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道下幽心の心霊奇譚  作者:
第一章 吊られた男
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第七話












 それはズッシリと重く、随分と年季のある青みがかったもので、相当古いのか所々落ち窪み欠損している箇所が目立つ。壺とわかるほど形を保っているのが不思議なほどだ。

 鹿児島にはそれが何かわかるはずもなかったが、幽心は壺の中を見て納得したように頷くと、そのまま黒い手へと返す。


「呪具、ですね。しかも相当古い。元々この地にあった古墳の副葬品でしょうか。石室がちょうどこの位置にあったのなら、異常な霊道の様子も納得できますね。これ、随分と深くに埋まってたのでは? ……とりあえず()()()()へと届けてください。今の世に在ってはいけないものですから」


 それだけ言うと、幽心は壺から目を離して目の前で蠢く男の姿を見やる。

 黒い手に巻き付かれてミノムシのようになった姿はなんとも哀れに思えるが、よくよく見れば黒い手以外にも男の体には幾重にも巻き付いた糸のようなものが存在し、まるで蜘蛛の巣に囚われた蝶のようにも見える。

 その糸の行く先は、間違いなく例の壺へと繋がっていた。


「守り人にさせられたようですね……かわいそうに」


 壺に入っていたのは、風化しつつある真っすぐな剣先らしきものと、同じ素材で作られたであろう金属の人形ひとかたであった。


 幽心はそれを目にして、以前知り合った民俗学の教授の言葉を思い出す。

 死者の黄泉がえりを防ぐために、古墳の埋葬品はあえて壊すことがあるのだと。

 しかし、壺の中に在る物は不自然なほど形を保っている。風化はすれど折れはせず、ただ目的を成すためだけに在り続けるそれらを見て、幽心はこの場所に埋葬されていた人物が何を望んでいたのかを朧げに把握した。

 それと同時に、目の前の男が不運にもその事柄に巻き込まれた哀れな被害者であるということも。


 守り人、それはここに眠る死者の眠りを、不本意に妨げる者たちから守る門番のようなものだ。

 本来であれば、共に埋葬されているであろう者たちがその役目を背負っていたはずである。しかし、その彼らも主自身もこの場にはもう居ない。五郎に渡された資料には古墳に関しての詳細は省かれていたが、当時古墳を壊すにあたって被害が出たという記載はなかった。おそらくきちんと手順を踏んでこの地域を開拓したのだろう。

 この国にはそういう事柄を専門に扱う省が密かに存在する。古墳があるような曰くある土地の開拓とあっては、その省が出ないということはありえない。

 おそらく当時もその省がなにかしら関わっていたのだろう。だから開拓当時に被害が出ることは無かった。

 けれども、開拓後のアフターフォローは万全ではなかったようで、この場で眠りについた者も、守るために命を捧げた者も去り、ただこの土地を犯さんとする者たちから守る仕組みだけが掘り起こされず不自然な形で残り、いつまでも地中深くに存在し続けた。

 目の前の男は、そうしたいわく付きの古い呪具のあるこの土地で不幸な死を迎え、抱いていた負の感情を呪具に利用されて取り込まれ、結果的に主のいない墓守をさせられてしまっている。


『あ、ぁぁぁああぁいやだぁあくるしいぃいぃぃっっ』


 幽心が小さく息を吐くと、真夏にもかかわらず白い息が出る。

 凍り付く室内は窓の向こうに見える鮮やかな景色とは対極にあるようで、色を失い音さえも遠くに行ってしまったかのようだ。

 この世の死を形にしたような空間に、ただ一人幽心だけがいつもと何ら変わらない様子で立っている。

 その端正な顔にわずかながらの悲しみを湛え、吊るされた男が黒い手によってこの地から解放されるのをただ見つめていた。


 黒い手たちが男に群がっては体中に繋がっている糸を強引に引き千切る。

 男の濁った断末魔が部屋中に木霊し、それが見えない波となって室内を揺らした。

 幽心の背後で放心状態だった鹿児島は、その絶叫に潜在的な恐怖を煽られて体を四隅へと押し付け身を丸める。

 逃げたくても逃げられず、ただ自身の存在を悟られぬように息を潜めるしかない鹿児島の様子に、幽心はチラリと視線を向けて穏やかに微笑んだ。










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