四、俺と本当の依頼【後編】
<あの天使は今年で500になり、大人の仲間入りをするのだがな……>
そうして語り始めたのはチビについて。
<ただね~なんというか……ね~>
<うむ。なんというかだな~>
けれど、いつも余裕綽々、悠然と語りかける御仁方の歯切れがどうもよくない。
朗らかでいて、覇気のある気配はいつも通りといっちゃ~、いつも通りだが、なんとなく気配が弱い感じがする。
そんな雰囲気を受けたら、なんとなく警戒心も湧いてくるって。
聞きたくない!
いや、聞いたらダメだ!
心の中でそう俺が強く思っても、まぁ、結局は俺に拒否権なんかないんだけどね。
その証拠にほら。
御仁方は俺の心の裡を知ろうが、お構いなし。
お互いをちらちらと見て、誰が話すのかを擦り付け合ってたりする。
そんな姿を見りゃ~
「余計、こっちは不安になるんですけど……」
ぼそっと主張した俺の声は、やっぱり御仁方には無視されましたよ。
ええ、見事なまでにね!!
そうして、待つこと暫し。
<あのこに先導されて、どうだった?>
結局誰が言うのか決着が着かなかったのか、こっちに御仁方は視線を向けた。
そんで、俺はというと……
どうだったかって、ね~
「正直、何度死ぬかと思ったことか。
殺されるんじゃないかって本気で思いましたよ。」
ええ、ほんとにひどかった。
藪に入れば身の丈十数メートルはあろうかという巨大蛇に丸のみされそうになるわ、巨大雀蜂の大群に追いかけられるだけでも死にそうなのに、殺人蜜蜂の大群にまで追いかけられたら、普通に死ねるだろ!
子育て真っ最中の森熊に引っ掻かれそうになり、狩人狼に飛びかかられそうにって湖に入れば、水生吸血蛭が大挙して襲ってくるし。
挙句の果てには滝に真っ逆さままだ。
こう考えると、よく生きていられたもんだと自分を褒めてやりたい!
<今回ばかりは、申し訳ないわね~>
つらつらと地獄の2日間を思い出していたところ、御仁方の気まずげな謝罪が届いて俺は大きく目を見開いた。
え? 何で驚いてるかって?
だって聞こえただろ?
御仁方が、“申し訳ない”なんて、口にしたんだぜ!
驚いてもしょうがないだろう~が。
たかだが、人間なんかに御仁方が口先だけでも謝罪なんて!
これが、平静で聞けるわけがない。
<今回ばかりは、しょうがないのよ~>
そんな驚きまくりの俺に、ほほほっと艶やかに笑いながらも、語気は弱い。
本当に、今回は何なんだろうか?
俺がますます首を傾げ、これから何を言い渡されるか身を強張らせたのは当然なんじゃないかと思うんだが、どうだろうか?
<あの娘ったら、上の言うことは聞くけどそれ以外は全然ダメ>
<自分がしたくないことはやらないでは、これから先が不安での~>
「具体的には?」
<あなたが体験してるでしょ~>
<導き手であるはずなのに、ちっとも導く気がないとしか思えん行動だったろう?>
<さっきお主が言った通り、これでは天使として人を導くのではのうて、人死にの天使になろうの~。“死の導き手”という天使の誕生にはなろうがな~>
困った困ったって、ちょっと!
シャレにならないですって!!
ここ2日間のザ・地獄体験ツアーをして、導き手?
いや、確かに“死の導き手”だったらしっくりきますけど、それ天使じゃなくて死を司る神の仕事ですから!
っていうより、寧ろ悪魔だ。あれは人を破滅に追いやる小悪魔の所業だ!
神様サイドから、悪魔サイドにでも転属させるんですか?
前代未聞ですよ?
<そうさせないために、お主にお願いをしたいのじゃ>
ようは、新米天使の実地訓練&指導教官を勤めろと?
御仁方から言い渡された本当の“お願いごと”を総合すると、そうして欲しいらしい。
それに思い当った瞬間、ぽかんと大口を開けてバカ面を曝してしまったが、俺がそんな間抜けを曝したのはしょうがないと思う。
御仁方よ、尊い貴方がたが何故に人間、しかも魔法師でも魔術師でも魔道師でもない、“普通”が取り柄の俺にそんなモノをさせようとするんです?
怪訝&やだやだオーラを若干出してみる。
いや、だってね~。
今回のは死と隣合わせで、安らぐ時間がないんだよね。
御仁方のお願いでも今回ばかりは遠慮したい。
話を聞く限り、俺の手に負えるような性格じゃなさそうだし。
死神代行……寧ろ小悪魔? みたいな奴に行く先を導かれたら、それこそいつ本物の死の神様や悪魔とご対面するか、わかったもんじゃない。
この2日間の地獄体験ツアーから、普通の道をいつどんな時でも、いかなる場合においても選択させて歩かせることができるようになるまで、なんて。
どんだけ大変で、無謀なことか……
チビの上司も御仁方もできなかったことに、俺を挑戦させないでくださいよ!
そんな感じで久方ぶりに、本気で断りをいれたんだけど……
そんな真剣な目でじ~っと見続けるのはやめてください!
なんで、うんともすんとも言ってくれないんですか!
いや、ほんとそろそろ勘弁してくれません?
背筋が凍りつきますから!
『ピキッ!!!』
ひ~~~!!
いま、ピキっていった! ピキって~~~
背骨が変な音出し始めてる~~
「やります! やればいいんでしょ!」
もう、ヤケクソで言い放ったとたん、
<期待しているわ~>
<びしばし、やっておくれ>
<手加減は無用! 好きにしてくれて構わぬからな!>
よろしく~と声を響かせ、御仁方は去って行った。
もう、清々しいくらい爽やかな風を俺に吹き付けながら。
最後に御仁方が風にまぎれて
<あの娘の権限は制限してあるわ>
<お主には逆らえぬようにもしておいたぞ~>
そんなちょっぴりの優しさがなければ、俺はきっと絶望の中で息絶えていたかもしれない。