壱、突撃!弟子志願者?
「何でここにいる?」
朝、いつものようにのっそりと起きた俺は、いつものように顔を洗って、いつものように身支度を整え、いつものように紅茶だけ飲んで扉を開けた。
そしたら、いた。
「あなたが弟子にしてくれないからよ。」
当然でしょと腰に手を当て、無い胸を張ってこうのたまったのは、どこぞの部族の姫さんだった。
昨日再開した姫さん。
二度と会うことはないと思っていた姫さん。
俺はそんな姫さんに唖然とし、ぽかんと口を開けるしかない。
なぜにそんなことを俺が?
“普通”で“一般人”の俺に、弟子?
冗談じゃない。
俺は扉をパタンと閉めて、鍵をかけ、いつものように歩き出した。
姫さんのことなんて、無視無視。
俺は、姫さんを見なかったことにした。
ついでに言うと、姫さんと同じ格好で仁王立ちしていた風の精霊も見なかったことにした。
完全に二人を見なかったことにしたら、
「弟子にしてくれるまで、ずっと付きまとってやるんだから!!!」
鼻息荒く、そして足音も荒く姫さんが後ろでギャーギャー言い始めた。
ついでに精霊も、<けーち、けーち>とか<ちょっとぐらい相手してよ>とか姫さん以上にギャーギャー言って、俺の視界に入ろうとしてくる。
精霊はふよふよしているから、見ないように見ないようにしていると、道行く人にぶつかりそうになるから困る。
でも、俺は見えない!
視えないし、聴こえないぞ!
姫さんと風の精霊だけを完全にシャットアウトして、俺はいつもより少しだけ早足でマージナルへと向かった。
そんなこんなで、今
「ここは、マージナルなんですよ!」
俺は同僚にお叱りを受けていた。
何で俺に?とびくびくしながら視線で問うと、「アレを見よ!」とズビシッと一直線に指を差された。
そこにいるのは姫さんとついでに精霊。
仁王立ちしてじーっとこっちを向いて、その場から全く動かない姫さんと精霊。
その姫さんと精霊がいる場所というのは、
「内部に無関係の者を連れてくるとは、どういうことですか!」
そう、マージナルの機密文書も置いてある、職員しか入ってはならない区画だったのだ。
俺の仕事場ではあるが、姫さんが入っていい場所ではない。ちなみに、精霊は別に問題ない。
精霊使い以外には見えないし、ここには今、精霊使いがいないし、契約もしてない精霊がそこら辺にふよふよしていても、何ら問題にならないからだ。
でも、姫さんは多いに問題がある。
無視しまくってたけど、ここには入ってこないだろうって高をくくっていたっていうのはある。
だが、だ。まさか入ってくるとは予想外もいいとこだった。
だって、ここは天下に名だたるマージナルだよ?
マージナル内部に勝手に入ってどうなるかなんて、みんな知ってるはずだろ?
袋叩きにされても文句は言えないとこだぜ?
なのに、この姫さんは入ってきた。
しかも、わたし悪くないもんみたいな、わたしこそが正しいのよって感じが全身から漂ってる。
伊達に部族を支える精霊姫をやっていたわけじゃないみたいだが、だから何だという気が正直する。
「お前は馬鹿か?」
散々無視してきて、何だが。
姫さんに言えることはこれしかない。
そして、
「バカはお前だ!!」
姫さんに文句を言ってる俺に、同僚の拳骨が振り下ろされた。
ゴツンっと鈍い音が脳内に木魂し、涙目で見たら
「その嬢ちゃんをさっさと外に連れて行け!」
シッシッと厳めしい顔で追い立てられた。
渋々俺は姫さんの腕を掴んで、外へと向かった。
麗らかな日差しが零れてくる木の下。
こうして、俺は姫さんをやっと視界に入れたわけだが、だからどうとかいうことはない。
姫さんと俺。
弟子と師匠?
そんなこと、あるわけないない。
ってことで、
「じゃあ、そういうことで」
俺は姫さんに手を振って踵を返そうとして、ぐいっと手を引かれた。
「弟子にしてよ!」
その一点張りに、俺は今朝方から抱いていた疑問を吐いた。
「なんで?」
「だって、あの炎の人に命令したり」
「へっ?」
「化け物を手懐けたり、ちっちゃくしたり」
「はぁ?」
「天使様と仲良くしてたりしたじゃない。」
「…………」
キラキラした目で見つめられ、俺は開いた口が塞がらない。
ちょっと待て!
言いたいことはいろいろあるが、つまりは
「おい。」
<なあに?>
「おまえ、気づいてたろ? その上で隠してたな?」
<何か、問題でもある?>
風の精霊がふふんっと鼻を鳴らした。
その勝ち誇った顔を、がしっと掴んで、地面に叩きつけたいところだが、それを察したのかひゅい~っと俺から精霊は距離を取った。
それに益々むかっときたが、空を飛ぶことができない俺じゃどうしようもない。
今度近くに来たときには、ふふふ……と心に誓っておくに留めるしかない。
目下の問題は、
「ね?いいでしょ?」
わたしもあんな風になりたいのっと、どこかいっちゃってる目をした姫さんだ。
俺はもう、
「いいわけあるか」
がっくりと肩を落とすしかなかった。
天使の眷属、神子、聖人・聖女の存在は稀だが、世の中には異能が確かにいる。
彼らは大別して3種。
即ち、魔道師、魔術師、魔法師だ。
「それで、姫さんはその中では魔法師に分類される。」
ここまではわかったか?と目で問えば、こてんっと首を傾げられた。
その眼、その顔を見れば明らかにわかってないっぽいなと思ったが、姫さんはそれ以前の問題だった。
「それ、今必要なこと?」
って真面目に聞いてきましたよ。この子!
