第48話 暗殺計画(挿絵あり)
埃まみれの薄暗い建屋の中、タコのような姿をした魔族オイスタは震える声で全てを吐き出し始めた。
エリシアの冷たい視線の下、彼は魔王の圧倒的な力に屈服していた。
彼女の存在そのものが、彼の心を縛りつけ、嘘偽りを言えば命がないことを悟らせていた。
「5代目魔王エリシア様はご健在ですが…」
オイスタは言葉を選びながら話し始めた。
「ですが、魔界では今、6代目魔王ゼネガル様が支持を集めています。さらに、魔族たちの悲願である地上侵攻も、もう目前です。」
エリシアは軽くため息をつきながら、無表情でオイスタの言葉を聞いていた。
地上侵攻、ゼネガルの支持。すべては、魔界で繰り返される権力争いと、滅びの予感に満ちた話だった。
エリシアの眼差しには、少しも驚きや焦りの色は見えなかった。それどころか、全てを見透かしているかのように冷静であった。
「元始天帝ミネアの封絶結界により、最凶六魔怪の半分が封印されました。その結果、魔界の大半の者はエリシア様を頼るようになりましたが…」
オイスタはしどろもどろに続けた。
「ここ数ヶ月、エリシア様が魔界を不在にされている間に、ゼネガル様の影響が強まっております。」
エリシアは冷笑を浮かべた。
「自称でしょ?」彼女の声には皮肉がこもって いた。
ゼネガルーー6代目を名乗るその男が、真の魔王の力を持たないことは彼女の知るところだった。魔王のカを持たない者が、いかに権力を得ようと、その実体は脆弱でしかない。
「ですです。」
オイスタは焦ったように領きながら答えた。「ですので、逆呼びの儀式を通じて、エリシア様の暗殺計画が進行中なのです。」
「逆呼びの儀式?異世界召喚の反転術式の?」
エリシアは眉を僅かに動かした。その儀式の名は、彼女にも聞き覚えがあった。
魔王の呪いは、討伐者に乗り移るという古代の呪いだ。
ゼネガルはエリシアを討ち、魔王の力を奪いとる。それが彼の目論見だとオイスタは続けた。
「ゼネガル様は、エリシア様を殺し、その儀式によって魔王の力を呼び寄せ、正式に6代目魔王になろうとしているのです」
オイスタの声は震え、 恐怖が彼の身体を支配していた。
エリシアは目を細めながら、その言葉を頭の中で反した。
ゼネガルの行動は、脅威であった。
もし、彼が魔王の力を手に入れることがあれば、魔界は混乱の渦に飲まれるだろう。
「愚か者」エリシアは冷ややかにささやいた。
「彼が本当に魔王の力を手に入れるとでも思っているのかしら?」
「ですが、エリシア様。彼は確実に動いております。既に、あなたを暗殺するための刺客も送り込まれています。そこのディレードです。」
オイスタの言葉を信じれば、刺客はもう取り込んでいた。
しかし、彼女の瞳には冷静な光が宿っていた。
「…他には刺客はいないの?」
オイスタは身体を?くねらせて
「人材不足でございます。おいらとディレードのふたりで頑張って瘴気の森で見張ってました。」
ゼネガルが何を企もうとも、彼の手がエリシアに届くことはないと確信しているようだった。
「地上侵攻ね。」エリシアは薄笑いを浮かべた。
「その計画、少し興味があるわ。けれど、ゼネガルごときが私を殺すつもりなら、もう少し準備をした方がいいわね。」
暗殺計画は失敗に終わっていた。
エリシアは目の前の怪物、異様な存在感を放つ目玉の怪物を一瞥し、冷ややかに言った。
「これを返しておくわ、オイスタ。」
彼女の声には感情の揺れが全く感じられず、無機質であった。オイスタはおどおどとした態度でその命令に従い、目玉の怪物を回収する。
しかし、次にエリシアがディレードを見つめ、問いを投げかけると、彼女の目には疑念が浮かんでいた。「ディレードの右目はどうなっているの?あの目玉と何か関係があるのかしら?」
オイスタは驚きつつも、すぐに答えた。
「へぇ…実は、その通りです。彼の右目は元々病気に侵されていて、使い物にならなかった。そこで、おいらに頼んで目玉を寄生させたんです…ちょうど良い機会だったんでね。」
エリシアの表情が一瞬にして険しくなった。不快感が全身から伝わり、彼女の冷たい瞳はオイスタを貫くように睨んだ。
「そんな気持ち悪いことを…」彼女は低い声で呟き、
「すぐに魔眼移植士を呼んで治療しなさい」と命じた。その命令には微塵の妥協もなかった。
ディレードの顔は痛々しく歪んでいたが、彼の忠誠心は揺るぎなかった。エリシアの命令が絶対であることを彼は深く理解していた。
オイスタは恐縮しながら頷き、すぐに対応に取り掛かることを約束した。
しかし、エリシアの問いはそれで終わらなかった。
「それで、彼の姉メリアはどこにいるの?」彼女の冷淡な声が建屋に響き渡る。
オイスタは驚きと困惑の表情を浮かべた。
「メリア…確かにここにいるはずですが…どうしてそのことを…?」
エリシアは一瞬、少年――ディレードを見つめた。
彼にはまだ知らされていない事実があった。だが、エリシアには心当たりがあった。
メリア――彼女の名前は、エリシアの記憶の中に深く刻まれていた。
「メリアは、魔界出身のマナレスだったはず。魔力を持たないが、非常に優れた技術者だったのよ。」
エリシアの声は冷静だが、どこか懐かしさが漂っていた。
「彼女の存在が、大陸縦断列車の実現に不可欠だった。」
100年前、初代冒険者組合総長がバモスカラ大陸に鉄道を敷設する計画を立てた。
当時、その計画は人望と知識に溢れた総長の指揮のもと進められていた。
しかし、技師不足という重大な障害に直面し、計画は頓挫したまま彼はこの世を去った。
それから数年前、エリシアは散歩中に偶然、魔界で機械いじりに夢中になっている少女――メリアに出会った。
彼女の技術への情熱と魔力を持たないにもかかわらず、機械を自在に扱う才能に、エリシアは興味を惹かれた。
バモスカラ大陸の鉄道計画を話すと、メリアは目を輝かせ、すぐにでもその地に連れて行って欲しいと頼んだ。
エリシアはその願いを受け入れ、メリアを地上へ連れて行った。
長年放置されていた鉄のレールを目の当たりにしたメリアは、その場で新たな夢を抱いた。
それは、技師の不足を解消し、この列車計画を完成させることだった。
メリアは数年で地上にいるマナレス(魔力のない人間)たちを集め、彼らに技術を教え、技師として育成した。
彼女の指導の下で列車計画は遂に実現したのだ。
エリシアはその時、メリアが魔界に残してきた弟のことを何度か口にしていたのを思い出した。
メリアは常にその弟を気にかけていたが、もしや…エリシアはその思いがけない繋がりに気付き始めていた。
「もしかして…ディレード、君の姉はメリアなのかもしれない。」エリシアは静かに言った。
ディレードの目が驚きに見開かれる。
「姉…メリア?本当ですか…?俺の姉は、ずっと魔界で…」
エリシアは頷きながら、オイスタを見つめた。
「メリアを連れてきなさい。この話を終わらせるためにも、全てを明らかにする必要があるわ。」
タコ魔族オイスタ。
腕?足はすぐ再生可能。




