什、俺と不本意な結末
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
一心に思うものの、俺の願いは御仁方次第。
だからして、どんなにこの場から離れたい、帰りたいと思ったところで、御仁方に何とかしてもらえないとどうしようもない。
なんたって、ここは御仁方の空間だ。
現実と切り離された空間であるからして、“普通”でしかない俺にどうすることもできず。
つまるところ、帰りたくとも帰れず、どんなにこの場から離れたくとも、ちっとも御仁方から距離を取れないということであって、
「…………」
この意味不明な状況から逃げることができないということだ。
<どうなるのかしら、これ?>
<新種が誕生するのか?>
<はは、楽しみよの~>
俺と御仁方の間に依然としてある物体は、現在ぐらぐらと右に左に揺れている。
何かがたまごだか、繭だかの中で身じろぎしているようだ。
そして、その揺れに合わせるかのように、ちかちかと点滅している。
何が出てくるかは、わからない。
なんせ、御仁方からして分かってないっぽいし。
新種とかって一体……
御仁方が見守る中、謎の物体はさらに激しく揺れ、忙しく点滅を繰り返す。
ゆらゆら、ぐらぐら。
ちかちか、ちちちちっ。
何か、爆発寸前の爆弾みたいになってきて、非常に怖い。
もしや、ここにいたら危険なんじゃ……
先ほどよりも更に激しい揺れと明滅に、俺の血の気がさっと引いていく。
やばい感じがするのだ。
激しく、アブナイ感じが漂ってきている。
そして、
ドン!!!
「うわっっっっっ」
咄嗟にしゃがむ。
爆風が体に激突するが、縮こまって何とか耐える。
その頭上を何かがヒュンヒュンと通り過ぎていく音がした。
爆風が収まって後ろを向けば、遥か彼方に飛んでいく『何か』があるが、すぐに消えた。
おそらく視界で捉えきれないほど、遠くへと飛んでいったのだろう。
未だに空気を切り裂いている音がする、『何か』が。
「…………」
こわっ!
めちゃくちゃ、コワッ
何それ?
俺、しゃがまなかったら『THE END』じゃない?
俺の人生、幕下ろしだよ?
そんな九死に一生を得た俺は、蒼褪めた顔で前を向き、御仁方に一言モノ申そうと思ったわけだが、
「…………………?」
ぽかんと空いた口が塞がらなかった。
あの日、あのときのことを思い出しながら、一筆。
「俺の平穏はどこにいったのか?」
この疑問はいつになったら解けるのだろう。
御仁方からの“お願いごと”を訊き続ける限り、解けない問題なのか。
そして、御仁方の“お願いごと”を聞いてくれる人(と言う名の生贄?)が現れるまで俺は……
ツーっと俺の目から流れる水。
これは当然、
「お前は、なにを、やってんだーーーーーーー」
怒りの血涙だ!
今、俺の眼前には荒れ果てた一室がある。
机やタンスは横倒しになり、至る所に服やら本やら小物やらが散乱している。
さながら泥棒にでも入られたかの如く、いやそれ以上に荒らされている。
その証拠にほら、
「そのベッドを降ろせ! 包丁を部屋の中で振り回すな! モノを玩具にするんじゃね~~~~」
隣の寝室にあるはずのベッドが空中で高速回転。
キッチンに仕舞っていた何本もの包丁や食器、ペンとか本とか食材とか、あらゆるモノがぶんぶんと唸りを上げて飛び交っている。
何ですか、このカオス。
うきゃうきゃ笑う、このカオスを作り出している元凶を睨み、俺は骨を軋ませるが如く拳を握りしめる。
煮えたぎる怒りで、頭の血管が千切れそうだ。
ぎりっと握りしめた拳を構える。
そして、
「さっさと、片付けやがれ!!!」
怒りの右ストレートを、元凶に向かって俺は振りぬいた。
「ぎゃわっっ」
俺の拳はクリーンヒット!
