壱、飛翔せよ! 依頼主までひとっ飛び?
「なんだ?」
目の前をひらりと何かが過ぎって、思わず手が出た。
柔らかくって、頼りない感触。
手に掴んだのは、真っ黒い一枚の羽だった。
この辺りの鳥にしては大きい。
「ってか、これ鳥の羽じゃなくない?」
よく見るまでまでもなかったか。
――――風岬の大渓谷にて待つ
そんなメッセージ機能のついた羽なんて、その辺の鳥どころか、どこにもいない。
これはただ単に羽を真似ただけだった。
多分ってか十中八九、このメッセージを送った誰かさんの趣味だ。
そして、その誰かさんの心当たりはというと――――
まぁ、ばっちりあるよ!
すぐに思い浮かぶぐらいには、ばっちりとね!
……って、あるにはあるけど、なんていうか、なんかな~
「会うのとかは、全然いいんだけど。
むしろ久々にお会いできるのは嬉しいけど……
問題は場所なんだよな~」
風岬の大渓谷といえば、草木も生えない不毛地帯。
人も獣も住めない大地に、ぼっかりと口を開けている裂け目の底は果てしない。
どこまで続くかわからない大地の裂け目から、世界の絶望とも言われている。
自殺志願者すら避ける、怖ろしい渓谷なのだ。
そんなところに来いと?
ちょっと、イヤだなと思うぐらいには行きたくない場所だ。
まぁ、呼ばれているからには行くけどね。
それに、ぶっちゃけ別にそこに行くのは、いいっちゃ~いいんだ。
けど、問題は移動手段だ。
そんな怖ろしいところに、連れてってくれる業者さんなんかいないよ?
観光地とかになるわけもない、めちゃくちゃ辺鄙なとこだし。
ここから行くにしても遠過ぎるんだよね。
さて、どうしたものか?
そうメッセージを見ながら考えていれば、「くわっ」と窓の外から鳴き声が聞こえた。
なんだ、なんだと見てみれば、
「さすが、よくわかってらっしゃるようで」
そこには、大きな大きな鳥が滞空。
俺の3倍はゆうにあるだろうほどの大きさに、若干及び腰になったのは、何も俺がビビりなせいじゃない!
普通に、窓の外にこんな大きな鳥がいたら驚くだろう!
しかも、そいつが俺をじっと見つめてくるのだ。
恐いだろう? 恐いって思わないか?
そいつの眼がギロッて睨んでくるんだぜ。
まるで、これから食べてやるぜぐらいの目線で!
恐いって!
「くわっ」
でも、鳥にとっては俺の恐怖心なんか関係ないらしい。
滞空状態のまま、するりと背を向け、振りかえりざまもう一声。
「くわっ」
どうやら、さっさと乗れってことらしい。
「それでは、失礼しま~す」
眼光鋭い鳥に気圧されつつ、そっと背中に乗る。
ふわりとする羽毛は、滑らかで手触りが最高!
なんか、テンションあがって、さわさわしちゃったりとか……
「くわっ」
「すいません!」
どうやら、ダメらしい。
残念だ。
そんなこんなで、気づけば俺は巨大な鳥に一路、風岬の大渓谷へと運んでもらうことになった。
余計なお触り厳禁! そんなことしたら落としてしまうぞ!
というちょっぴり切ない気分になりながら、遥か彼方へと向かうのだった。