壱、強制召喚! 神殿に急行せよ?
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第伍話目のはじまりです。
お楽しみください!
「おい、神殿からの使いが来てるぞ」
「えっ!」
なんだそりゃ?
俺が事務仕事をせっせとこなしていたある日、妙に真剣な顔をした同僚に言われた言葉に絶句した。
「早く向かった方がいいと思うぞ。上には言っとくし」
更に続けられた言葉に、イヤな顔をしたのは仕様がないと思うんだ。
だって、神殿からの呼び出しだぜ。
しかもすぐにってことは、そうとう緊急な要件なんだろ?
いい話なわけがない。
俺と神殿関係者は犬猿の仲なんだから。
「そんな顔してもどうしようもないだろ。」
そんな呆れた声と、さっさとしろって感じの圧力に負けて俺は席を立ったわけだけど……
「…………いきたくないなぁ」
神殿に向かう足が遅くなるのは、どうしようもないことだと思うんだよ。
「今度は、どんな嫌がらせがくるんだか」
神殿に呼び出されたら、大抵ってか、絶対面倒事の押しつけか、嫌味とか、わけわからん要求を当たり前のように付きつけてくるのだ。
そんな奴らのところに行くのに、スキップスキップらんらんらん♪ 気分で向かえるわけがない。
ああ、本当に憂鬱だ。
俺はどんよりとした空気を纏いながら、活気に満ちた通りを過ぎ、だらだらと足を進めた。
そして見えてくるのは真白な建築物。
偉容を誇る大神殿だ。
神の声が聞ける神子が祈りを捧げる、その神聖なる御座所。
その場所へ向けて多くの信者が、敬虔な面持ちで祈りを捧げている。
彼らの信仰する神々へ、一心に願うその姿は今、俺が相対している大神官様よりよっぽどこの場所に相応しい。
俺を見るといっつも不機嫌な大神官様に、軽い会釈。
そしたら、もう、ほんとそんなに嫌ですかってな具合にますます顔を歪めた。
そんなにイヤなら呼びつけなきゃいいだろ!
マジで、呼びつけんなよって言ってやりたい!
こんなことを思っちゃっても仕様がないってもんだし、そんな顔されちゃ~こっちも気分が悪いって。
だから、ここはさくさく要件でも聞いて、さっさと帰るとしますか……
ということで、
「御用件は?」
「……こちらへ」
あれ?
奥に行くの?
ここでさっさと要件言ってくんないの?
疑問を浮かべつつ、俺は大神官様の後を追う。
忌々しげな様子を一切隠す気がない大神官様は、静々と先へ先へと進む。
おいおい、どこまで行こうってんだよ。
その足は神官以外立ち入り禁止区域さえも通り過ぎ、一つの大扉に向かう。
精緻な紋様が淵を飾り、神々の象徴が見事なバランスで配置されているそれ。
夜の森を思わせる重厚な雰囲気の中に、軽やかな風や光、流れる水の気配が伝わってくる、実に芸術性に富んでいる大扉の前で、大神官様はぴたりと足を止めた。
その様子にだらだらと冷汗が止まらない。
いやいやいや、可笑しいでしょ。
この大扉の奥は御座所だろ?
ってことはこの中にいるのって……
「神子様がお待ちです」
「……(何の冗談だよ)」
厳かに開けられる大扉を前に俺は思う。
今すぐ、まわれ右して帰りて~
そんな俺の切実な願いを乗せた視線は、悲しいことに大神官様へは一切伝わらなかった。
ついでに言えば、一人で奥へ行けと無言の圧力にあっさり負けた。
そんなこんなで俺は前へ前へと進んできたわけだが。
「何してんですか!」
神殿の一角、もっとも奥まった場所であり、もっとも神聖な場所とされている御座所。
そこにいる人物を見て、思わず大声を出してしまった。
「なんじゃ、もう気付いたのか?」
「当たり前じゃないですか。気付かないはずないでしょう」
「ここの者どもは全く気付かなんだがな~」
そう笑いながら応えたのは外見だけなら、ここにいるのが当然の神殿内の外面上トップ。
世間では国のトップである王様とかより偉いとされている神子さんだ。
だが、内面は全くもって違う。
本来ならいないはずの人。
いや、ヒトなどと言ってはまずいだろう。
なぜなら、そこにいたのは天上にいるはずの一柱なのだから。
それにしても不思議だ。
「どうして神子の体に降りてきたりしてんですか?」
何か用事があるんなら、めちゃくちゃ不本意ではあるが俺に何か言ってくるはずなのに。
どうしてまた、こんなややこしいことをしているんだか。
御仁方は本来、下界ともいうべきこことは違う階層にいる存在だ。
本当の意味で別世界の住人とも言える。
だからといっては何だが、御仁方は本体のままでは下に降りてこられない。
偶に精神だけで降りてこられるときもあるが、そのときは特別な場所に降りているらしい。
前聞いた話じゃ~特定の場所以外だと空気に酔うのだとか……
聞いたときはなんじゃそらとずっこけたものだが、体験すれば納得する。
あれは、酔うとか以前の問題だ!
即効目が回って、意識が飛んだ。
そら見たことかと鼻を鳴らして笑った御仁方にぐうの音も出なかった。
そんじゃ、御仁方は絶対に特定の場所以外には降りてこないのかというと、そこには例外がある。
今みたいに何かに降りてくればいいのだ。
ただ、問題がないわけではない。
「神子の体に降りたりしたら、どっちにもかなり負担がかかるんじゃないですか?」
そう。双方に負担がかかるらしいのだ。
確か、御仁方側は精神体の一部しか降ろせないから、能力に制限はかかるし容れモノをフィルターにしてもやっぱり下界の空気に多少は酔う。
そんでもって精神の一部が少しでも酔えば、やっぱり本体にも影響が出るらしく雪の女神さまみたいに体調を崩すこともあるらしい。
一方、降りられて御仁の容れモノにされた側、今回の場合は神子さんの方はというと、単純に次元違いの高位存在に魂を圧迫されるため肉体的にも精神的にも負荷がかかる。
どうなるかっていうと負荷が軽ければ、御仁が去ったら一ヶ月は寝込むぐらい。
重くなればなるほど寝込む期間が長くなったり、悪ければ昏睡状態になったりする。
そのまま死に至るようなことがないのが救いと言えば救いか?
つまるところ、どっちにとっても体に良くない。
「そんな渋い顔しなくてもいいではないか」
ううむ。と呻っていればお茶目に笑われた。
「いや、笑い事じゃないですし」
思わず突っ込む俺に、御仁が目元を細めた。
「ちゃんと理由はあるぞ」
そして御仁が口を開けて連ねた言葉に、俺は全速力で逃げたくなるのは……
まぁ、いつものことと言えばいつものことだったりする。