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道下幽心の心霊奇譚  作者:
第一章 吊られた男
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第三話











 名古屋からいくつかの電車を乗り継いで、岐阜にあるとある市へと到着した時には昼をとうに過ぎ、目を射るような日差しが夏陰の輪郭をより色濃く浮かび上がらせていた。


「写真で見るよりも随分と大きい建物ですね。へぇ……庭までついてる」


 見るからに廃アパートといった佇まいのそれに、幽心は思わずと言ったように口にした。


 昭和を感じさせるレトロな佇まいのアパートは、壁の至る所に蔦が這い、庭の草木が伸び放題伸びて林のようになってしまっている。

 構造自体は団地のようにのっぺりとした簡素な造りをしているが、部屋数は六部屋程とさほど多くはない。階段を真ん中にして左右対称に配置された部屋は、一部屋ずつの三階建て。建物の中央には管理人が常駐できるような管理人部屋がある。

 建物を囲うように庭があり、一階を半ば隠すほどの塀がグルリと設置されていた。

 その塀にはいたずらされたであろう落書きが多数あり、窓ガラスを割られたのか敷地内にはガラス片が散乱している。遠目から見ても随分と荒らされているのがわかった。


「最寄り駅からそんなに遠くもないし、敷地も広いだろ? 立地は良いんだよ、立地は。だから遊ばせるにゃあもったいねぇって五郎の兄貴が引き取ったは良いものの、どうにもなぁ」


「そう、ですね」


 鎖と南京錠でがっちり固定された門を、鹿児島がガチャガチャと音を立てながら開錠してどうにか開く。

 錆びついた門がゆっくりと開くと、日陰に入ったわけでもないのにじっとりとした冷気が足元を這った。


「鹿児島さんは……」


「新平でいい」


「……新平さんは、僕が五郎からどういった依頼を受けているのか、ご存じなんですよね?」


「あぁ、一応な。除霊ってやつだろ? まぁ、正直半信半疑なんだけどなぁ。俺はそういうの、見えたことねぇし」


 そう言ってスタスタと敷地に入っていく鹿児島は、自身がすり抜けた存在にまったく気が付いていないようだった。

 幽心の視界にはっきりと映っているそれらは、敷地内を幾重にも走る青白い光の道から湧きあがるように出てきては、当たり前のように建物内をうろつき始める。

 異形と呼ばれるような見た目を持つ者から、生前と変わらぬ見た目であろう者、色褪せた写真のようにセピア色をしていている者など、姿かたちは様々だ。


「これはまた、随分と多いですね」


 まるで敷き詰められるかの如く、霊道と呼ばれる道から吹き上がっては徘徊している見えざる者達。さながらすし詰め状態のそれに、幽心は呆気にとられたように思わずそう呟く。

 遠目で見てもわかるほどに、敷地内には蜘蛛の巣のように霊道が張り巡らされていた。この光景を見れば、非常識な霊の数は当然なのかもしれないが、それにしてもこの土地は随分と歪だ。


 鹿児島は一向に敷地内に足を踏み入れない幽心に気づいて不思議そうな顔をしていたが、建物の鍵を開け放ち、再び幽心を招くように顎をしゃくった。


「入りな」


 彼に促されて、幽心は門の向こうへと一歩足を踏み入れる。





 バキンッ!!





 その刹那、何かが折れるような大きな音が響き、鹿児島の肩がビクリと飛び跳ねた。


「な、なんだぁ?! 」


 敷地内へと幽心が歩みを進むたびに、幽心を拒絶するように断続的に音が鳴り続け、日の差さない建物の中というには少々冷たすぎる湿った風がどこからともなく強く吹きつける。

 たまに聞く家鳴りとは明らかに違う意図的に鳴らされたような音に、鹿児島の顔色は見る見る青白くなっていき、その視線は音の原因を見つけ出そうとせわしなく周囲を見回した。

 そんな彼を横目に、幽心は涼しい顔をして周囲を見回しながらゆっくりと建物内を歩き始める。

 足取りに不安などなく、まるで近所を散歩するかのような軽やかさに、置いて行かれた鹿児島は慌てて彼の背を追った。












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