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グレイシアシリーズ

不敬にも程がある

作者: ひよこ1号

レナト視点です

レナト・アーバンは天才と言われていた。

家族にも教師にも言われたし、言われた事は何でも覚えた上で応用も出来る。

何だかつまらないな、と5歳にして人生を舐めてかかっていた。

そんな中、アーバン伯爵家の主家筋にあたるアドモンテ公爵家に連れて行かれ、同じ歳のグレイシア公女と出会ったのである。

キラキラと陽の光を集めた様に輝く金髪に、ミルクのような白い肌、夜空色の瞳は冴え冴えとしていて美しい。

美しいだけなら人形でもいいじゃないか、とその時は思っていた。


「最近、娘が盤上遊戯に熱心でね。君の噂を聞いたから呼び寄せたんだよ」

「そうですか。勝負になると良いですが」


謙遜なのか不遜な態度なのか、見極めるように見つめてから、公爵は低く笑った。


「そう、願うよ」


どちらともとれる返事を返されて、公女と向かい合う。

そして、惨敗した。


「………は、……」


息を忘れる程、のめり込んでいた事に気が付いて、目を上げれば、美しい人形が冷たい微笑みを浮かべた。


「手加減なさらなくて、宜しいのよ」


それは、完全にレナトを煽る言葉で、ゾクリと身体が震えるのを感じた。

恋に落ちたのだと分かったのは、大分後だったが、執着は既にその時から始まったのだ。


「じゃあ、もう一度」

「ええ」


向かい合って、駒を動かす。


一体何手先まで読んでいるのだろう?


最適解を導き出していくが、するりと躱され、気が付くとまた負けている。


「もう、結構です。今の僕では貴女に勝てない」

「そう。潔いのね」


ああ、その澄ました顔を歪ませられたら、どんなに愉しいだろうか。


レナトの妙な視線を受けて、グレイシアはとっ、と軽い音を立てて椅子から降りた。


「お庭を案内いたしましょう」


差し出された小さな手を取り、レナトは深く頭を下げる。

庭を散歩しながら、あちらこちらにある花壇の花の説明を美しく可愛らしい声で謡うように続ける横顔を見ていた。

ふと、その土の上に毛の長い毛虫を見つけて、こっそりと手の内に隠す。


これを渡したら、どんな顔を見せるかな?


