第100話 早起き
■マリネ視点
宿屋を兼ねている、ここチュートリアルの酒場の朝は早い。
仕入れに仕込み、掃除に洗濯、他にもやるべきことは山盛りだ。
わたしはここで育ったからそれが当たり前なんだけど、お寝坊さんな開拓者たちを見てると朝の早さを実感する。
最近は開拓者の仕事は減らして、主に酒場で働いているからなおさらだ。
優斗と那砂が立派になって、ついていく必要が減った、っていうのもあるけど……。
やっぱり、親孝行は少しでもしておきたい、って思ったのが大きい。
……シンザキをお父さんと呼ぶのにはまだ慣れないけど、お父さんと呼ぶと嬉しそうにするからやめられない。
シンザキは仕入れに出ているから、朝一の仕込みと掃除はわたしの仕事だ。
この時間帯は、お寝坊な開拓者たちが降りてくることはほとんどない。
那砂は早起きだけど、お寝坊な優斗に合わせて降りてくるから遅いんだよね。
ただ、今日はそんな時間なのに、珍しく二階から足音が響いてきた。
聞きなれない足音に視線を向けると、そこには昨日と同じ制服を着た陽葵の姿があった。
「あ、おはようマリネちゃん!」
「うん、おはよう陽葵」
ふんわりとした笑顔で陽葵が駆け寄ってくる。
獣人でもないのに勢いよく振られている尻尾が見そうな勢いだ。
「よく眠れた?」
「すっごくよく寝れたよ! 自分の部屋のベッドより快適なぐらい」
へにゃりと崩れるぐらいの笑顔でそう言われると、整えた身としては嬉しくなる。
“ベッドメイクに手を抜くな”ってシンザキに口酸っぱく言われたことを守った甲斐があるね。
「それに、こっちに来てから体の不調がないから、じっとしてられなくって」
昨日聞いたけれど、陽葵は身体が弱かったらしく、来訪者になった事で不調がなくなったんだとか。
そう言って嬉しそうに跳ねていた陽葵を思い出すと、ついお世話を焼きたくなってしまう。
「じゃあ、元気な陽葵に朝ご飯用意しなきゃね」
「あ、忙しいのにごめんね」
掃除道具を持っていたわたしに、申し訳なさそうにうつむく陽葵。
耳が垂れて落ち込んでいる幻覚が見えるようだ。
「いいのいいの。ただ、この時間は焼きたてじゃないけど、切って出すくらいならすぐできるからさ」
「ぜんぜん大丈夫! ありがとね」
わたしの言葉に笑顔になって、手近な席に着いて姿勢を正す。
陽葵はわたしより年上のはずなのに、年下のように構ってあげたくなる雰囲気が溢れ出ている。
気付けば陽葵は身体を揺らして、朝食を楽しみにしているのが一目でわかった。
すぐに用意してあげなきゃね。
わたしは掃除道具を立て掛けて、厨房に向かおうとした時――
厨房から、ぬっと巨大な影が姿を現した。
大きな酒樽を両脇に抱えた、巨大な影。
こげ茶色の体毛に全身覆われた、熊そのものな外見の熊の獣人。
「あ、おはようマリネ」
「おはよう、ベルン」
ラインドルフの密猟団の一員であり、酒場でわたしを捕まえて、優斗のガラティーンの爆炎によって倒されたあのベルンだ。
一時期は黒く焦げていたけど、この一か月程の間に生え変わってすっかり元通りになっている。
大型の獣人は頑丈なのは聞いてたけど、ベルンは特別頑丈みたいで数日もかからずに元気になっていたらしい。
ベルンの兄貴分のあいつ、エリオとかいうのが役に立つからとヴァイスが連れて行って、あいつに言う事を聞かせるための人質がベルンということらしい。
最初の頃は、シンザキが監視していたし、わたしも優斗も那砂も警戒していたんだけど……。
うん。
この子、ベルンは問題ないという結論になった。
実はこう見えて、まだ子供という事。
