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チュートリアルのある異世界へようこそ!  作者: しなとべあ
第四章 遅すぎた来訪者
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第105話 時差

■マリネ視点


お昼の仕込みに戻るからと、優斗達に陽葵を任せてわたしは酒場に戻った。


ただ、それは半分本当で、半分は建前。


わたしには、どうしてもあの時のシンザキの辛そうな表情が気になって仕方なかった。


勝手口から厨房に入ると、火の入った厨房特有の温かさが体を包む。


いつもなら、それだけで気持ちが仕事に切り替わる。


だけど、今日はそんな気にはなれなかった。


「……お父さん」


いつも通りに仕込みをしているシンザキを呼びかける。


「どうした」


手を止めて、こちらを向いたシンザキの顔は、他の人から見ればいつも通りに見えたと思う。


でも、ずっとそばで見てきたわたしには、だいぶ無理をして取り繕っているのがわかった。


顔色も、少し悪い。


「朝、訓練場にいる陽葵を見てたよね」


わたしの言葉に、動きが止まる。


合っていた視線が外れる。


僅かに歪んだ眉が、小刻みに動く指が、シンザキが迷っているのを言葉よりもはっきりと語っていた。


仕方ないな、シンザキは。


「わたしは、誤魔化せないよ?」


逃げ場を塞ぐ言葉に、シンザキは深くため息をついた。


「まったく、気が利く子に育ったとは思ったが、気が利きすぎるのも困りものだな」


そう語るシンザキの顔から、少しだけ力が抜ける。


「当然だよ。こんなに分かりづらい人の元で育ったんだから、気が利くようにもなるって」


分かりやすいヴァイスはともかく、無愛想なシンザキの表情が分かるまでは大変だったんだから。


わたしの想いが伝わったのか、シンザキがまっすぐにこちらに視線を向けてくれる。


「……知らない方がいい事もあるぞ」


いつもとは違う声色。


叱るでも、止めるでもなく、覚悟を問う声。


「ううん、大丈夫」


わたしはにやりと笑って見せてあげる。


「わたしは、シンザキの娘だからね」


だから、大丈夫。


そう想いを載せた言葉に、シンザキは少しだけ嬉しそうに小さく息を吐いた。




厨房の奥にある休憩所。


賄い料理を食べたりする机の置かれた小さなスペースに、シンザキとわたしの二人で座る。


「……まず、これは俺だけの一存で語っていい話じゃない」


真剣な表情で、静かにシンザキが語りだす。


「だから、全部を話せるわけじゃない。それはわかってくれ」


「……わかった」


わたしが頷くと、ゆっくりとシンザキが話し出す。


「俺は……俺達は、あの子を。陽葵の事をよく知っている」


知っている?


シンザキは二十年以上前にやってきた来訪者だ。


それなのに、昨日来たばかりの陽葵を知っている?


「来訪者は、こっちに来るのに時間差が起きる事がある。……まさか、二十年も経ってくるとは思わなかったが」


疲れたようにシンザキが深く息を吐く。


「陽葵は、俺達のクラスメイトだ。――あの事故に巻き込まれなかった唯一の、な」


沢山いたという、シンザキのクラスメイト。


でも、わたしはヴァイスとカギミヤ以外に会ったことはない。


数人は旧王都を離れたとは聞いた事がある。


そして、そのほとんどが亡くなったとも。


「じゃあ……陽葵の探し人も?」


言ってから、胸の鼓動が早くなる。


陽葵は言っていた、『探している人がいる』と。


会えたらいいなって、笑っていた。


希望に満ちた、暖かな陽葵の笑顔がはっきりと目に浮かぶ。


シンザキは、ゆっくりと目を伏せた。


「……双子の妹の、水月のことだろう」


その言い方が、嫌に静かで。


わたしの背中が冷えた。


「そして、水月も俺達のクラスメイトだった」


顔を上げたシンザキの表情に、息が止まる。


辛そうだった。


苦しそうだった。


今まで、わたしが見たことのないくらい――どうしようもない顔。


クラスメイトの一人。


そして、シンザキがそんな顔をしている以上、生きて別れた人ではありえない。


探し人の、水月という子の行方は。


希望を持って語れる場所には、ないのだと。


胸がぎゅっと潰れそうになって、わたしは慌てて息を吸った。


シンザキが、わたしの表情を見て余計に辛そうに歪む。


そんな顔をさせたくない。


今だって、わたしの前で弱さを出すのが苦手なくせに、わたしの心配をする。


だから。


「……わかった」


わたしは、精一杯笑う。


「わたしは黙っておく。語れるようになったら――任せていい?」


シンザキは、少しだけ目を見開いて。


それから、ほんの少しだけ、肩の力を抜いた。


「……助かる」


シンザキの強張っていた眉が、少しだけほぐれる。


その短い言葉に、たくさんの想いが込められたのがわかった。




仕込みに戻ったシンザキを見送り、わたしは休憩室のテーブルに突っ伏した。


陽葵は、会えるかもって。


あんなに希望に満ちた目で笑っていた。


――あの笑顔が、脳裏に浮かぶ。


「……どうしたものかなぁ」


大きくため息をついても、この胸のもやもやは晴れてくれない。


少なくとも、シンザキ達が話せるようになる時まで、このことは胸の奥にしまっておこう。


……どんな顔して陽葵に会えばいいんだろうね!


その想いを口には出さず、代わりに大きなため息がこぼれた。

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