで交代するからな」
小さい方は、領域が漏れづらくしながらも、視界や音を遮らない作りになっている。
どちらも軽量化は滅茶苦茶大変だったが、おかげで開拓者にも旅団にも大好評だよ。
お買い求めはチュートリアルの酒場まで!
俺は大きなテントの中に入り、入り口と小窓を開いたままにして全員に入ってもらう。
魔力で光るランタンを、光量を絞った状態で先に吊るしておく。
「料理するときは閉じるが、今は警戒を兼ねて開けとくぞ。二人とも、リュックからこれを取り出してくれ」
俺は、石板に折り畳み式のフレームが付いているものを取り出し、組み立てる。
小さなテーブルのようになった石板が完成だ。
「なんですか、これ」
「魔力式IHコンロ。簡単にいうと、魔力を注ぐだけで熱くなるコンロだな」
この世界では火が起こせないけど、魔力を注ぐと発熱する岩石の“熱石”があってな。
これを組み込んでおけば、手軽に温かい料理ができるわけだ。
「一度魔力を通してパスがつながれば、手を放しても熱いままだしな」
「へぇ、便利だなこれ」
わかってくれるか。
熱石はどこのご家庭にでもあるけど、厚みがないと脆いから、それをこのサイズに収めるのは大変だったんだよ。
お買い求めは以下略。
「なんで、これで今日の狼肉を焼いて、リュックに入ってるスパイスをかければステーキの完成だ」
シンザキお手製の激うまスパイスだから楽しみにしてくれ。
「なんか、美味そうだな」
「おう、美味いぞ。特に自分が倒した奴の肉はな」
「……違いがあるのか、それ」
おう、大ありだとも。
「こっちの世界の生き物は、弱肉強食を魂レベルで刻まれてるからか、潔いのが多くてな。“自分を倒したほどの相手に食われるなら仕方ない!”って魂が判断するみたいで、なんか美味いんだよ」
禍根を残さず旨味を残すとか、めっちゃ潔いんだよな。
なので、美味い魔物相手だと率先して喧嘩売りに行くのが開拓者の生きざまです。
いや、マジでうまくなるのよ。
「武士みたいだな」
「精神論が最重要の世界だぞ。武士道みたいなのが一般的でもおかしくないだろ?」
「……そういわれると、そんな気もしますね」
まぁ、殆どの生き物が覚悟決まりすぎてるから、油断なんてできないんだけどよ。
狼ですら、死なば諸共!って即覚悟決めてくるんだからな。
「ま、今日は俺が飯の間見張りしとくから。マリネ、勝利の味をしっかりと優斗に味合わせてやってくれ」
「まっかせといて!シンザキ直伝の肉焼き術を見せてあげよう!!」
俺は小窓と入り口を閉じると、完全に光を遮断したテントは夜に溶け込んで見えなくなった。
微かに漏れる肉が焼ける音と、ほんのわずかに漏れ出す匂い。
そしてしばらくして。
優斗の「うっま!?」という声に、俺はほほが緩むのであった。