純粋に兄貴分のあいつを慕って言う事聞いていただけだった事。
そして、本人には悪意も敵意もさっぱりなくて、それどころか美味しいご飯に釣られて素直に指示に従う事。
なので、酒場を壊した請求のためにもと、目の届くところで働かせることになった。
今は力仕事を中心に雑用を任せている。
「マリネ、酒樽どこに置けばいい?」
「バーカウンターの脇に置いといて」
「う、バーカウンターかぁ……」
シンザキがバーテンダーとして立つバーカウンターの脇に、ゆっくりと慎重に酒樽を置くベルン。
ベルンは、あの時の騒動でそこに置かれていた酒やグラスを破壊した張本人。
なので、弁償額を突きつけられており、そこに並ぶ酒やグラスがどれぐらい高額なのかを身をもって知っている。
なのでベルンがバーカウンターの近くに行くときは、いつもおっかなびっくりで、そろーっと動くのだ。
あの巨体が恐る恐る動くのは、正直ちょっと可愛いと思ってしまう。
「わぁ、おっきいくまさん……」
そう言えば、陽葵は初対面だったっけ。
初めて見る大型獣人のベルンを見て目を輝かせている。
まぁ、普段のベルンはでっかいぬいぐるみみたいなものだから気持ちはわかる。
あ、そうだ。
「ベルン、朝ごはんまだでしょ? 陽葵と一緒に出してあげるから食べなー」
「わーい、ごはんだー!」
陽葵と一緒に、という言葉に素直に従ったベルンが、小走りに陽葵のテーブルに向かうと、陽葵の隣に座る。
「……ふわぁ、ファンタジーだぁ」
ベルンが、隣の陽葵から向けられる熱い視線に気付き、にかっと笑う。
「おれはベルン、よろしく!」
「あ、私は陽葵!」
そんな二人が話し始めたのを聞きながら、わたしの分を含めた三人分の朝食を用意するために厨房に向かった。
……まぁ、ベルンは五人分ぐらい食べるから、実際に用意する量は七人分ぐらいだけどね!
今日の朝食は山盛りのパンにキッシュと、スライスしたチーズ。
それを大皿に乗せて、三人分の果実酒をジョッキに注げば用意は完了。
苦いのが苦手な子供舌のベルンと、まだ慣れていない陽葵に合わせて果実酒にした。
テーブルに向かうと、尻尾に乗せた大皿をベルンが受け取って中央に置いてくれる。
三人分のジョッキを配ると、二人が待ちきれなさそうなので朝食にしよう。
「では、今日もバッカスに感謝を!」
「「感謝をー!」」
わたしの音頭に、この短時間で仲良くなった二人とジョッキを打ち鳴らす。
そのまま三人とも、果実酒で乾いた喉を潤していく。
「飲み物がお酒しかないって聞いた時はびっくりしたけど、これだけ美味しかったら全然いいかも」
お酒は大人の飲み物、っていうのが常識らしい来訪者の陽葵が果実酒を飲んで満足そうだ。
「お酒って言っても、子供が飲んでいいのと、大人向けなのは別れてるけどね」
この果実酒は子供が飲んでも大丈夫なぐらい酒精が薄い。
少なくとも、これで酔っ払った人は見たことがない。
「でも、そういうのを含めて異世界って感じがしてわくわくするなぁ」
「みたいだね。わたしにはこれが普通だから、全然ぴんと来ないけど」
わたしの耳と尻尾や、ベルンに向く陽葵の視線に苦笑する。
「来訪者はみんな獣人好きだよね」
「……嫌いな人いるの?」
きょとんと首をかしげる陽葵の言葉に、今まで出会った来訪者を思い浮かべる。
……いないかも?
「来訪者って基本的に樹人とかにも偏見ないし、確かに変わり者多いかも」
「樹人って!?」
目を輝かせる陽葵に、わたしはユナリアとロココを思い浮かべながら、樹人について朝食が終わるまで話聞かせてあげた。




