第66話 密談
ギルガレットはエミリアに二人っきりで相談したいことがあると提案する。
カレンは反対するが、エミリアが大丈夫だからといいギルガレットについていく。
ギルガレットはゆったりとした動作で部屋のドアを閉め、エミリアと二人きりになった。
小部屋の中は静かで、外の喧騒から切り離されたような空間だった。
彼は重々しい雰囲気をまといながら、エミリアに向き合うと、その威厳に満ちた声で口を開いた。
「エミリア、君は偉大な力を秘めている。自由な世界を築く気はないか?」
その言葉は単なる提案以上のものだった。
エミリアはギルガレットの視線を感じながら、彼の言葉に耳を傾けた。
彼はゆっくりと歩き回りながら、アルドゼファー大陸の現状を語り出した。
「アルドゼファーは資源が乏しい。だからこそ、他の大陸との交流が必要だ。だが、それが叶わないとなれば、侵略もやむを得ない。生き残るために、戦う必要があるんだ。」
彼の言葉は冷徹だったが、現実的でもあった。
ギルガレットは戦争という手段をためらうことなく口にし、次に口にしたのは、封絶結界についての話だった。
「その戦いの中で、封絶結界が障害となっている。元始天帝ミネアが結界を張っている限り、我々の行動は制約され続ける。だからこそ、彼女を討たねばならない。五大天帝の三柱はすでに同盟を結んでいる。だが、エリシアは自由すぎて、野心も無い。だから誘わなかった。しかし、君は違う。エミリア、君にはその素質がある。だから、君を誘いたいんだ。」
ギルガレットの声は力強く、彼の思いがはっきりと伝わってきた。
彼はエミリアが自分の側に立つことを望んでいたのだ。
だが、エミリアの心は揺れ動いていた。
彼女はミネアから受けた数々の恩を思い返していた。神威の権能を覚醒させ、制御するための修行をミネアが導いてくれた。
さらに、セレスティア使節団の結成や、世界を巡る旅の支援も彼女から受けた。
ミネアは常に彼女を支え、信頼してくれていた。
ギルガレットの提案には確かに魅力があった。
アルドゼファーの未来を見据え、強大な力を持つ者同士が手を取り合うことで、新たな秩序を築けるかもしれない。
しかし、それはミネアを裏切ることになる。
エミリアは彼女を尊敬し、恩を感じていた。それに加えて、彼女の旅の目的は世界を良くすることだった。
ミネアの指導のもとで彼女は成長し、神威の力を身に着けてきた。
エミリアは静かに目を閉じ、ギルガレットの言葉を噛みしめた。
彼の提案は大きな決断を要求していた。
しかし、ミネアを裏切ることなどできない。
彼女の胸の中にあったのは、ミネアへの信頼と、これまで築いてきた絆だった。
ゆっくりと目を開け、エミリアはギルガレットに静かな口調で答えた。
「ギルガレット様…私はミネア様に多くの支援を受け、彼女に恩義を感じています。そして、私が今ここにいるのは、彼女のおかげです。私は世界を良くするために旅をしてきました。その目的を裏切ることはできません。」
ギルガレットはしばらく黙ってエミリアを見つめていた。
彼の顔に一瞬、顔が歪み、失望がよぎったが、すぐに消えた。
「そうか…やはり君はそう言うと思っていたよ。」
彼は軽くため息をつき、エミリアの決断を受け入れるように頷いた。
「だが、もし考えが変わることがあれば、いつでも話してくれ。君の力は必要だ、エミリア。」
ギルガレットはエミリアをじっと見つめながら、慎重に言葉を選びつつ問いかけた。
「さて、五大天帝のうち三柱はすでに同盟を結んでいるが、エリシアと君はどうだ?天帝候補として、どちらの立場につくわけでもないということか?」
その質問は直接的であり、彼の意図を隠すことなく示していた。
エミリアはその瞬間、会話の緊張が一気に増したのを感じた。
彼女の立場、彼女の選択が、今後の世界の行方を左右するほどの重要な意味を持つことを知っていた。
エミリアは思わず目を伏せ、深く考え込んだ。
ギルガレットの言葉には一理あった。
三柱が結んだ同盟は強大であり、その力に対抗できるのは限られた者たちだけだ。
彼がエリシアを排除したのは、その自由奔放な性格と無関心さが彼の計画にとって不都合だからだと理解できた。
だが、それでもエリシアは決して軽んじられる存在ではない。
彼女が持つ自由な力と影響力は、他者には持ちえないものであり、その選択肢を完全に無視するのは危険だと感じていた。
そして、自分自身の立場——天帝候補としての立場——をどうするべきか。
ミネアの恩義は彼女にとって重く、その指導のもとで培われた信頼は深かった。
だが、ギルガレットが提案する自由な世界の未来もまた、一考に値するものだった。
資源の乏しいアルドゼファー大陸の未来を思えば、彼の計画に参加することで、多くの人々を救える可能性がある。
彼女は葛藤の中で、自分の役割を深く考えた。ミネアが彼女に求めたのは、ただ従うことではなく、自らの判断で道を選び取ることだった。それこそが、天帝としての責務であり、彼女に託された使命でもある。
エミリアはゆっくりと顔を上げ、ギルガレットの真剣な眼差しを受け止めた。
彼女の表情は変わらず穏やかだったが、その瞳の奥には鋭い決意が宿っていた。
「ギルガレット様、私はまだどちらの立場にもつかない。エリシアも、あなた方三柱の同盟も、それぞれに異なる価値を持っている。私は自分の目で見て、感じたことをもとに決断したい。」
ギルガレットは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに理解を示すように頷いた。
「ふむ、それが君らしい選択だな。しかし、その猶予は長くはないぞ。時が来れば、どちらかに立たねばならない時が必ず訪れる。その時、君の選択が世界を動かすことになるだろう。」
その言葉に、エミリアは静かに頷いた。彼女の心の中では、まだ決着がついていなかったが、少なくとも今は、その決断を急ぐべき時ではないと感じていた。




