第102話 旗槍
■マリネ視点
訓練場は酒場の裏手にある、開けた場所だ。
前にあの大きなペルムシエルの花劇団の劇場車が置かれていた場所でもある。
利用する人は少なかったんだけど、最近は優斗とベルンがよく使っているからか、覗きに来る人が結構増えた。
この辺りでは珍しい熊獣人のベルンと、来訪者の優斗の訓練が珍しいみたい。
いつもなら、すぐに特訓を始める優斗とベルンだけど、今日は陽葵の神授の魔器の把握が優先だね。
細長い袋を抱き抱える陽葵に、わたし達四人の視線が向けられる。
「えっと、これが私の神授の魔器? なんだけど」
そう言って、袋から細長い棒状のものを取り出す。
布にくるまれたそれを陽葵が振ると、布がほどけ、棒が伸びる。
「向日葵の、旗?」
那砂が言う通り、それは大きな向日葵が描かれた旗だった。
一応、先端は鋭利だから旗槍とでもいうのかな。
あまり武器に適しているようには見えない。
騎士団とか大きな集団が持ってる団旗にも見えるかな?
「応援団の旗みたいだけど……そういう経験が?」
優斗の問いに、陽葵が大きく首を振って否定する。
「そんなとんでもない! 応援団なんて保健室の主と言われた私には縁がないよ!」
そう言って首と一緒に旗を振る陽葵だった。
「陽葵! その旗、何ができるんだ?」
ベルンが興味深そうに、揺れる旗に合わせて体を揺らす。
陽葵が揺れるベルンに合わせて旗を振りながら、首をかしげる。
「うーん、なんて言ったらいいんだろう」
陽葵が言葉を選んでいる間も、旗が揺れる。
その妙に気を惹かれる旗に、自然と視線が向けられる。
温かさすら感じる向日葵の描かれた旗。
不思議な安心感が全身を包み、普段よりも深く息が落ちる感覚。
食後だからなのか、日向ぼっこしているような微睡がやってきて……。
視界の隅に、わたしと同じように微睡を感じたのか、目を瞬かせる優斗とベルンの姿。
「……優斗くん、大丈夫?」
「ん、あぁ……ちょっと気が抜けただけだ」
那砂の声で我に返って、わたしもつられて目が冴える。
「……なに、これ!?」
その異常に気付いて、わたしの尻尾が逆立つ。
まだ朝早いし、わたしは朝食を食べた程度で微睡んだりしない。
何より、今からどんな力があるのかわからない神授の魔器の検証ではなおさらだ。
わたしの声に、三人も同じように感じたのか、驚きの顔で陽葵を見つめる。
その私たちの様子に、陽葵は戸惑いながらも旗を掲げた。
「この向日葵の旗を掲げると、陽だまりのようにあったかくて優しい気持ちになれる……ってだけのはずなんだけど」
……それだけ?
確かに、温かくて優しい気持ちになったけども!
「温かくておれ好きだ!」
「ありがとう、ベルンくん!」
確かに、この心地よさはすごいけど。
「他には何かないの?」
わたしの質問に、陽葵は掲げた旗を見上げる。
自然とその旗に視線が引き寄せられる。
「あとは、遠くからでも見つけてもらえる……はず!」
なるほど。
妙に気が惹かれたのは、それが原因かな。
どちらも開拓者に向いているようには思えないけど、なんだか陽葵らしい気はする。
少なくとも、遠くからでも見えやすい旗なんて、街の外じゃ危なくて仕方がない。
「一度、どのぐらい惹きつけられるのか試してみます?」
「確かに、戦闘中の相手の気を散らせるなら強みだよな」
那砂と優斗の考えに、なるほどと思わずうなずく。
「じゃあ、特訓だな!」
ようやく体を動かせるとあって、ベルンが楽しそうに体を捻る。
「それじゃあ、私が陽葵ちゃんを側で守るから、陽葵ちゃんは優斗くんとベルンの気を片方だけ惹いたり、両方惹いたり色々試してみようか」
「うん、わかった!」
那砂の指示で、陽葵を含めての特訓が進められていく。
わたしはどうしようかな。
シンザキに貰った魔器が使えるようになったとはいえ、直接戦うと優斗とベルンの足元にも及ばない。
特訓に混ざるにしても工夫が必要。
どうしたらいいかなと考え込み、何と無しに酒場の方に視線を向けると。
仕込みから戻っていたのか、シンザキの姿を見つけた。
シンザキが見えただけで、少しうれしくなる自分の単純さに呆れる。
声をかけようかと思って改めてシンザキを見ると。
――シンザキがわたしが今までで見たこともないような、辛そうな表情でこちらを見ていて。
喉から出かかった声は、そのまま口の中で消え去ってしまった。




