弐、俺と退治対象?
「うおりゃっ」
突き出した刀身に身体をのせ、流れに身を任せたら、ぎりぎりのところで刀身に自分の身体を引き付ける。
んで、ちょっと勢いを付けたまま、よいせっと思いっきり身体を捻った。
このとき気をつけるのは、あくまで不自然に体を捻らないこと。
刀身の動きに沿うように、自然な流れを阻害しないまま振り切る。
ぶんっ!
風が唸る。
大きく円を描いた刀身の軌跡が、白銀の煌めきを作った。
今度は上に、左に、下に、右に。
回転の勢いを殺さないように。
そんで、あくまで優雅に素早く、流れを止めずに……だっけ?
確か、これで良かったはずだよな……と思いながら、俺はバッサバッサと斬りまくっている。
そのお相手はというと……
くきょくきょっっ!!!!!
(しゅわわわわっっ)
とか、
ぐぎょぐぎょっっ!!!!!
(じょわじょわわわ)
とか。
「…………」
実に気味の悪い絶叫? 断末魔? みたいなのを上げ、しゅわしゅわと空気に溶けるようにして消えていく。
呆気ない。
実に呆気ない。
呆気なさすぎる。
なんせこの、ちょっとまばゆく輝き過ぎな刀身にちょこっと触れただけで、しゅわしゅわっとなるんだぜ。
「えいっ」
気合いも何もなく、ただこの剣を振り回してるだけで、充分。
技も何もない、子供が棒を振り回しているような攻撃とも呼べない。そんなもので気色悪い黒やら、緑やら、紫やら、まだらやらが空気に溶けるように消えていく。
ちょっと驚いたような顔をして、わけがわからないというように消えていくそいつら。
消える一瞬前に真白い煙をあげ、蒸発していく様を見るのはなんだか不思議な感じだ。
まぁ、むかし剣を教えてくれたヤツのことを思い返しながら、型通りに剣を振るおうが、棒きれを振り回すように振るおうが関係なく消えてくれることは素直に嬉しい。
何と言っても俺は剣を持って戦うような、そんな戦士や剣士めいたことはできないんだから。
ちょっと教えてもらったぐらい。
しかもお遊び程度で、打ち合いもしたことがない俺だ。
めちゃくちゃ強いのを相手に生き残ることは、絶対に無理。
めちゃくちゃ強くなくても、攻撃力が弱い、それこそ蝙蝠みたいなモンスター並みの強さでもやばいかもしれない。
数がいるってのは、それだけで脅威だしな。
一匹、二匹を倒したところで、どうしようもないし。
しかし、
「なんか、俺。悪モノみたいじゃないか?」
同朋が次々と蒸発していくことに、やっと危機感を持ったのか。
俺の目の前を占領していた病魔たちが、じりじりと下がったかと思うと、一目散に逃げ出した。
きょきょきょきょ
というなんか気が抜ける奇声は、もしや悲鳴か?
そんで、逃げ出したあちこちに点々としているのは、黒や緑や紫や斑のしみ。
そのしみは地面や壁や天井に張り付いたかと思うと、次の瞬間にはすーっと消えていく。
これってもしかして、なみだ?
涙(?)を流しながら、悲鳴(?)を上げて散っていくヤツら。
しかも、小動物めいた仕草でプルプルと震えながら去っていく………
これじゃ、どっちが悪モノなのかわからん。
俺はなんじゃこりゃ? と頭をかきながら
「とりあえず、どっちに行こうかな?」
前に行くか、後ろに行くかに迷った。
とりあえず、前に行くことにした。
人間何事も前向きに生きてれば、なんとかなるさって誰かが言ってたし、どっちに行ったってやることは変わんないしね。
てれてれと剣を引っ提げて俺は歩く。
歩く歩く歩く………?
「えっと………」
かりかりと頭を掻きながら歩いたり、早足になってみたり、床を見ながら、壁を見ながら、はたまた天井見ながら歩いてはいる。
けど、だ。
歩けども歩けども、奴らはいない。
「どこに行ったんだ?」
逃げてく姿は見たけど、そこまで素早い動きでもなかったのになぁと思うが、いないものは、いない。
けど、どっかにはいるはずってことも分かる。
だってさ~、今回のお願い事は“風邪を治す”ことだからね。
たぶん、病魔を一掃しないと俺は“ここ”から出られないと思うんだよね。
……思うだけだけど。
ってか、場所すらわかんないからそう思ってないと怖すぎる。
これで、自力で脱出して帰れとか彼の御仁方から言われた、イヤすぎるって!
俺はその想像を頭を振って追いだし、早足っていうか、もう走るぞ!
走って探して、さっさと一掃して帰りたい!
