参、僕と秘密の湖【前編】
僕の住んでいる町は、なんの変哲もない田舎町なんだけど、たったひとつだけ自慢できるところがある。
だけど、それは町の外には秘密なんだってさ。
こんなにきれいなら、観光名所にでもすればいいのに。
「そしたら、僕も………」
お金持ちになれるかもしれないのに……って言葉は呑み込んだ。
代わりに「はぁ~」と細ーく息を吐いて、ゆるゆると首を振った。
観光名所にして、何をするっていうんだか。
あそこが観光名所になったぐらいで、僕がすぐに金持ちになれるわけないだろうし。
というより、僕が何かする前に大人たちがアレコレして、結局僕にはお金は入ってこないような……
うん、やっぱりあの場所は秘密にしていた方がいいや。
僕はあっさり、あの場所の観光名所化計画を捨てた。
そして、ぐ~~となる腹を抑えた。
「おなかすいた~~」
僕のつぶやきは森の中に吸い込まれていく。
歩きなれた道を進みながら、僕が向かうのは町の秘密の場所。
もうすぐ見えてくる………
「ああ、やっぱりここはいいな~」
目の前に広がるのは、湖だ。
穏やかな湖面、さわやかな風が通る度に湖面に波紋が立ち、その波紋が僕の足元までやってくる。
形も大きさもどこにでもある湖だと思う。
けど、
「いつ見ても、すっごいきれい。」
ほぅ~~と息を吐いて、見惚れてしまうのはこの湖の色!!
見てよ、この色!!
青色なんかじゃなくて、透き通るエメラルドグリーンの湖が眼前にあれば、感嘆の声の一つも出るのは当然。
しかも、この湖はこれだけじゃないんだ。
風が通り、波紋が立つ度にきらきらと太陽の光を反射して湖面が煌めく。
翡翠やサファイアの煌めきの合間に、紅玉や紫水晶の輝きを放つ様は、湖に宝石が沈んでいるんじゃないかと思わせるほど美しい。
この前見た虹もよかったけど、こっちのきれいさには勝てないな。
僕はこの前夕立の後に架かった七色の虹を思い出した。
見たときは感動したけど、それは滅多に見れないから思ったこと。
きれいさで言えば、断然こっちの方がきれいだし、
――本当に
「本当に宝石みたいだな」
「えっ????」
僕の心の声にぴったりはまったセリフだけど、僕は言ってないよ?
「“情報”通りだけど、こんなところがあったんだ」
慌てて後ろを見るまでもなく、僕の横を通り過ぎていく少年。
年は僕と同じぐらいかな?
っじゃなくて!!!
「よそ者!!」
町の秘密の場所に町民以外がいる。
大問題だ。
こんなところを誰かに見られたら……
さーーって血の気が引いた。
町の秘密をばらしたって思われる!!!
それはやばい!
めちゃくちゃやばい!!
母さんに怒られ、父さんには殴られるかも。
みんなにも色々言われるかもだし………
これから起こることは、最悪なことしか浮かばない。
やばいやばいやばい
ひたすら頭の中でループする言葉に押されて、「うわぁっっ」って声も無視して、僕は男の子の腕を引っ張って森の中へと駆け出した。
「いきなり、何するんだよ!!」
掴んでいた手を振りほどかれて、怒った顔が僕の目の前にある。
「お前が悪いんだ!どうして、あそこに来たんだ!
誰に教えられたのか言えよ!!!!」
対する僕も怒っている。
だってそうだろう!
秘密の場所にこいつが来たのが悪いんだから!
一体誰に聞いてやってきたって言うんだろう?
言ったヤツ、絶対とっちめてやる。
ひょろひょろで、悲しいことにひ弱なことを認めざる負えない僕が、出来るかどうかはわからないけど……意気込みは大切だと思う。
うん。きっと、大切だよね?
簡単に振りほどかれた手を見て、ちょっと悲しくなりながらも僕は怒っていた。
そんな僕に、目の前のこいつはやれやれと言いたげに肩をすくめた。
「誰に教えられたかなんて、別にどうでもいいだろ。」
「よくないよ! あそこは秘密の場所なんだ! よそ者が来ていいとこじゃない!!」
「なんで? あの湖がなに?
あの湖は君のものでも、町のものでもなんでもないだろ?」
「町のものだよ!! よそ者が来ていいとこなんかじゃない!」
「なにそれ? 町の近くにあるだけで、町のものなの?
確か、この町の領地にこの森は入ってなかったはずだけど……
この町は勝手に町のものにしてるの? それとも国が黙認してるってこと?」
言われて僕は言葉に詰まった。
町の近くにあれば、町のもの。
町のすぐそばにあるから、単純にこの森も湖も町のだって思ってただけで、僕は町の領地とかそんなこと考えたこともなかった。
いきなりそんなことを言われても………
答えられない僕は、ただ口をぱくぱくとしているしかなかった。
「それに、さっきよそ者が来ちゃいけないとか言ってたけどさ。
それを言うなら、俺じゃなくてお前の方じゃないの?」
「はぁ?」
「すっごい不機嫌そうだったじゃん。」
あれはあれで綺麗だったけどさ~と言いながら腕を組んで頷いているこいつに、僕は思った。
変なヤツにからんじゃったのかもしれない。
僕は自然と距離を取るように数歩下がった。
その間、こいつはぶつぶつと「機嫌とるの大変そう」とか「どうやって説得しようかな」とか言っていたけど、急に頭を押さえて
「ほんとに、面倒なことばっか。俺は一般人なのに、ひどすぎる!」
嘆いて髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、こっちを見た。
目と目が合った瞬間、どきっとしてじわじわと下がっていた足が止まった。
視線が外せなくて戸惑ったけど、すぐに視線が逸れ、僕の斜め後ろに向いたその目が、大きく見開かれた。
何か、いる?
町の近くにある森のため、この森には大きな獣はいない。
見かける獣の中で大きな獣と言えば、せいぜい兎とか狐ぐらい。
だから、後ろに熊みたいに大きな獣が現れたとかは思わなかった。
けど、珍しい色をした鳥なら?
そう思って僕もその目線の先を見たけど、そこには何もなかった。
何にもないやってちょっと落胆しながら前を向いたら、目を細くして薄く笑っている顔があった。
なに?
その顔、怖いんだけど。
ジリっとまた下がり始めた僕の腕が、ガシッと今度は掴まれた。
ヒィッと喉が鳴った僕に、薄笑いを浮かべたこいつは
「お前にいいもの見せてやるよ」
一言投げつけて、ぐいぐいとさっき僕たちが辿ってきた道を戻り始めたのだった。
こうして、僕と俺は出逢ったのでした。。。
後編に続く。