六、俺と暴虐の天使?
結果的に言うと、『盗まれた魔法』は俺が回収する羽目になった。
「お前、それでも人の上位種の天使なの?」
ほんの数時間前、俺を見下していた天使様ことチビを、今度は逆に俺が憐れみを目に見下している。
何故こんなことになったのか。
それにはこんなわけがある。
俺の教育的指導で目を潤ませていたチビだったが、指導が終わればそれまで。
すぐさま涙をひっこめ、いつもの如くの態度。つまり、上位種らしい高圧的な態度に戻った。
<あなたができないなら、しょうがないですね! そこで私の勇士でも見ていらっしゃい>
とかなんとか胸を張って宣言。
すい~~~~っと浮き上がったチビは、至極簡単にピカピカ光っている水晶の元まで到達した。
それ自体はいいと思うのだが、虚勢を張っているとありありとわかる後ろ姿に俺は関心半分、呆れ半分でやれやれと首を振った。
これが虚勢のままなら可愛いもんだけどね。
<ふんっ>
痛みに涙し、あっさりと謝っていたかと思えば、もうこれだ。
上位種としての自尊心は天上知らず。
自分より遥かに劣る種族に泣かされたことは、すでにチビの中では終わったこと、もしくは「なかった」ことになっているのだろう。
その証拠に、振り返って鼻を鳴らしたチビの瞳は、思いっきり俺を見下していた。
その視線にむっとはするが、そのことは脇に置いておこう。
ここで言うことはただ一つ。
チビの余裕は所詮ここまで。
そっから先が問題だったのだ。
<えっ? ウソ!!!>
驚愕の声がチビから零れた。
チビの小さな手が水晶に手を伸ばされ、水晶に触れる。
その瞬間、バシッと火花が散った。
何事かと見れば、水晶の周囲には保護結果が張られているようだ。
チビも気付いていたようだが、保護結界を舐めていたのだろう。
思いのほか堅く、強固な結界に阻まれている状況に素直すぎるぐらい素直に反応している。
<なんでなんでなんで~~~~~>
そんでもって、あんまりにも手ごわい結界に挑み始めて数分で半泣き状態。
それからぼんやりと俺はわ~わ~喚きながらパチパチ、バチバチと火花を散らしているチビを見ていたのだが。
厭きた。
ここまでの道のりで溜まりに溜まった疲れもあったのだが、それよりもとにかく厭きた。
ということで、光苔が密集している地面に座りこんだ。
おお。いいね~~
光苔は思いのほかふっくらとしていて、疲れた体には心地いい。
上等なベッドとまではいかなくても、安宿のベッドよりは遥かに柔らかかった。
光ってるっていっても目に優しい光加減もgood!
ぽふっと寝転がれば、あくびが止まらず、俺はその衝動に逆らうことなく
「おやすみなさ~い」
今や泣きながら水晶に挑んでいるチビを尻目に、目をつむり健やかな眠りの世界へと旅立った。
ああ、ほんとにいい気持ちだわ。
この光苔、持って帰ろうかなとか思いながら。
…………… 数時間後 ……………
<うわ~~~~~ん。起きてよ~~~~~>
耳元であんまり五月蠅い泣き声を聞かされ、俺は心地いい夢の世界から蹴り出された。
不機嫌顔で横を向けば、涙でぐちゃぐちゃの顔をしたチビのドアップ。
事情は聞くまでもないが、俺は不機嫌顔のまま一応聞いておく。
「なんだ?」
<あれ、あれ~~~~>
指差す先は例の水晶だ。
水晶は依然として不自然に光り輝いていた。
<あっ、あれが~~~~ とっ、とれ、ない、よ~~~~~>
わんわんと泣きながら、必死に言い募る姿は最早上位種の天使の姿ではない。
ただの子どもだ。
子どもが出来ないことに癇癪を起して泣いている姿にしか見えない。
<あれ、あれが~>とか<取れない、取れない>と泣きじゃくる姿を見ると、こいつ本当に500歳なのだろうかと疑いたくなる。
いくら長命種であろうとも、俺よりも数十倍も長く生きている癖に、何故に泣き方は幼児なんだか?
