第104話 異形
■ヴァイス視点
出来損ないの蜘蛛のような異形が、でたらめな関節の動きで這い寄ってくる。
脚ごとに関節の位置も向きも違うのに、それでもその速さだけは獣も顔負けだ。
見てるだけで吐き気を催すような異形が、腐臭と共に這ってくるのはなかなかにきつい。
「こないな奴、触りたくないんやけど!」
そう言いながら、エリオが全身を沈め、這う異形を掬い上げるように蹴り飛ばす。
普通の猪なら、正面から蹴り砕けるぐらいの威力のあるエリオの蹴り。
「ぐっ、おっも!?」
それは、確かに異形を蹴り飛ばしたが、響いたのは妙に重く水っぽい音。
エリオが飛び退くようにこっちに合流してきた。
「硬くはあらへん。せやけど、妙に重いし、手応えが変や!」
なるほど、見た目通り普通じゃないってことだな。
蹴り飛ばされた異形は、その重さのせいで魔素の壁にぶつかるほどには勢いが足りず、地面を転がり上下がひっくり返って止まった。
そして、蹴られた顔らしき部位をひしゃげさせながら、上下逆さのままにこちらに向かって這いだした。
「うっわ、夢にみてまう」
気持ちは分かる。
這い寄る異形に、今度は俺が前に出る。
すぐ近くまで来ていた異形が、跳んだ。
後ろ足の長さも揃っていないから、回転しながら跳びかかってくる異形。
鋭利な爪のような形をした前足が、俺に向けて伸ばされる。
それに対して俺は、愛用の鉄剣を抜き放ち、上段に構え。
剣先まで魔力を満たし、領域を纏わせ振り下ろした。
正面から爪のような前足を叩き切り、そのまま異形の体まで両断する。
切り飛ばされた前足をまき散らしながら、半分に断たれた異形が落下する鈍い音がすぐ近くから聞こえた。
「……何だ、これ」
手応えが、気持ち悪い。
魔器を通じても、意志が伝わってこない。
動物であれ魔物であれ魔獣であれ、魔器を通じて意志は伝わってくる。
なのに、伝わってくるのは何とも言えない気持ち悪さだけだ。
「まだや!」
エリオの声に咄嗟に飛び退くと、断たれ残った半身が、二本の脚で立つみたいになって俺が居た場所に跳びかかってきていた。
「気持ちわる」
「ほんまそれや」
そこまで速くはない。
強度も大したことはない。
だが、急所がまったくわからない。
どこを切れば死ぬのか見当もつかない。
「こいつは、厄介……」
俺がそう呟きかけた時。
「えい」
気の抜けたルメールの掛け声とともに。
――轟
無造作に振り下ろされた鉄槌が、半分になった異形を叩き潰した。
威力の余波で、領域の魔素がかき乱される。
暴風のような圧すら感じる一撃に、俺は思わずエリオと顔を見合わせた。
「……わい、絶対ルメールの姐さんに逆らわへん」
「俺もだよ」
もう一度轟音を響かせて、残った半身を叩き潰しているルメールを見ながら、俺はエリオと前よりも心が通じ合った気がした。
流石に、あそこまでやられれば動かなくなるか。
魔素に感応させるためには、ある程度の精神の大きさが必須だから、粉々になってはどうしようもないだろう。
とはいえ、あんな威力の攻撃を気軽に連打できるのはルメールぐらいだけなので、かなり厄介だな。
俺はルメールに潰されて、崩壊しつつある異形の欠片を摘まみあげる。
「ほんでそれ、なんやったん?」
周囲の警戒をしながら、エリオが俺の摘まみ上げた肉片に視線を向ける。
「おそらくは、国喰いの眷属だ」
「割者が眷属なんて厄介極まっとるやん」
まったくだ。
領域を支配することのない割者には、普通は眷属は存在しない。
だから、個としては脅威だが、群れとしては成り立たないのが普通の割者なのだが……。
「匂いが消え切ってへん。あれ、まだおるで」
「だろうな」
国喰いは、国を喰らう。
建物を、人を、家畜を、あらゆるものを喰らう化け物だ。
そして、その喰ったものはどうなるのか?
精神を取り込んだとして、その残った身体は?
それが、この異形だとすれば。
……まったく、嫌な進化しやがって。
「痕跡を追えば国喰いの向かっている方角がわかる。急ごう」
俺は摘まんでいた肉片を放り捨てると、どこまでも続いていく痕跡に視線を向けた。
止めなければ。
二十年前に、俺が――俺達があいつを救えなかったことで起きた悲劇を。
今度こそ。
俺が、あいつに代わって。
割者『国喰い』を。
――水月を、止めなければならない。
俺に名前をくれた、幼馴染の片割れの成れの果てを。
その為に。
俺のこの二十年はあったのだから。




