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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第四章 遅すぎた来訪者
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第108話 絶叫

 こどもたちの笑い声が聞こえる。


 机の上から見上げれば、男の子が一人と、女の子が二人。

 やんちゃそうな男の子が、強気な女の子と言い合いしているが、どこか楽しそうで。

 大人しそうな女の子が、そんな二人を見て笑いながら、こちらに手を伸ばす。


 小さな手が、硬く滑らかな体を撫でる。

 子供らしい力加減で揺すられて、中で何かが動き、硬質な音が鳴った。

 女の子がびくりと肩を跳ねさせ、手元を覗きこんで目を丸くする。

 小さくこちらに向かって謝りながら――


 陽だまりのような笑顔を浮かべた。


■ヴァイス視点


 ふと、懐かしい記憶がよぎる。

 俺の最も古く暖かな思い出。

 もう二度と揃う事のない、俺の最も親しい三人。


 急にこんな事を思い出すなんて、俺らしくもない。

 少なくとも、俺があいつを継いでからは初めてだ。

 器の底に沈めていた想いが浮かび上がってくるのは。


 ……国喰いに、水月に近づいているせいだろうか。

 それとも、日本に一人置いてきた陽葵が気にかかるからか。


 どちらにせよ、感傷に浸るのは今ではないだろう。




「ヴァイスの兄さん、これはちょっと洒落にならへんで!」


 隣を走るエリオが叫び、跳びかかってくる鳥のような異形を蹴り飛ばす。

 蹴った反動で自分は加速し、体勢を崩した異形から距離を離す。


 俺も走りながら、突進してくる出来損ないの豚のような異形を切り払う。

 短いが七本ある不揃いの足を切り落とせば、樽のようになった身体が後ろに転がっていくのを横目に走り抜ける。


 ルメールは……うん、後ろからリズムよく肉が潰れる音が響いてるな。

 追いつきそうな異形の処理は任せておけばいいだろう。


「国喰いの位置を確認するまではこのまま進むぞ!」


 国喰いの痕跡を確認した俺達は、這った跡を追いかけた。

 大きく蛇行したり、一か所に留まったのか無残な広場を形成していたが、それでもゆっくりと旧王都方面に近づいている。

 そして最初は時折異形の眷属を見かける程度だったが、先に進むにつれてその数が膨れ上がっていった。


 今では国喰いの這った跡が異形で埋まり、形作られた行列がまるで国喰いの身体が続いているようですらある。


「ヴァイス、流石にこれ以上はぼくでも近づいたらまずいよ」


 ルメールは強い。

 俺やエリオでは手間取る異形であっても一撃で粉砕できるぐらいの差がある。

 ただ、ルメールは精神を保持できる器が小さく、人形の身体を動かす燃費も悪い。

 長時間の戦闘では魔力切れを起こしてしまうので、この数だと途中で力尽きてしまうだろう。


「あぁ、流石に距離を離そう」


 魔力の供給を兼ねてルメールを背負うと、這い跡から外れ、小高い丘の上に避難する。

 はぐれた異形は少しいたが、俺とエリオで手早く始末した。


「これは、絶景やなぁ」


 エリオが虚勢を張るが、その声は震えていた。

 丘の上からだと、どこまでも続くような異形の列がよく見える。

 その異形に蹂躙される領域の姿さえも。


 這い跡はいくつもの支配領域を縦断していた。

 当然、そこの領域支配者は怒り、自らの領域を守るために激しく抵抗したのだろう。

 そう思える大規模な交戦跡がいくつも残っていた。

 ただ、国喰いが健在という事実が、彼らが抵抗むなしく敗れ去ったことを伝えていた。


 今思えば、鬼王が自分の支配領域ではなく小鬼の森にやってきたのも、国喰いの所為かもしれないな。

 自らが支配する領域が襲われ、命からがら逃げだした結果、同族の支配する小鬼の森にたどり着いた。

 この光景を見て、そんな推測をしてしまう。


「さて、どうしたものか」


 これ以上は近づけない。

