七、俺と任務強制終了?
視界は真白。
焼きついた閃光が遂に俺を呑み込んだのか。
そう思ったのも一瞬。
<大儀であった>
俺の一生は幕を閉じたと意識が遠くなったと思ったら、俺は馴染みの場所にいた。
そのことにちょっと呆けてしまったが、
「これで、任務終了ですね」
すぐに立ち直って視線を上に。
そこには見慣れてはいけないはずの光景がある。
<少しは慌ててくれてもいいのよ~>
<それより、もっと呆けていてもいいぞ。滅多に見れぬしな。>
<それよりもじゃ。感謝感激雨あられ、泣いて妾の胸に飛び込んでもよかろうに>
何ですか。それ。
慌ててもとか、呆けてもはまだしも。
最後のはないでしょ。最後のは。
「どこのどいつがそんな恐ろしいことができるんですか。
そんなことしたら、よくて地上種から天上種に強制チェンジ。運が悪けりゃ魂が昇天するじゃないですか。」
まぁ、あれだ。
この状況ならこれしかないんですよ。
むしろ、こうなってくれないと困る。
俺がいるのは、いつもの如く広がる神聖さあふれる白い空間。
その神聖さを凝縮し、さらに磨きがかかりまくって超然と、そして一層神々しい気配を放出している御仁方の微笑み。
首が痛くなるような大きすぎる姿もいつも通り。
もうなんか、馴染み深い御仁方の姿に密かに安堵の息を吐く。
いつもなら不満の一つも言いたくなる強制移動だが、今度ばかりは助かった。
この空間に呼ばれなければ、今ごろ五体満足どころか、木端微塵になって俺がいたという痕跡すらなくなっていたはずだ。
見慣れた空間、いつも通りの御仁方にこんなに安心する日がこようとは思いもしなかった。
ただ、今日はいつもの見慣れた光景の中に、ちょっとした違和感がある。
「…………磔ですか?」
御仁方と俺の間。
本来なら風を捉えるべく広げられる両翼は、虫の標本のように不自然に広げられ、両手は万歳でもしているかのように上へ。両足はぴったりとくっつけられ微動だにしない。
白い空間に場違いな雰囲気を醸し出しているのはチビこと、最初に会った時からの手のひらサイズではない。
通常形態に戻った一人の天使の姿がそこにはあった。
その気配は共に旅をしていたときとは違い、明らかに巨大な気配をひしひしと感じる。
ついでに、自由の効かない四肢と両翼の代わりのように俺にぶつけられる殺伐とした気配も相当なものだ。
だが、如何せん今にも泣き出しそうな涙目で、しかも若干助けて欲しそうに見られたら全く恐怖なぞ感じはしない。
「しっかり、説教でもされてろ」
寧ろ小言の一つ二つは言ってやりたくなる。
けど、俺はもう何もしませんよ。
小言を言うのも、説教をするのも、教育的指導をするのも、もう俺の仕事ではない。
この空間に呼ばれたのなら、俺の仕事は終わり。
晴れてチビとはさよなら。通常業務に戻るだけだ。
これから先はたっぷりと御仁方に叱られたらいいのさ!
そう、俺は心の底から思っているわけだが…………
<あら? もうこの娘にお説教をしてはくれないの?>
<これから先もばんばん叱ってもらって構わんぞ?>
<寧ろこれから先も指導しろって感じ?>
「いやいやいや。それはないでしょ!!!」
御仁方が衝撃発言をしやがった。
それはないでしょ。マジで勘弁してくださいよ。
「もう、こっから先はイヤですよ。マジでイヤです!
俺、今さっき殺されてるんですよ。しかもそいつの八つ当たりで!!」
本当に今度ばかりは勘弁してくださいよ。
これから先も任務続行とか、俺に何回死ねって?
毎回助けてもらうとかでも、死にかける度に俺の寿命縮むから!
天上界の不始末を俺を使ってなんとかしようとするのも、よしてください!
<ふむ。不始末とな……>
っっっう!
