弐、俺と屋台と怪しい肉?
「困ったことになった。」
いやに真面目な声で言われたが、俺はぽかんと口を開けて呆れるしかない。
「いやいや。何言ってんですか?」
こんな、岩だらけの木も草も生えない荒涼とした大渓谷。
世界の裂け目の前で思わず突っ込んでしまった。
それというのも、
「なんで、こんな場所で屋台なんぞ出してんですか!」
ありえないから。マジで!
何考えてのか、ほんとにさっぱりわからん。
「ここまで来るのに、苦労するだろうと思ってな」
したり顔で言われても、理解できん。
こうして、御自ら屋台を出して、ぱたぱたと肉を焼いているのが、俺のためって?
疲れて空腹な俺のためっていうのか……
それって、なんかずれてませんかね?
そこまで考えてくれるなら、何もこんな辺鄙なところに呼ばなくても。
……でも、イイにおい。
「うまいぞ?」
ほら、と突きだされた肉汁滴る串焼き。
俺は、神妙な顔で頭を下げ、
「頂戴いたします」
ありがたく受け取った。
うん? 断るとでも?
ありがたく頂戴しますとも。
そんなの、当たり前ですよ?
だって、わざわざ手ずから焼いてくださった一品!
それを、受け取らないなんて、屋台を出してることよりも、ありえんだろうがっ!!
ぐ~と盛大になる腹の虫に促されるように、受け取るのなんて、当たり前だ!
「いただきま~す」
がぶりっ。
齧りつけば、じゅわっとしたたる肉汁。
塩と胡椒とピリッと舌を刺激する香辛料が、いい塩梅でうまい!
かぶりかぶり、もぐもぐと一心不乱に食べてしまう。
「うまかったです」
気づけば、大きな肉の串焼きがぺろりと腹に収まってしまった。
う~~む。
そんなに腹へってたのかな?
そこまで空腹ってかんじじゃなかったんだけどなぁ。
それほど、美味かったってことか?
「ふむ。それはよかった。」
うむうむと満足気に頷く様子に、人の良さを感じる。
「ところで、これって何の肉なんです?
食べたことない感じがするんですが?」
「あの辺りを飛んでいる奴らを、適当にとってきたが?」
あの辺りって……どの辺り? っていや、え~と……
「えっ?」
「ほら、あの辺にくるくると飛んでいる輩がおろう?」
「………はっ?」
いや、見えてますけど。
あれ? えっ、本当に?
ほんとう~にあの辺を滑空している奴ら?
「えっ、いや……でもあれって……」
「人に害を及ぼすとして討伐されて、打ち捨てられるぐらいならと思ってな。
その命を大切に調理させてもらったのよ。」
いや、そんなすごい真面目に。
慈悲深いのか、躊躇ないのか判断に迷うような潔さを発揮しなくても……
「まじっすか?」
「嘘を言ってもどうしようもあるまい?」
「―――――そうですよねぇ」
遠くの空を支配領域にしている群れ。そこを思わず遠い目線で見てしまった。
そこには、こんなに遠くから見ているとは思えないほどはっきり見える陰が縦横無尽に空を滑空している。
その陰の正体は、魔怪鳥。
体長5メートルから30メートルと、大きさの幅が広く、体長が大きくなるほどに含有魔力が増加し、その体皮の堅さが増していく非常にやっかいな魔物だ。
最小サイズの魔怪鳥を討伐するにも、様々な罠を張り巡らし、寝込みを襲うような狡さと、寝首を掻く瞬間にも油断しない慎重さがいる。
唯一の救いは、人が住みやすい地域が苦手で、生物が棲むには適さないような辺鄙なところを縄張りしていることだろう。
そんな辺鄙なところで魔怪鳥が何を食べているかは、未だに謎だが……
俺、そんなの食べて明日大丈夫なのだろうか?
うまいうまいと腹に収めたモノに、大きな不安を抱いてしまう。
ちょっと呆然としつつ、ぐだぐだと腹に収めた串焼きと、明日の腹事情について考察しても、結果は出ない。
これはいっそう、聞かなかったことにしとこうかなと思っていると
「悪魔を送り還して欲しい」
明瞭簡潔にして唐突に言われた。
そして、
「では、頼んだぞ」
それだけしか言わないで忽然と姿が消えた。
そう、姿がぽんっと軽い音をたてて消えた。
って、消え……?
「えっ……ちょっと。はぁ?
いや、なんか訳わかんないんすけど?
悪魔って言われても困るんですが。
どの悪魔? ってか、何で俺が?」
消えた空間に思わず手を伸ばして、疑問を捲し立ててもどうしようもないことは分かっている。
けど、そう思うことと言うことは別だ。
感情優先だろう? こういうときは。
飯もらったと思ったら、変なのを食べさせられるし。
食べ終わったら、わけわからん依頼だし。
質問しようにも、あっさり消えるし――――――
「一体、何なんだーーーーー!!!」
大渓谷を前に、思わず叫ぶ俺は、どこもおかしくはないだろう?