第110話 神崎
■カギミヤ視点
陽葵だ。
陽葵ちゃんだ。
あの当時、中学生の時のままの、あまりにも懐かしい顔。
嬉しさよりも、驚きで。
懐かしさよりも、後悔で。
私の頭の中は再会を喜ぶよりも先に、逃げることを選択していた。
……ただの逃避じゃない。
これは、私一人で判断していい問題じゃない。
何より!
私は勝手知ったる厨房に乗り込む。
後ろにはクラリッサが続いていく。
「シンザキ! どういうことよ!」
厨房の主に私は思いっきり言いたいことがある。
知っていたなら教えなさいよ!と。
厨房にいたシンザキが私の顔を見るなり、深々とため息をつき。
頭に手を当てたマリネちゃんが、困ったように私とシンザキを交互に見た。
うん、この二人は事情を知っているわね。
ベルンくんはきょとんと首を捻っていて可愛いけど、絶対何も知らなそうだわ。
他の厨房の子たちも知らなそう。
「ちょっと二人を借りていくわね」
私が有無を言わさぬ勢いで突き進むと、驚く子たちを尻目に、二人を掴んで奥の休憩室へ連れて行った。
「で、どういうことなの?」
「……俺が知りたい」
絞り出すような声に、伏せられた疲れ切った目に、思わず言葉が詰まる。
いつもの生真面目さを支える余裕すら削られていて、怒鳴り込んできた私の方が場違いみたいじゃない。
ふと隣を見れば、マリネちゃんの心配そうな顔。
生真面目なシンザキのことだから、知ってたらこんなにはならないか……。
「俺も、昨日知ったばかりだ」
シンザキは眉間を押さえたまま、ゆっくり息を吐いた。
眉間に深く刻まれたしわが、今まで抱え込んできた苦労を忍ばせる。
庇う様に、慌ててマリネちゃんが口を開く。
「陽葵は一昨日の夜にこっちに来たばっかりなの」
そういえば。
今はヴァイスがいないから、あいつが『何事も経験だ』とか言って、もしも来訪者が来た時の対応は優斗くんと那砂ちゃんに任せてたんだっけ。
いつ来るかもわからない来訪者が不在の時に来て、しかもそれがまさか、陽葵だなんてヴァイスも思いもしなかったでしょうね。
「……あの子まで来ちゃったなんて、救いがないじゃない」
つい本音が零れ落ちる。
二十年前の記憶と変わらない陽葵。
唯一事故に巻き込まれなかった陽葵は、私たちの心残りでもあり、希望でもあった。
来訪者には時差があるにしたって、これはあんまりだ。
だって、来訪者となるには、命を失う必要があるのだから。
あの子は、天寿を全うすることはできなかったのだ。
それは、私たちの願いが叶わなかったことを意味していた。
「……とりあえず事情はわかったわ。で、まだ何も伝えてないんでしょ? どうすんのよ」
顔も見られ、クラリッサも見られた。
二十年も経って変わった私には気付かなくても、大きさはともかく見た目は変わっていないクラリッサに気付くかもしれない。
そもそも、優斗くんと那砂ちゃんに口止めしてないから、私の名前出てるわよね?
礼儀正しい那砂ちゃんが説明しないはずがないから、時間の問題ね。
「……伝えるしかないだろう」
苦虫を噛み潰したようなシンザキの顔に、私まで目をそむけたくなる。
「マリネちゃん、陽葵はもしかして、人を探してない?」
探しているか否か。
それだけで、伝える重さが変わってくる。
できたら、希望を折りたくはないのだけど……。
「うん、大事な人が二人いて、探してるって言ってた」
その答えに、私は思わず天を仰ぐ。
陽葵が探す二人なんて他にいない。
妹と幼馴染、その二人以外にありえない。
そして、その二人はもう……。
「……どうすんのよ」
真実を伝えた時の陽葵のことを考えるだけで、涙が出そうだ。
私ですら、立ち直るのに何年もかかったのに、陽葵が耐えられるとは思えない。
「なんでこういう時に限ってヴァイスはいないのよ……」
ヴァイスはあいつじゃないけれど、それでも陽葵に一番近い。
「ヴァイスが居ない以上、俺が代わりに話す」
覚悟を決めた気配を漂わせる、生真面目馬鹿に私は深くため息をついた。
「……流石に、私も手伝うわよ」
「助かる」
早々に開拓者を諦めた私は、シンザキほど経緯に詳しくはない。
それでも、投げ出す訳にはいかない。
クラリッサが何かに反応する。
それは、来客が来たことを教える時と同じ。
私が顔を向ければ、厨房の入り口から誰かが小さく顔を覗かせている。
「あの……」
懐かしくて、懐かしすぎて泣きたくなるぐらい、大切な友達。
体が弱いのに、お日様のように明るい子。
「久しぶりね、陽葵」
私の声に、大きな瞳を丸くする。
「え、もしかして、本当に鍵宮ちゃん……なの?」
上から下まで私を見渡して、信じられないと言わんばかりに目を見開く。
そして、立ち上がったシンザキを見て、首をかしげる。
流石に、二十年も経った男はわからないか。
「お久しぶりです、陽葵さん」
学生時代のような、丁寧な口調のシンザキに違和感が凄い。
でも、それでも誰か結びついたのだろう。
陽葵の全身が震え――。
「神崎です」
シンザキの名乗りに驚いた陽葵は、踏み出した足がもつれ、勢いのままに盛大にすっころんだ。




