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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第四章 遅すぎた来訪者
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第111話 語り前

■シンザキ視点


 転んだ陽葵に駆け寄るカギミヤとクラリッサを見ると、学生時代を思い出す。

 体が弱くてよく転んでいた陽葵を、陽葵の妹の水月と鍵宮が駆け寄っていた光景。

 ……いや、二人より先にあいつが抱き起していたっけか。


 そんな懐かしさに胸が痛む。


「陽葵、すまないが話すことが多すぎる。昼過ぎまで時間を貰えるか?」


 懐かしい級友としての顔から、酒場のマスターとしての顔に切り替える。

 流石に、これから忙しくなる昼の酒場を放置するわけにはいかない。

 呼び捨てにしたことに目を丸くする陽葵が、小さく何度も頷いてくれた。


「ほら、カギミヤ。お前は旧交を温めてこい」


 厨房からさっさと出ろ、と手を振る。


「……覚えてなさいよ」


 そう言いながらも、嬉しそうな顔をして陽葵の手を取り出ていくカギミヤ。

 正直、俺は陽葵とそこまで仲が良くなかったんだ。

 ……友達の友達として、それなりに関わりは多かったが。


 二人が出ていき、自然とため息が漏れる。


「お父さん……いいの?」


 心配してくれるマリネの言葉に、胸が少し軽くなる。


「あぁ、ここまで来て逃げはしない」


 自分にはもったいないぐらいできた娘の頭を撫でる。

 嬉しそうに、ふわりと崩れる笑顔に、軋んだ胸が温かいもので満たされる気がした。


 そんな娘にも、いい機会かもしれない。


「……マリネ。優斗と那砂を連れてお前も来てくれ」


 驚きに目を丸くするマリネ。

 でも即座に、真剣に目を細めて頷いてくれる。


「ヴァイスには悪いが、俺から説明させてもらう」


 後で色々言われそうだが、仕方ない。

 ……あいつのことだ、腸詰を山盛りにしたら許してくれそうな気はするがな。





 昼の喧騒も静まり、客のいなくなった酒場の奥。

 以前、ペルムシエルの花劇団を歓待するのに使った個室に集まっていた。


 当事者の俺とカギミヤに陽葵。

 来訪者である優斗と那砂。

 そして、マリネ。


 この六人が集まり、席についていた。

 ……クラリッサも入れれば七人だが、クラリッサは話せないしカギミヤの神授の魔器だから別枠とする。


「さて、色々と聞きたいことはあるだろうが、まずは陽葵に分かりやすいように紹介しておこう」


 カギミヤの隣でそわそわしている陽葵は、落ち着かない様子で指先を擦っていた。

 視線は俺とカギミヤを行ったり来たりし、たまに優斗と那砂にも向けられている。


「まずはマリネ。俺の義理の娘で、ヤマネ族の獣人だ」


「神崎くんの娘!?」


 びっくりしながら、俺とマリネの顔を交互に見る陽葵。

 昔と変わらず、リアクションが大きい奴だ。


 マリネ、お前がドヤ顔しているのがよく分からないが、嬉しそうで何よりだ。


「そして、顔なじみになっているようだが、優斗と那砂。二人は五か月程前にやってきた来訪者だ」


 陽葵の視線が二人に向く。

 優斗と那砂は、その視線に優しく頷き返す。


 優斗は笑ってみせたが、その目はいつもの軽さより少し硬い。

 那砂は静かに頷き、陽葵の不安を受け止めるように、まっすぐこちらを見ていた。


「ところで優斗と那砂。お前達のいた日本が何年かわかるか?」


 俺の言葉に、二人は顔を見合わせる。

 優斗は今一つわかっていなさそうだが、那砂は質問の意図がわかっているようだ。

 流石は、ヴァイスに初日で「座学なら那砂に任せればいい」と言わしめるだけあるな。


「令和元年です。年号が変わってすぐなので、よく覚えてます」


 那砂の答えに、眉を顰める。

 ……ちょっと待て。

 令和?


