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道下幽心の心霊奇譚  作者:
第一章 吊られた男
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第四話











 崩れ落ちた瓦礫がれきを避け、一部屋一部屋を丹念に見て回る。幽心がしていることと言えばそれだけである。

 除霊にありがちな清めの塩を撒いたりお経を唱えたりするようなことは一切なく、彼はただ建物内を歩き回り、時折立ち止まってはしばらく佇み、手帳にメモを取る。

 、そうして隅々まで探索しているだけだ。

 その間にも周囲では様々な異音が鳴り響き、ずしりと粘度のある空気が蛇のように彼らの足元をせわしなく這う。

 鹿児島は未だかつて体験したことのない現象に先ほどまでの飄々とした態度を一変させて、ただただ大人しく幽心の背後に続いていた。


 そして、最後の一室。ちょうど建物の中央にあるオーナーが亡くなったという報告のあった管理部屋へとたどり着くと、今までと同じようにためらいなく扉を開けた。

 一歩中に足を踏み入れると、割れて散乱していたガラス片が靴底にこすれて鈍い音を立てて割れる。どこからともなく漂う線香のような香りと若干の腐臭。入ってすぐに視界に入る色褪せた赤いカーテンが、窓から差し込む夏の日差しに照らされて、薄暗い廃屋の中で妙に鮮烈な印象を与えた。


「……なぁ、幽心さんよ」


「なんですか? 」


「この部屋、なんかやべぇ。前に来た時と全然違う。なんだこれ……俺がおかしくなったんか? 」


「たぶん、僕が居るからだと思います。なんていうんでしょう、どうやらそういう存在には物凄く嫌がられるみたいで」


 幽心が小さな笑みを浮かべつつも、あっけらかんとそう言い放つ。


「嫌がられるって……」


「彼らは()()()()()()()()が怖くて仕方ないみたいなんですよね」


「……? 」


 会話を交わしつつも、その足は躊躇うことなく部屋の隅々まで探索していく。その行動に何の意味があるのか、鹿児島には未だわかっていないものの、幽心の行動を黙って見守ることしか出来ない。

 しばらくして、オーナーが自殺した例の部屋に入る。


「しばらく誰も入れてねぇのに、なんで線香の匂いがするんだ? 前に来た時はこんな匂いしなかったはずなのに」


 鹿児島がスンと鼻を鳴らしながら周囲を見回す。匂いの元を辿るように部屋の中を歩くと、その度に傷んだ床がギシリと嫌な音を立てた。


 オーナーが自殺した当時は夏だったこと、それに発見が遅れたこともあり、部屋の中は随分と悲惨な状態だったと聞く。

 このアパートで起きた心霊騒動が地域で随分と有名になり、面白がった者たちが周辺をうろついたり敷地に侵入しようとしたりと治安が悪くなった結果、アパートの入居者は次々と転居してしまった。

 発見が遅れた一因は確かにそれだろうが、何よりも彼のことを誰も探そうとはしていなかったようだ。

 彼が事業に失敗して成功者から一気に奈落へと転落すると一様に彼を拒絶し突き放した。

 そうして親しくしている者たちは離れ、多額の負債に巻き込まれたくはないと周囲は彼との交流を拒んだのだ。

 この土地を売るにしても曰くがついて回り負債の足しにすらならない。そうして全てに絶望して、彼はここで息絶えた。

 数年経っているとはいえ、部屋の中央には不自然な黒いシミが今もなお残っており、それを見れば当時の生々しさが容易に想像できてしまう。


 雨風が窓から入るせいで建物の傷みが酷く、建物内には庭から入り込んだ蔦が瓦礫を絡めとるように成長している。壁紙などとうに朽ちて床に落ち、穴の開いた壁から外が見えてしまうほどだ。

 床が抜けるほどではないようだが、鹿児島はさらに慎重に床を踏みしめ、部屋の中央に残る大きなシミの前で立ち止まる。


「この辺りが……一番匂う。別に線香なんて置いてないよなぁ」


 彼がそう言って不思議そうにしながらその場にしゃがみ込んだ。

 誰かが線香を供えたような跡などなく、しばらく人が立ち入っていないとわかるほどに埃が積もった部屋の中で、カビ臭さに混ざる線香の香りと、何かが腐ったような臭いが少しずつ強くなっていくのを感じた。


 幽心は部屋の入り口近くから動かずに、ジッと座り込んだ鹿児島の真上を見つめる。

 先ほどから耳に入る、何かが軋む音。ギィ、ギィと断続的に聞こえてくる音は、幽心が見つめる先にあった。














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