何時間とかならまだしも、何十時間とか何日もここにとかだったらどうしよ~。
そしたら、怒られる!
上のとかより、あの恐い同僚に怒られるのが………
イーーーーーヤーーーーーー
さっさと、帰ろう!
さくさく、帰ろう!
あいつらを一掃して、帰らないとヤバイ!!!!
ビリビリがくる~~~!!!!
杖を持った悪魔が、俺の真後ろに~~~~!!!!
ヒィーーっとちょっとばかり焦燥感に駆られながら、俺は走る。
走る走る走る!
額と背中を伝う汗は、冷汗じゃなくて普通の汗だと思いたい!!
そんなこんなで、全力疾走した先で、俺はポカンと口を開けた。
決して、口が閉められないぐらい疲れているから、間抜け面して開けてるわけじゃない。
ただ、驚いて開いた口が塞がらないだけだ。
いま、俺の目の前には追いかけていた奴ら(?)がいる。
奴ら(?)って“?”をつけたのにはもちろん理由がある。
それは、
「いつの間に成長ってか、合体? したのかね~?」
ぼけっと目を上に向け、下に向け、ついでに左右にも向けてみた。
そこには、縦にも横にも立派に成長した? ≪奴≫がいたのだ。
あえてここは、≪奴≫って単体で言わせてもらう。
だってさー、こいつしかいないんだよなぁ。
後ろにいるのかもしれないけど、いまんとこ見えないから単体って思ってもいいんじゃないかな。
これって、やっぱあの小さいのが寄り集まって、合体した結果なのかな?
っていう推測は外れていないはずだ。
色はぐちゃぐちゃに混ざって、さらに気色悪いことになってるし、顔が数秒おきにころころと変わっているし。声はもう混ざりすぎて何が何だか分からないが……
ま、いっか。
「さっさと終わらそ」
そんで、さっさと帰ろう。
俺は剣を握りなおして、気色悪い巨大不定形生物を見上げた。
「よし!」
小さく気合いを入れて、俺は剣を掴む手にさらに力を込めた。
気合いなんて、普段はしない。
剣をゆっくりと、真剣に構えるなんてこともしたことがない。
けど、
さすがに、気合い入れないと見れないって。。。
目の前には、世にもおぞましい色をした超気色悪い物体。
しかも、俺の背丈の3倍はあろうかという巨大な不定形物体がいるのだ。
気合いでも入れないと、あまりの気持ち悪さに吐き気を堪え切れない。
ちっちゃかった頃が懐かしいよ。
なんで、こんなになっちゃったのかね?
泣いちゃうよ? 俺。
これで、腐臭とかを放ってたら、ほんとに泣けてたかもしれないな。
とか思いがら、俺はジリっとすり足で間合いを測る。
思い出すのは、俺に「剣術を教えて進ぜよう」とかなんとかふざけた口調で、ぺらぺらと講釈を始めた誰かさんのこと。
あのときは、暇だから付き合ってやるかと聞いてやっただけだったが、それがこんなとこで役に立つとは………
「「「「シク「「「ガオガ「「「ケタケタ「「「フンフン」」」」」
何が何だかわからない声は、シャットアウト!
聞くのは自分のどくどくとなっている鼓動の音だけ。
ドキドキとちょっと早かった音が、次第にドクドク、トクトクと緩やかになっていく。
深すぎず、浅すぎず。
俺のいつも通りの呼吸を意識して、今度は呼吸を深くしていく。
静かに深く。身体中に行き渡らせて、力に変える。
熱い鼓動と深い呼吸。
陶酔せずに平常心。
剣は俺。俺の手。
だから、剣は自由自在に動く俺自身。
ゆっくりと静かに構え、ふっと軽く息をついた俺は、自分から奴に向かう。
そして、
ピッカッ!!
「「「「きょわきょわ、ぎゅわぎゅわ、ぎょわぎょわ、ぐぎょぉぉぉぉ~~~」」」
強烈な光が瞬いた。
そんで、思わず目をつむったら
「あれ?」
世にも奇妙な断末魔をあげ、病魔は一掃されましたとさ。
ただし、
「まだ、何にもしてないんだけど……」
俺は剣を構えたままの格好から、すとんっと剣を下げた。
あれだけ真剣に、誰かさんの言うこと通り、忠実にやってみようっかな~とか思って、ちょっとがんばってみたのに!!
せっかくがんばってみようとか思ったのに!
似合わないことに真剣になった俺が、馬鹿みたいじゃないか!
俺は、く~っと袖で目元を拭った。
目から水なんか出てなかったけど。
雰囲気、雰囲気。
ちょっと空ぶった感のある俺自身を慰めるためには、めちゃくちゃ必要だったんだよ!
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