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道下幽心の心霊奇譚  作者:
第二章 幸福の家

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第三話








 形代──それは、紙や麻、土などで人や動物の姿を模して作られた、いわば“身代わり”の人形である。

 大祓や人形神事など、穢れや厄を移して祓うために使われるそれは、古くから神事や呪術の道具として重用されてきた。


 事務所の床では、先ほど現れた黒い手の群れが、どこからか持ち出した真っ黒な土──粘土質のそれをいかにもな陣の上で丁寧にこねこねと練り上げていた。

 まるで工作好きの子供のように蠢きながらも器用に、猫又そっくりの形を整えていく様は、滑稽でありながらどこか背筋に寒気を覚える光景だった。


 当の猫又はといえば、達観したような、あるいはすべてを諦めたかのような遠い眼差しでその光景をただ見つめている。


「黄泉の土は、死を纏う特別な土なんですよ。この土で猫又君の“遺体”を偽装して、彼らに丁重に葬ってもらえば──形ばかりとはいえ、依頼は完了ということになります」


 幽心がそう告げると、新平は思わず眉をひそめた。


「なるっちゃなるけどよ……ほんとにそんな簡単にうまくいくか? これ、見た目はただの不気味な泥の塊だぜ? 毛皮もない、骨もない、形だけ猫ってだけじゃ、余計に疑われねぇか?」


「そこはほら、なんとかなりますよ」


「どういうことだっ……って、うわっ、なんだこれ!?」



 幽心がそう言って指をさす。

 その先に視線を移した新平は、思わず絶句した。


 どういうわけか、そこには“本物そっくりな猫の遺体”が、いくつも転がっていた。

 どれもこれも猫又そっくりで、試しに本猫を抱き上げて見比べてみても、三毛の模様や毛並みの具合まで寸分違わぬ出来栄え。

 さらに外で亡くなったかのような薄汚れた演出や、所々に滲む血のようなリアルな仕上げまで施されており、あまりの精巧さにゾッとするほどだった。


 とにかく、ディテールが細かすぎる。


『お、俺……俺がいっぱい死んでる……』


 膝の上でブツブツと呟き始めた猫又に、新平は慌てて声をかける。


「おいっ、しっかりしろ!」


 両手で猫又を抱えたまま軽く揺さぶると、その小さな体がぐらぐらと揺れた。

 新平の動揺とは裏腹に、向かいの幽心は「仲良しですねぇ」と微笑ましそうな眼差しを向けてくる。

 が――続けて口にした言葉に、新平はこの男のことを改めて「鬼だ」と確信した。


「さぁ、今度はこの中から“いちばんの遺体”を選びましょう! うーん、どれも力作で悩みますねぇ。猫又君は、どれがいいですか?」


 幽心はソファから立ち上がると、ずらりと並べられた形代を一つひとつ手に取りながら、「これも良い」「あれも捨てがたい」と、満足そうに品定めを始めた。

 その周囲では、黒い手たちがやいのやいのと騒ぎ立てながら動き回っており、その様子はまるで――悪魔たちのサバトのようだった。


 やがて幽心はクルリとこちらを振り返ると、滅多に見せない満面の笑みを浮かべながら、手にした形代をズイと差し出してくる。


「これとかどうでしょう? ほら、この舌をベロンと出した感じが、とってもリアルでいいと思うんですよねぇ」


 猫又は差し出された形代を間近で見た瞬間、小さく悲鳴を上げると、新平の腕の中で儚い少女のようにそのまま意識を失った。


 ――それも無理はない。


 自分そっくりの遺体が所狭しと並ぶ異様な空間で、よりにもよって一番精巧な「自分の死骸」を突きつけられたのだ。

 繊細な心を持つ者なら、気絶するのも当然だった。


 新平は腕の中の猫又に深く同情した。

 もし自分が同じ立場なら、間違いなく彼と同じ反応をしていただろう。


「あらら、ちょっとばかり迫力がありすぎましたかね?」


 幽心は申し訳なさそうに言うが、声の調子からして本気で反省しているようには到底思えない。


「……もう、それでいいから。他のは片付けてやってくれ……」


 新平が疲れ切った声でそう言うと、幽心は満足げにうなずき、手を軽く叩いて黒い手たちに声をかけた。


「お姉さま方、ありがとうございました。これに決まりそうです。作ってくださったお姉さま方には、後ほど何かお礼を差し上げますね」


 すると、事務所の空気が一転し、黒い手たちから一斉に拍手が湧き上がった。


 まるで質の悪いブラックジョークを目の前で延々と見せつけられているような気分になりながら、新平は猫又を抱きしめたまま、盛大なため息をついた。









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