軽い気持ちで、レナトは言った。


「君にあげたい物があるから手を出して」

「ええ」


振り返ったグレイシアは、手を出さずにレナトの手を上向きに捻ると上と下から掌で包んで圧し潰した。

毛虫の棘が刺さり、激痛に顔を歪めたレナトを見て、グレイシアは微笑む。


「これが、あなたへのお返しよ」


見抜かれた上に、手痛いしっぺ返しを食らったのである。

しかも、何事も無かった様に侍女に命じた。


「アーバン伯爵令息が怪我をしたわ。手当をしてあげて頂戴」


毛虫の命など何とも思わない。

多分、その責を負うのは捕まえたレナトだと断ずる人間なのだ。

掌を上に向けたのは意表を突く為だけではない。

誤って手を開いてしまえば、彼女の手が傷つくからだ。

自分の身を守りながら、最大限の攻撃をする手腕に心が高鳴る。


毛虫の棘は手のひら中にささり、酷い水膨れになる。

皮膚を突き破って出来た傷からは体液が入り込み、消毒をしたものの幼いレナトは熱を出してしまった。

薬を与えられたが、一晩公爵邸に留まる事になったのである。


痛みも恐怖も何もかも初めてで。

なのに怖さよりも愛しさが沸き上がってきて、レナトは熱にうなされながら、グレイシアの姿を追い求めた。


翌朝、熱も引いて目が覚めると、グレイシアが見舞いに訪れた。


「どう?少しは反省なさって?」

「いや、酷いだろう、あの反撃は」

「反撃などしていないでしょう。ただのお仕置きですわ」


ただのお仕置き。


何で嬉しくなったのだろう。

グレイシアがそういう感情を向けてくれる喜びを感じて、レナトは自分に首を傾げた。


「それにわたくし、貴方の命を救ってよ」

「いや、怪我しましたけどね……」


ぷらぷらと包帯を巻いた手を振れば、彼女はふんと鼻を鳴らした。

淑女にしては酷い態度である。


「もし、わたくしが怪我をしたらどうなっていたか分かっていないのね。お父様よりもお兄様達が貴方を許さないわ。優秀なのだから、少しは自分の命に頓着なさい」


ああ、それは大変なところだった。


侍女も侍従もいる場で、子供の悪戯とはいえ、公女の手を傷つけたなら。

優秀な三人の兄が黙っていないだろう。

最悪、死すら与えられるのだと示唆されて、身の引き締まる思いだった。


「助けてくれて有難う。殺されるなら君に殺されたいもんな」

「………」


毛虫をあげたらこんな顔をするだろうか、と思った顔を、目の前でグレイシアが見せてくれた。

レナトは毛虫に勝利したのだ。


「どうやら、貴方は見込み違いのようだわ。もう此処へ来なくて結構よ」

「え?嫌だよ。君に会いたい。最悪君と遊べないなら、敵に回るしかなくなるよ」


ぴたりと動きを止めて、レナトを見たグレイシアの視線は、身体が凍り付くかと思う程冷たかった。

綺麗な人形めいた顔に、殺意の籠った目で見られて、レナトはぞくりと身体に電流が走る。


「だからさ、飼い殺しにしてくれないかな?出来るだけ悪戯は控えるから」


へらりと浮かべた笑顔に、グレイシアははあ、とため息で答える。


嫌だけど仕方がない。

邪魔になったら排除すればいい。


どちらにしても、レナトにとっては嬉しい返事だ。


「わたくしの邪魔をしないのなら、別に良いわ。それに、天才だとしてもただ時間を無駄に過ごしたら、凡才にも劣りますのよ。そうなったら貴方の価値は、損失マイナスでしかなくてよ」


離れて過ごす時間に意味が見いだせず、レナトはあっさりと爵位を継げる後継の立場を弟に譲って、自分はグレイシアと公爵家に仕えるといい、そのまま公爵邸に勝手に住み着いた。

