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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第四章 遅すぎた来訪者
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第107話 旗揚

■陽葵視点


 しばらく進んでから、街道を外れて草原の中を進んでいく。

 街道から少し外れただけで、空気の匂いと重さが変わるのを感じる。

 人の手の入っている場所とそれ以外で、空気の質が全然違う。

 それに、近くで見ると思ったより草の背が高い場所が多い。

 場所によっては、あまり背の高くない私だと完全に隠れてしまうと思う。


「草の背の高い場所は危ないから、あまり近づかない方がいい。狼が隠れていることがよくある」


 どこか懐かしそうな声で優斗さんが注意してくれる。

 確かに、狼だったら完全に隠れられるだろうし、私だったら気付けるとは思えない。

 背の高い草には近づかない。

 心の中で何度も繰り返しながら、手招きする那砂さんの元に向かう。


「採取するなら、これがお勧めだね。似たような形の毒草もあるから気を付けて」


 そう言って採取するのに向いた植物を教えてくれる。

 香草に、苺のような果物から根菜、色々な花々。

 私でも取りやすくて、かさばらないものを中心に教えてくれる。


 私はしゃがみ込み、教えてもらった葉の形や匂い、茎の硬さを五感を通して記憶していく。

 運動は苦手でも、こういう単純作業は嫌いじゃない。


 黙々と作業を続けていると、境界特有の空気のせいか、いつもより早く疲れる気がする。

 少し休憩しようと背中に手を伸ばして――竹刀袋に手が触れた。


(……そうだ)


 私は背負っている竹刀袋から、向日葵の旗槍を取り出す。

 もしかしたら、これを使ったら楽になったりするのかも。


「これ、試してみていいですか?」


 私が二人に聞いてみると、二人は少し顔を見合わせてから頷いてくれた。


「街に近い境界なら、大丈夫だ。任せてくれ」


 優斗さんの安心させるような力強い言葉に、少し気が楽になる。

 私は旗槍を伸ばし、旗を広げて強く念じる。


 ――陽だまりよ、あれ。


 掲げた向日葵の旗が、風もないのにふわりと揺れる。

 その瞬間、今まで自分を覆っていた圧力が綺麗に消え去り、街中のような優しい匂いに包まれる。


「……ふぅ」


 深く、息が吐ける。

 気付かないうちに緊張していたらしい体から力が抜ける。

 あったかな陽だまりのような空気に、胸の奥がほどけるようだ。


「……ここまでとは思わなかったかも」


 那砂さんが、驚きの表情で私を見つめる。

 私には那砂さんがそこまで驚く理由が今一つわからないけど……。


「二人とも。……何か、来る」


 優斗さんが、私たちを庇うように立ち上がる。

 その手にはいつの間に抜いたのか、美麗な長剣が握られていた。


 その視線は背の高い草むらに向けられ、私も同じようにその草むらを睨みつけ。


 その草むらをかき分けて現れたのは――


「うさぎ?」


 茶色い毛。

 耳は長く、目は大きい黒目で可愛らしい。

 ただ、サイズは可愛いというには大きい。

 下手な大型犬より大きい。

 多分、ギネス記録に載るサイズのうさぎより大きい気がする。


 しかも、見た目はふわっふわなのに、身体は筋肉質で、特にその両脚は太く力強い。

 よくあるファンタジーのアルミラージのように角が生えてたりはしないけど、明確にそっち側な気がする。


「那砂」


「任せて」


 剣を構える優斗さんと、私を守る様に控える那砂さん。

 二人の動きがあまりにも手慣れていて。

 私はそこで初めて、ここが危ない場所なんだと実感した。


(これが、開拓者。戦う道を選んだ二人……)


 うさぎが、こちらを見る。

 きっと、あの強靭な両脚で跳びかかってくる!


 ……と思ったんだけど。


 うさぎは跳ばなかった。

 二人とも、戸惑ったような雰囲気でうさぎを警戒している。


 うさぎは、鼻をひくつかせて、警戒心を全く感じさせない動きで小さく跳ねて近づいてくる。


「……は?」


 あまりにも無警戒に近づいてくるうさぎに、優斗さんが戸惑いながら後ずさる。

 そのままいつでも動けるように警戒してくれているのだけど……。


 私が、思わず手を差し出すと。

 そのまま鼻先を私の手にこすり付けた。


「……え?」


 那砂さんも驚きのあまり固まっている。

 私も理解できないけど……。

 甘えてくるもふもふのうさぎという、抗えない誘惑に負け頭を撫でてみる。


 するとうさぎは、小さく可愛い鳴き声を上げて、全身を私にこすり付け。

 そのまま、どてんと横になった。


 ……寝た?