言いすぎたか?
いや、しかしこれは俺の生死を左右する重大事項。
心の中だけじゃなく声に出しても言っとくべきか?
<まぁまぁ~。そんなに気合いを入れなくてもいいわよ~。わたしたちも今回ばかりはね~>
<うむ。不始末というのは正しい>
<おぬしの口から我らに言わずともよいよい。
“心声”と“声”ではおぬしにかかる重さが違う故、おぬしが辛かろう?>
よかった。
俺は御仁方の言葉にほっと息を吐いた。
俺みたいな地上種が天上を突き抜け、絶対的な立場におられる御仁方に対して直接的な非難を口するのは、正直なところ精神的な圧力が半端ないのだ。
普段の軽い感じなら平気だが、いざ覚悟を決めて“ここで”口を開いて非難すればどうなるか?
よくて一週間は昏睡。目覚めても一ヶ月は体の自由が効かない。悪ければそれ以上。
そこまでに至らなくてよかった。
主張は大事だが、一ヶ月近く倒れたらマージナルで仕事できないし。
倒れてる間に退職扱いとかならまだしも、変な方向にいってたらシャレにならん。
神殿関係とか、聖域関連とか。その辺に移動させられたら……
<あら。それもいいわね。>
「いえいえ。よくないですから。神殿とか聖域の連中に、睨まれまくってますし。」
<そうなのか? けしからん奴らよのう~>
<我らがなんとかしてやろうか?>
「いえ。大丈夫です。」
御仁方の何とかするってのは、天罰云々とかになりますよね?
そんな大きな力、天災レベルの話じゃなくなりますから。
しかも、俺が睨まれてるそもそもの原因って…………
っと、何か話がズレたな。
「それで、俺はもうそいつの面倒はみない方向でいいんですよね?」
<うむ。残念じゃがな>
<あなたに頼んだ方がさっさと矯せ……じゃなくて成長するでしょうけどね~>
<なに。後100年、200年かけてじっくりするしかあるまいよ>
ははは、うふふ、ほほほって笑う御仁方。
その笑顔は完璧だ。
しかし……
ああ、あいつ終わったな。。。
中空に蝶の標本よろしく磔されている、元チビの天使見習いはぼたぼたと涙を落としている。
蒼褪め、血の気が引いた顔を滑り落ちる水滴は留まることを知らない。
涙腺が壊れているんじゃないかという勢いで、滝のように流れている。
その姿は哀れを誘うが……
うん。俺は同情なんかしないし、憐れんだりもしないぞ。
あいつは自業自得だ。
それに、自分のためだけに流している涙なんて、なにかを思う価値がない。
勝手に泣いて、泣いて、泣いて、泣き続けるがいいさ。
願わくばこの先何十年もそうしてくれても構わない。
そうすれば、俺が生きてるうちは地上に降りてきたりはしないだろうしな。
冷たいと思われようが、非道だと思われようが構わない。
俺は7日間行動を共にしたチビを見上げながら、心から思うんだ。
どうか、二度と俺の前に現れたりしませんように。
そして、地上に降りてきませんように
ってな。
偶然にしろ故意にしろ、死にそうな目に遭うのもどうだろうとは思うが、まだ何とか対処する。
けど、見習いといえども天使は天使。
その膨大な力を殺意のあるなしに関わらず向けられるなんて、もう無理。
癒しとか慈悲の力なら構わないが、あいつはそんな力を向けたりしない。
向けるとしたら破壊の力。
そんな危険な奴には、もう二度と遭遇したくはないよ。
多少性格が改善されようが、あいつの本質はそうそう変わりはしないだろうし。
上辺が殊勝になってようが、気に入らないことがあったらさっきみたいに爆発。
八つ当たりで殺されるなんて、冗談じゃない。
地上の平和のためにも、俺の平穏のためにもぜひとも降りてきませんように。
そう真剣に願いながら、俺は御仁方の微笑みに涙する元チビに、氷点下の視線を向けるのだった。