第64話 獣人の生まれ
大浴場から上がったばかりのエミリアたちは、ほのかに頬を染めながら外の風に当たっていた。
夜風は心地よく、彼女たちの体に溜まった温もりを優しく包み込む。
空を見上げると、満月が静かに輝き、その周囲に星々がきらめいていた。
しかし、彼女たちの目を引いたのは月のそばに見える異質な白い影だった。
それは、まるで天を突く塔のようにそびえ立っていた。
「ねえ、あれは何かしら?塔みたいだけど…」
エミリアが声を上げた。
その時、背後から重々しい足音が近づいてきた。
振り向くと、そこには年老いたライオンの獣人が立っていた。
彼の鬣は灰色に変わりつつあり、深い皺がその顔に刻まれていたが、その目には不思議な知恵と優しさが宿っていた。
彼は彼女たちの視線を追うように空を見上げ、ゆっくりと口を開いた。
「あれは方舟だ…アルドゼファーだよ。かつて落ちてきたのだ。」
彼の低く、しかし静かな声が夜の静寂に溶け込んだ。
「方舟…?」一エミリアが小さくつぶやいた。「それは、どういう意味ですか?」
年老いた獣人はゆっくりとうなずき、語り始めた。
「ずっと昔…この世界は戦火に包まれていた。人間同士の争いだけではなく、異なる種族、異世界の存在たちとの壮絶な大戦が繰り広げられていたんだ。どこに行っても死と破壊しかなかった。そうした絶望の中で、選ばれた人々が方舟計画を立てたんだ。この星を脱出するために、そして新しい始まりを求めて…」
彼は空に輝く方舟を見上げ、かすかに苦い笑みを浮かべた。
「エーテルリアクターという強力な動力を使い、彼らは方舟を作り上げた。その方舟には、人間だけでなく、動物たちも乗せられた。戦いの中で滅びゆく種族たちを守るために。そして、その方舟こそが、星間移動方舟アルドゼファーだったのだ。」
「それで…どうして方舟はこの地に降りてきたのですか?」エミリアが興味深そうに尋ねた。
獣人は目を閉じ、遠い過去の記憶を呼び起こすように息を吐いた。
「計画通りにいかなかったのだ。方舟は無限の星々を目指して航行していたが、ある時、エーテルリアクターに異常が生じた。制御不能になった方舟は、行き場を失い、やがてこの星に降り立った。そして、方舟内部では異変が起こった。エーテルリアクターは人の魂と動物の魂を不思議な形で融合させてしまったのだ。」
彼の言葉を聞いて、エミリアは思わず息をのんだ。
彼女たちは獣人の存在には慣れていたが、その起源について深く知る機会はなかった。
「その結果が、私たち獣人だ。」
獣人は自分の胸を軽く叩きながら続けた。
「人と動物の魂が混ざり合い、新しい命として生まれたのが我々だ。かつての人間でもなく、かつての動物でもない。私たちは新たな存在として、この地で生き延びてきた。」
彼の声には、深い悲しみと同時に誇りが混じっていた。
「つまり、方舟がこの地に降りたことで、獣人が生まれたんですね…」セレナがそう確認するように言った。
「その通りだ。そして、今もなお、あの方舟はそこにある。まるで、過去の罪と運命を背負い続けるかのように…」獣人は静かに言葉を紡いだ。
彼女たちは再び空を見上げた。
月の隣に浮かぶ方舟アルドゼファーは、静かにその場に佇んでいた。
それはまるで、過去の悲劇を語りながらも、未来への希望を見守るかのようだった。