だから、大事なことだって言ってやったら、
「じゃぁ、わかったてことにしとくわ。」
偉そうに上から目線で言われた。
その言い様にむかっとしたが、わかったならまぁいいことにした。
これから言う一言の為の、いわば確認作業だったわけだし、姫さんの口から「わかった」って言わせることが大事だったんだから。
でも、このままだとちょっとやばいかもしれない……。
具体的に言えば、このおつむが軽い姫さんにはこれから言いたいことが、少っっっしもわかっちゃくれないような気がそこはかとなくする。
それだと、言ったところで姫さんに後からごちゃごちゃ言われそうだ。
そうならないようにするために、状況説明をしてやることにした。
後から何癖つけられるより、いま多少の労力を払ってしまった方が楽なことは目に見えてるからしょうがない。
「そんで、姫さんは魔法師の中でも“精霊使い”って言われる魔法師だってのはわかるか?」
「そうなの?」
「そうなの。そこに精霊がいるだろ?」
「守護精霊様のこと?」
「そう。その“守護精霊様”が見えるのは、精霊使いの素養があるってことなんだよ。」
俺が風の精霊を指差しながら言うと、「へ~そうなんだ~」と全く緊張感の欠片もない、ひどく間の抜けた返答が返ってきた。
今話したことにあまり興味がなさそうな、理解できていないような様子に俺は、この子本当に大丈夫?と少し心配になったが、そこは見なかったことにした。
ウン、キットソンナコトハナイサ。
理解シテクレテルヨ。
と心の端っこから聴こえてくる、黒い囁きを俺は信じることにした。
「それで、だ。精霊使いに教えられるのは、精霊使いだけってのは知ってる?」
「う~うん。知らない」
「それじゃ、覚えといて。これ、わりと常識だから。」
俺の常識だろ発言に、姫さんはコクンと頷く。
それに俺は口元がにやっと緩んだ。
これで、OK!
姫さんも判ってきたってことで、やっと言える。
「それで、俺は“精霊使い”じゃない。」
「えっ?」
「だから、姫さんを弟子にとかは、無理だよ。
精霊使いは精霊使いに弟子入りしないと、意味無いから。
そもそも、俺“普通”の人だから、異能関係は全般的に教えられないから」
俺の発言にポカンとする姫さん。
その姫さんの顔を見て、俺は今度こそ
「ってことで、他をあたってね~」
と踵を返してマージナルの建物内へと帰ってくることに成功した。
ああ、よかった。
これで、もう姫さんに会うこともないだろうし~
この日、ひょんなことから変な一日の始まりになってしまった俺だが、それからはいつもと同じ時間を過ごすことができた。
そして、それはこれから先も………
な~んて思ってたけど、
「なんでいる?」
翌日、いつものように扉を開けたら
「あなたが弟子にしてくれないからよ。」
昨日と同じことを言う姫さんがいた。
「昨日言ったこと、もう忘れたか?」
「忘れてないわよ。」
「じゃあ、何でいる? 何で弟子にしてくれなんて言うんだ?」
「だって、あんな説明じゃ納得できないもん。あなたが炎の人に何かしてるのは見たもん。」
「あのね~、見たもんなんて言われても、こっちは何にもしてやれないよ。
昨日も言ったけど、俺は普通の人なの。一般人なの。姫さんとは違うんだよ。」
「あなたみたいな一般人いるわけないじゃない。あなたこそ、何言ってるのよ。」
「マージナルにいる奴に、聞いたらわかる。俺がなんの力も持ってないってみんな知ってるから。」
「じゃあ、あの時のことはなんだったの?」
「あれは~~………」
とここまで来て俺は声に詰まった。
そんな俺に、姫さんはニッと笑みを浮かべた。
「やっぱり。昨日言ったことも、今言ったのもウソなんじゃない。
あなたはすっごい力を持ってるんでしょ~。」
そう言った後に続けられた、「だから、弟子にして!」という言葉に、俺は朝から頭が痛くなってきた。
ああ、今日休んじゃお~かな。
もう。
朝の爽やかな風も、真っ青な空も、今の俺の気持ちを和ませる力はなく、俺の心はどんよりと沈んでいく。
そんな俺とは対照的に、昨日よりも姫さんは元気だ。キラキラしている目が痛い。
ついでに、風の精霊も昨日よりもうざいくらいに絡んでくる。
誰かなんとかしてくれよ。
俺の心からの切なる願いを、誰か叶えてくれますように。
俺は遠くを見ながら、切実に思わずにはいられなかった。
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次話は近日中に~~