「えっ、寝た……?」


 私が呟くと、那砂さんが目を瞬かせる。


「警戒心の塊で、凶暴な野兎が、無防備に寝る……?」


 え、凶暴……?

 うさぎカフェのうさぎより懐いてるんだけど?


 そして――また草が揺れる音が響く。


「……はぁ、なるほど。おっさんが、神様案件だと頭を抱えるわけだ」


 深く深くため息をつく優斗さん。

 視線の先には、色違い大きさ違いのうさぎ達。

 向日葵の旗の方に、吸い寄せられるように集まってくる。


 そして、無警戒に集まると、好き勝手に寝転がり、まるで日向ぼっこするように丸くなる。

 私はもふもふに埋もれて身動きができなくなった。


「陽葵ちゃん、それ異常事態もいい所だよ」


「私でもそう思うよ!」


 このもふもふは幸せだけど、これは普通じゃない。


「那砂……俺には、このうさぎに手を出せる気がしない」


「うん、優斗くん。この子たちに手を出すとか無理だよ」


 確かに、動物を狩れたら狩るとは聞いてたけど、無理無理!

 絶対トラウマになるよ!


「今日は採取だけで帰ろう。陽葵ちゃん、旗畳める?」


 優斗さんに言われ、旗槍を持つ手に力を入れる。


「……なんとか」


 うさぎさんに包まれているけれど、旗を回して畳むぐらいならなんとかなりそう。





 何とか旗を畳み、二人に手伝ってもらってまだ寝ているうさぎを押しのけて脱出。

 起きているうさぎ達に名残惜しそうに見送られ――いや、二匹ぐらい途中までついてきたけど。


 無事に街道に戻って来れた。

 疲れて注意散漫だった私と違い、二人は街道に戻っても気を抜いていない。


「……ねぇ、優斗くん」


「あぁ、今回はうさぎだったからいいけど、使う場所次第じゃ……」


 真剣な二人の声に、私は少し申し訳なくなってしまう。

 私が、“妹”と“彼”に見つけてほしいと願ったばっかりに。


「陽葵ちゃん。詳しい人が戻ってくるまで、しばらく街の外に出るのはやめよう」


「うぅ、私もそう思います」


 うさぎに潰されていてあれなんだから、牛とかだったらぷちっと潰れているところだ。

 ファンタジーな魔物とかだったら目も当てられないと思う。


 竹刀袋にしまった旗槍に触れながら、私は後ろを振り返る。

 視界には、広大な世界が広がっていて。


(いつか、二人に届くといいな)


 そう心の中で、私は願った。




 同じ頃、遠い境界では――


 ごりごりと、巨大な蛇が大地を削り呑み込んで進む。

 岩を、森を、家を、より命の多い方へ向かい喰らい続ける。

 たとえ支配領域であろうと、躊躇なく進む“それ”は。

 たった今、その地の王であった何かを轢き潰したばかりだった。


 呑み、喰らい、潰し、混ぜ。

 その巨体が動くたびに削れる身体を埋めていく。


 そして、余った肉と骨が混ざった何かは、その巨大な鱗の隙間から零れ落ちていく。

 出来損ないの粘土細工のような、夥しい数の異形が零れ落ち、突き進む蛇の後を追いかける。


 ――ふと。


 巨大な蛇が、動きを止める。

 鎌首をもたげると、巨大な塔のように体が持ち上がり、その顔が一点に向けられた。


 そして。

 巨大な蛇の身体が震え、悲鳴のような轟音を響かせる。

 世界を震わせると思えるほどの音が、境界を揺らし領域を越えて響き渡る。


 慟哭のような轟音は、一昼夜に渡り響き続け。

 鳴りやむ頃には、蛇の周囲には大地を埋め尽くすほどの異形が追いついていた。


 異形を轢き潰しながら蛇は倒れ込み、視線の先に向かい真っすぐと這い始めた。


 蛇行を繰り返し、迷い続けていた蛇。

 それが今、迷うことなく進み始める。

 全てを塗りつぶされてなお、彼女に焼き付いた記憶が導いていく。


 ――あの向日葵を目指して。

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