許可は得たけれど、グレイシアは渋々だ。


屋根裏部屋でいいからさ!と言ったら、本当に屋根裏部屋にご案内されたので、有難くそこに住み着いた。

出来ればグレイシアの部屋の真上が良かったが、残念ながらグレイシアの部屋は二階で、屋根裏部屋は三階より上だったので諦めたのである。


グレイシアの三人の兄もそれぞれ優秀で、レナトの存在は気に食わないだろうが、何かをされることはなかった。

優秀であり、グレイシアの物だから、である。

そう考えると。


「え?俺ってシアの所有物?……滾るなぁ!」

「気持ち悪い」


気付かない間に横に立っていたルシャンテが冷たく言う。

帝国へ行ったグレイシアが帰ってきてから、ルシャンテは昔よりも遥かにグレイシアと仲良くなって戻ってきた。

男だったら謀殺してやりたいところだ。


「どうだった?帝国は」

「うん、まあ予想通り。シア様は効果的に一人を犠牲にしたから、令嬢達は皆、誰が仕えるべき相手なのか分かったようだったよ」

「それは重畳」


ああ、あの冷たさを体験出来たのなら、心を掴まれるだろう。


レナトはうんうん、と頷いて、ルシャンテはそれを見てまた眉を顰めた。

うげ、と発したのは気付かないふりをしておく。


「で、王子はどうなのさ」

「うん。馬鹿だね。見てるの楽しい」

「そう、良かった」


何時知ったのか、グレイシアに見抜かれていたレナトの趣味は「馬鹿の観察」である。

だからこそ、帝国に旅立つ前にレナトはレクサス王子の側近として召し上げられて、王城へと通っていた。

当然ながらレナトには帝国に付いてこないで欲しい、という意図もあったと分かっている。

集められた令息達も、それなりに優秀で、それなりに無能という絶妙な塩梅だ。

将来的にも簡単に挿げ替え可能な人物達。

優秀と言えるのはレナトに、護衛として仕えるウスターシュ。

事務仕事においてはアルトー、だが、彼は必要以上の手出しは控えているので底力が見えない。

他は、今後教育次第でどうにでもなるが、敢えてグレイシアは育てる気はないのだろう。

親鳥の運んでくる餌を待って、口を開けているだけの雛はいらないのだ。

最低限の教育は親が用意するが、つきっきりで育てるようなことはない。


それでも、王妃は何とかしようと奮闘していたのだが、もう無理だと悟ったのだろう。

それはそうだ。


王子は自分の為に用意された花園に咲く一番美しい花だけを愛で、他の花達には除草剤をまき散らすような男だ。

回り回ってそれが、どんな風に返ってくるかなど考えもしない。

教えようとしても、結果を突き付けられるまで理解出来ないだろう。

もしかしたら、それでも理解出来ない可能性すら、ある。


少しでも利口なら出来ないそれを、難なくやってのける馬鹿さ加減が見ていて楽しい。

何故崖に向かって楽しく歩いて行けるのか、理解出来ない。

だからこそ、その読めなさが面白いのだ。


でも、楽しんでばかりはいられない。


「そろそろ、俺も本気出さなきゃ、かなぁ」


屋根裏部屋の窓から外を見るのは気持ちがいい。

レナトは風を受けながら、明るい橙の髪をかき乱した。

帝国にいる間の数か月、レナトはグレイシアが何をしていたか知る術はなかったのである。

公爵家の使用人は全て優秀だ。

主人の言葉も行動も決して漏らす事は無い。

ルシャンテも辺境伯令嬢という身分ながら、脳筋ではないのだ。

正直ではあるが、伝えて良い事と悪い事の区別ははっきりつけている。

それに、はっきりと見て取れるほどグレイシアに心酔して戻ってきた。

元々尊敬はしていたが、今や崇拝だ。


「俺だってもう大人だから、シアに酷い事はしないのにな、……多分」


その多分、が悪いのは分かっている。

信用できないが有用ではある駒。


「いや、まだ駄目だ。止めておこう」


がっくりと項垂れて、レナトは呟いた。

グレイシアの行動が逐一分かってしまえば、ちょっかいをかけたくなる。

例えば、王子に見切りをつけたとして、グレイシアの事だから帝国で既に次の結婚相手を見つけているだろう。

下手をすれば代わりの代わりまで。

でもレナトがそれを知れば、帝国の帝位争いに紛れて殺してしまいたい衝動に駆られるのは目に見えていた。

そして、そんな事をすれば犯人に必ず辿り着くのがグレイシアだ。

殺されるのも悪くはないが、彼女が本当に望んでいるのは、もっと崇高なものだと知っている。


大陸を戦禍に呑み込ませたくない。


今、帝国の皇子達の均衡を崩したら、精緻に積み上げたグレイシアの神算鬼謀が無に帰す。

それは決して許されない。

戦争になれば謀略も知略も越えた、力のぶつかり合いになる。

簡単に止める事は出来ないのだから。

破天荒な物語には、一人で一軍を相手にするとか馬鹿な話もあるが、物理的にそれは不可能だ。

逃げながら、地形を利用して葬る事は出来ても、平地で薙倒す事は出来ない。


まあ、出来そうな人もいるけれども。


ぽやん、と頭に浮かんだのはルシャンテの父親の辺境伯だ。

ゴリラの様に大きく、丸太でも武器に持たせたら、十人くらいは一気に吹き飛ばせそうではある。

少なくとも魔法のような便利な物がないこの世界ではそれ以上は無理だ。


いやいや、とレナトは頭を振って、筋肉ダルマの辺境伯の姿を頭から追い払った。

ともかく、人脈作りだけはしておこう、と頭を切り替える。

馬鹿の観察も面白いが、将来の事も見据えて動かないとな、とのんびり寝台に横たわった。



正直なところ、レナトは言いたかった。


「お前らの命、風前の灯なんですけどぉぉぉ??」


って、レクサスやユーグレアスに言いたかった。

言ったうえで、彼らの周りを踊り狂いたかったのだが、我慢したのである。


俺偉い。


レナトは自分を褒め称えた。

言ってしまえば婚約が解消されなくて、グレイシアも困るし、最悪レナトの命も終わってしまう。

思わず、グレイシアに、相談した夜もあった。


「どうしよう……ばらしたくて仕方ないんだけど……」

「そうしたら、貴方はその後のレクサス王子の観察が出来なくなってよ?」


別に、自分の命が軽い訳ではない。

断じてないのだが、あっさりと、お前殺すぞこの野郎、と匂わせておいて、さらに魅力的な餌をぶら下げられたら、飛びつかずにいられなかった。


グレイシア、好き!


帝国に付いていきたかったが、笑顔でばっさり断られたし、馬鹿の観察という名誉職もあるのだ。

趣味と実益を兼ねた仕事なのである。

今日もレナトは適当に仕事に手を抜きつつ、長椅子に横たわりながら王子を揶揄う。


「レクサス王子殿下って、馬鹿ですよね」

「な!?不敬だろう!」

「本当の事ですからねぇ」


ハハハ、と笑えばムッとした顔でレクサスが睨んでくる。


「昔からお前は不敬にも程がある。そろそろ弁えたらどうだ!」

「さあ、どうでしょう。殿下がもっとお利口さんになったらですね」

「だから、お前は!」


ユーグレアス君くらいに現実が見えて大人になって、将来に諦めを持って。

そうして、予想外の動きをしなくなったら、お役御免だ。

あとどれくらい先なのか、流石に馬鹿が相手だと予想はつかない。

レナトは怠惰な溜息を零した。

おりこーさーんはでてこないーばーかが出てくるものがたりっ♪(バカ昔ばなし)

多分レナトは好き嫌い分かれますよね…というキャラです。不幸になる未来しか見えないキャラ。

自滅系ヤンデレ…!

レナト君の未来はさておき、今日はっ!年越しですよ!書いてるのは年越し前ですけど全然っ!

年越しそばは、皆さん何を乗せるのでしょうか。

知りたいです(うずうず)

ひよこは、鴨肉お取り寄せした(去年のやつ…)冷凍庫に眠るやつが活躍して、ネギと鴨肉と柚子のおつゆでつるつるっといきたいと思います。共食いではないです。

来年も!皆様に楽しんで頂けるものをお届けできれば思っていますので、また読みに来て下さると嬉しいです。コメントいつも嬉しいです。ありがとうございます!

良いお年を!!


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― 新着の感想 ―
 前話までのシリーズでよく分からなかったレナトの立ち位置や「馬鹿の観察」という言葉の意味がよく分かる回でした。  なるほど、イヤイヤ期の幼児をドアの前で待たせたいときに 「ここでいい子で待っててね」 …
このシリーズ好きですがこの話は気持ち悪かったです
頭の良い馬鹿か。ざまぁされればいいのに。
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