寝起きの不機嫌も呆れに変わるぐらい珍妙な姿に、俺はただため息しか出てこなかった。
「よっと。これでいいか?」
不自然な光り方をしていた水晶を片手に、チビの前に差す俺。
あれからすぐに、「取りあえずやってみるから」と泣きわめくチビを宥めたわけだが、意外や意外。
チビに俺を浮かせるために術をかけさせ、水晶に近づくとポロリと勝手に落ちてきた。
しかも、ご丁寧に保護結界ごと。
<…………>
「おい。お~~~い、起きてるか?」
すんなり片手に収まった水晶を手に、浮遊術をかけてもらって1分と経たずに戻ってきた俺に、チビはぽかんと目を開けたまま固まっている。
チビの前でひらひらと手を振ってみるが、無反応。
回収できたよ~。よかったね~これで帰れるからね~と幼い子どもに言うように……
まぁなんだ。完全にからかい口調で言っても無反応。
こりゃ、どうしたもんかね?
なんて思いつつ、これで俺の任務は終了。
これで、やっと帰れる。
けど、こっからどうやって帰るかな~とかなんとか考えていれば、か細い声が耳に入った。
<…………なんで>
「うん?」
聞こえないな……なんて思って、訊き返すんじゃなかった。
<なんで、あっさり、取れるのよ~~~>
耳にキ―――ンと来る甲高い声が、凶器となって俺の頭蓋を揺さぶった。
痛い!!
ひたすら、痛い!!!
どっから声を出してんだよ?
やっぱりお前は天使よりも悪魔向きなんじゃないか?
癒しの声とか、天上の調べとか天使の声は言われてるのに、お前のそれは凶悪だぞ。
他の天使たちと造りが違うんじゃないのか? 色々と。
チビの凶器のせいで、耳鳴りと頭痛。貧血時のように白んだ視界に、ふらつく体が回復するまでには、若干の時間が必要だった。
この仕打ちにどうしてくれようか!
なんて俺は思っていたわけなのだが、何とか全ての症状が回復に向かった時には、チビは俺の足元にべったりと座り込んで
<ひどいよ~~~~いじめだよ~~~~~なんで~~~~~>
わけのわからんことを言いながら泣きじゃくっていた。
対する俺は最早怒る気力すら湧いてこない。
「なんでって言われてもな~」
そりゃ、御仁方に聞いたらいいんじゃないか? と俺は言いたい。
言ったら御仁方に何か言われそうだから言わないけどさ。
さて、これから俺はどうしたらいいんだろうね?
泣きわめいているチビは、今俺が何を言ったところで聞きゃしない……というよりも、聞こえはしないだろう。
泣いているのに精一杯で、外の音には無反応。
待つか。
仕方がないが、俺には待つしかどうしようもない。
片手に収まっている水晶を眺めながら、俺はさっきまで寝床にしていた光苔のベッドにどかっと座って待つことにしようと、チビに背を向けた。
それが、間違いだった。
<赦・せ・な~~~~~~い>
「は?」
声に振り返れば、俺の後ろから凶悪な閃光が一瞬にして放たれていた。
その圧倒的な力は、たかだが脆弱なヒト種に向けるには過剰な光条。
死の光線が視界を埋め尽くし、俺へと一直線に向かっていた。
「そんなバカな」
今、著しく能力が制限されているチビから放出できるレベルの力ではない。
俺の否定したい心とは裏腹に、どこをどうしたら可能にしたのか。
純然たる破滅を呼ぶ音が確かに俺へと迫ってきていた。
迫る光はさながら夜闇を切り裂く一条の朝日のように美しいが、それは暴虐の光。
現に俺とチビとの間にあったわずかな距離を、光苔を瞬間的に無に帰すどころか、その下の堅い地面さえも消滅させ、ついでとばかりに巨大な水晶を巻き添えにして破壊の限りを尽くしている。
そんなばかな……
たかだか水晶に閉じ込められた魔法ごときに、何故こんな即死レベルを遥かに超えた力を振るわれているんだ?
なぜ、俺がこんな目に遭っているんだ?
そもそも俺、全く悪くないのに……
なんで?
死の光線が到達する数瞬で色々疑問は浮かぶ。
だが、最早俺にはどうしようもない。
この状況をなんとかできる起死回生のアイテムがあるわけでも、これを避けられるだけの身体能力も、力もない。
俺は普通の人間なわけだから、この先に待ち構えるのなんてただ一つしかない。
「恨みますよ……」
ただし、結果の先で待っているだろう御仁方には、たっぷりと愚痴りますけどね。
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