「令和? 平成じゃなくて?」


「え、令和ってなによ」


 陽葵とカギミヤも聞いたことがない年号に混乱している。

 ……そうか、年号変わったのか。


 だが、陽葵が知らないのは予想通りだ。


「陽葵、お前は?」


「えっと、平成……。……たぶん、平成の、えっと……」


 陽葵の声が尻すぼみになる。

 自分が知らない年号を突きつけられたことが、怖いのだろう。


「いい。無理に思い出すな」


 俺は一度言葉を切って、全員の顔を見回した。

 カギミヤは唇を噛み、マリネは状況が分からずに不安げに俺を見ている。

 優斗は眉をひそめ、那砂は静かに息を吸った。


「結論から言う。……この世界に来た順番と、日本での時間は一致していない」


「……一致してない?」


 陽葵が小さく聞き返す。


「優斗と那砂は、地球では陽葵よりずっと後の時代の人間だろう」


「え……?」


 陽葵の血の気が引く。

 カギミヤも同じだった。

 俺たちの中で陽葵は、最後まで残ってくれた希望の象徴だったから。


「……ちょっと待って。じゃあ、陽葵はいつ――」


 カギミヤが問いかけかけて、言葉を飲み込む。

 “いつ死んだの”と言いかけたのが、顔に出ていた。


「その前に確認する。陽葵、お前は……何があった?」


 陽葵は小さく肩を震わせた。

 だが、逃げずに、ちゃんと口を開く。


「……五年前に、修学旅行に行ったみんなのバスが事故にあって……みんな、亡くなって」


 陽葵の声が細くなる。

 それでも、言葉を呑みこまず止めなかった。


「私も……五年たって、病気で死んで……それで、気づいたら、ここに……」


「……死んだ?」


 マリネが目を丸くする。

 理解できないものを見る顔だった。


 優斗が息を呑む音がした。

 那砂も、唇をきゅっと結んだ。


「……来訪者は、“転移”じゃない」


 俺は、ここだけは誤魔化さないと決めていた。

 陽葵のためにも、優斗と那砂のためにも。


「来訪者は――死んだ後に、この世界用の肉体を与えられて送り込まれる存在だ」


「……え」


 優斗の目が大きく見開かれる。

 その表情は、何かを思い出しかけている顔だった。


「ま、待ってくれ。俺たち、死んでなんか……」


 優斗が言いかけて、何かを思い出したのか言葉を失う。

 那砂が小さく首を振った。


「……私はあるよ。優斗くんが私を庇ってくれて、一緒に轢かれた記憶が……」


 顔色が悪い那砂が、それでも気丈に言い切った。

 優斗も、その状況に思い当たるところがあるのだろう。


「死ぬ前後の記憶が曖昧なのは珍しくない。俺たちが他の来訪者から聞き取りをして分かったことだ」


 そこで、陽葵の視線が俺に刺さる。

 他の来訪者という言葉に、ひっかかったのだろう。


「……他にも、いるの?」


 俺は、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

 だが逃げるわけにはいかない。

 あいつはもういないのだから。


「いる。……そして、その始まりが――」


 俺の隣で、カギミヤが小さく息を吸った。

 カギミヤも、逃げる気はなさそうだ。

 覚悟を固めた顔は、心強くさえある。


「二十年前のことだ」


 目を閉じれば、鮮明に思い出せる。

 二十年経っても、未だに夢に見る日がある。


「修学旅行の帰りのバスで事故に遭ったクラスメイト全員が、この国に来訪した」


 カギミヤが、震える声で続ける。


「……それが、全部の始まりだったのよ」


 陽葵の瞳が揺れた。

 理解が追いつかないのだろう。

 それでも、その先に何が待っているのか、痛みを察している目だった。


 ――ここから先は、もう引き返せない。


 俺は、そう腹の底で呟いた。

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