そいつは正義の鉄槌の前に無様に倒れ、顔面から床にキス。
その結果
『ドガッ』
『グサッ』
『がちゃん』
『ぐしゃ』
「………………」
ベッドは床に墜落、包丁が床や壁に突き刺さり、食器は割れ、食材は無残な姿へ変身した。
「…………(涙)」
そのあまりの惨状に、俺はがっくりと膝を着くしかなく、
「俺の平穏を、返してください。
せめて、俺の家の中だけでも……」
もう、勘弁してください。
本心から、心から、切実に思う。
「早く、こいつを引き取ってください」
床にぽたりぽたりと、俺の心からの想いが、小さなシミを作っていき、その元凶はといえば
「おかえりなさい」
拙い言葉で、にっこり笑顔。
「どうかしたの?」
あまつさえ、膝をついて涙する俺を心配げに見上げるのだ。
とことこと、俺の顔面が見える位置に来て!!
「お前のせいだろうが」
あの日、あのとき、俺の目の前で生まれた?存在。
それが、こいつだ。
体長、小指の爪から巨人程度(実際は不明)。いまは30センチといったことろ。
その背には3対の翼が広がり、尖った耳の後ろからも1対の翼を広げている。
天使という存在と、精霊だったはずの謎の羽あり卵が融合した存在。
最早天使でもなく、精霊でもない。
人格は融合の結果なのか、リセットされたらしいが、本当のところは不明。
存在自体は神に近しい存在に昇格したらしいが、神ではないらしい。
一番近いのは神獣だとか。
それを聞いたときは、天使よりも神獣の方が格上なんだとか思ったが、
<神獣といえども、ピンキリよ。天使より上もあれば下もあるのよ>
とかなんとか。
まぁ、その辺の序列を知りたいわけではないので、丁重に詳しいお話は御遠慮した。
暇なら触りぐらいなら聞いていたかもしれないが、その時は無理だった。
なんせ、俺の身に大問題が起こっていたからだ。
「わたし なにかした?」
そう、いま俺を見上げている、こいつのせいだ。
インプリティングと言えばわかるだろうか?
御仁方を見るより先に俺を見たこいつが、すっかり俺を親だと勘違い、みたいな感じになったらしい。
目の前にいたというただそれだけで、俺に張り付き、御仁方がどんなに説得してもダメだった。
しまいには
<そのこを連れて帰りなさいな>
<すぐに自立するだろうから、そんなに大変なこともなかろう>
<しばしの間、世話を頼もうかの~>
御仁方は笑いながら、こいつを俺に押し付け、俺が文句を言う前にフェイドアウト。
気付けばこいつを張りつけた状態で、自室に送られていた。
呆然とするしかない。
「それより きょうね わたしね……」
こうして俺は、今日も今日とて涙する俺を無視して話し始める、この部屋を荒らしまくった元凶の相手をしつつ、横倒しの机を所定の位置に戻す。
「話しを聞く前に、ベッドを向こうに置いてこい」
「は~~い」
「本棚とタンスも今朝と同じ位置に」
「は~~い」
重い家具類を元に戻させている間に、床や壁に刺さった包丁を抜き去り、比較的平気そうな服を畳み、ダメそうなのは一か所に。
本や小物も点検しつつ元に戻して、ダメなものはそれぞれ固めて置いて行く。
割れた食器類は放置。
「おわったよ~~」
「これを元に戻したら、話しを聞いてやる」
「やったーーー
すぐにもどすから いっぱいきいてね!」
汚れた服から汚れを消し去り、破れた本や壊れた小物を修繕し、割れた皿を復元。
ついでとばかりに、床でつぶれた食材が時間を巻き戻されているかのように、その姿を取り戻す。
それを横目に、俺はせっせと片付けつつ、ここ最近、妙に慣れてきた状況に俺の目から、またぽろりと涙がこぼれた。
こんなことに慣れる日が来ようとは。
頭が痛い。
目をキラキラさせて話し始める頭痛の種の相手をしつつ、こいつが早々に巣立っていく日を心待ちにするしかない、俺なのだった。
参話、いかがでしたでしょうか? 参話は、これにて<完>となります。
予想外な展開になってしまいました。。。。
一体、どうしてこんな展開になってしまったのでしょう? 不思議です。
それでは、また次話に。