 かといって、視認距離を迂回する場合、他の支配領域に踏み込まないといけなくなる。

 支配領域に安易に踏み込むとか自殺行為もいい所だ。


 そう思っていた時。


「……ん、何やあれ?」


 細い目で行列の先を眺めていたエリオが何かに気付く。

 その言葉に、俺もその先に目を凝らし。


 ――地平線の先に一つの塔が立ち上がった。


 二十年前の記憶が呼び起こされる。

 王城を割って現れた、巨大な蛇。


「国喰い!」


 久しぶりに見る威容に、遠く離れているにも関わらず背筋が震える。

 これだけ離れていてもあの大きさだ、少なくとも二十年前より遥かに大きくなっている。


「なんか、あれ震えてへん?」


 遠見筒を取り出して国喰いを見ていたエリオがそう言った次の瞬間。


 ――衝撃波と共に、魂を砕きかねない絶叫が鳴り響いた。





「っ!?」


 怒り、憎悪、恐怖、狂気……考えられる限りの負の感情が込められた絶叫が、遠く離れたここにまで届いた。

 気付けば片膝をつき、胸元を押さえていた。


(この距離で、これか!)


 魔素の壁は物理的な影響を防いでくれるが、精神的な影響は遠くまで伝えてくる。

 だからといって、このあまりの規格外っぷりには、いっそ笑ってしまいそうだ。

 あれをどうにかしないといけないのか、俺達は。


 そんな俺の手に、硬く冷たい手が触れる。

 少し顔を歪めたルメールが、俺の顔を覗き込んでいた。

 流石はルメール、と言いたいところだが……。

 これは俺が国喰いにビビり過ぎだな。


 ルメールの手を取り、気合を入れて立ち上がる。

 未だに絶叫は続いているが、もう大丈夫だ。


 俺は耳を押さえて蹲っているエリオの隣に立ち、意識して領域に魔力を満たしてから圧縮する。

 強い拒絶の意志を込めれば、領域は外部の精神的な影響を拒絶できる。


 絶叫は小さくなり、伝わってくる感情はだいぶ遮断されている。

 そのことに気付いたのか、荒く息を吐きながらエリオが立ち上がる。


「……ほんま、助かりましたわ」


 エリオが顔を袖で拭うのは見なかったことにしてやろう。

 俺は地面に転がっていたエリオの遠見筒を拾うと、国喰いに向かって覗き込む。


 鎌首をもたげている国喰いは、ある一点を向いて絶叫を上げ続けていた。

 国喰いが一心に見つめるその先には――


「旧王都か」


 俺達の街がある方向に間違いない。

 焦燥感が膨れ上がる。

 だが、こういう時こそ冷静にだ。


「ルメール、エリオ。国喰いが向いている先は旧王都に間違いない」


 俺の言葉に、二人が息を飲む。


「あのただ事じゃない様子を見るに、迷わず直進する可能性が高い」


「……ここまで外れてほしい予想、そうそうあらへんわ」


 俺だって外れてほしいさ、エリオ。

 国喰いは今まで蛇行して進んでいたが、目的地が定まったのなら直線で最短距離で突き進むだろう。

 割者の根っこが元々の人物と変わらないとしたら、あいつなら――水月なら迷わず真っすぐ突き進むだろうからな。


「ヴァイス、先回りできそう?」


「途中の支配領域が抵抗するだろうから、流石に国喰いでも足は鈍るだろう」


 特に、あの方向なら途中には――小鬼の森がある。

 賢鬼の率いる小鬼の森なら足止めしてくれるという期待もある。


「だから、俺達は最速で境界を縫って走る」


 跳んで走れば、支配領域の隙間である境界を縫っても間に合うだろう。


「無茶にもほどがありまへん?」


 エリオが頬を引きつらせる。


「無茶でもやるんだよ。なに、たかが一週間程度の強行軍だ。」


 普通に歩いて一か月ぐらいの道のりだったが、最速で行けば長くても一週間かからない。

 それに、途中で寄るべき場所もある。

 うまくいけば、もう少し短縮できるだろう。


「行くぞ」


 俺は未だ絶叫を続ける国喰いに背を向けて走り出した。




 その負の感情に満ちた絶叫の中に、僅かに感じる懐かしさに胸を焦がされながら。

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