第46話 ひとときの休憩
トンネルを抜けた瞬間、車窓から差し込む眩しい日差しがエリシアのまぶたに触れた。
「ん~…あら、寝ちゃったみたい。」と、エリシアは目をこすりながら体を伸ばした。
目の前にはカレンが座っており、その顔は魔眼封じの布で覆われていた。
カレンの無表情な横顔を観察していたエリシアは、ふと彼女が本当に見えているのか、改めて疑問に思った。
「エリシア様、この度は列車の旅の配慮とおもてなし、我ら使節団一同、心より感謝しております。」カレンは深々と頭を下げ、丁寧に感謝を述べた。
エリシアは一瞬、驚いた表情を浮かべ、
「あらぁ、あなたってそんなに固かったの?」と冗談交じりに返した。
まだ完全に覚醒していない彼女にとって、カレンの真剣な態度は少し場違いに感じられた。
カレンは続けて、少し緊張した様子で言葉を続けた。
「エリシア様に一つ、お耳にしていただいた方が良いと思い、ご忠告に参りました。」
エリシアは一瞬、自分が寝ている間に魔獣を召喚してしまったのかと不安になったが、カレンは思わせぶりに間を置き、
「あの少年、ディレードの視線に違和感を感じます。」と言った。
エリシアは一瞬、からかうように微笑んで、「いやらしい目で見ているってこと? 確かに後ろからついてきたり、背中やお尻を見られているかもしれないけど…あの年頃の男の子なら、興味津々なんじゃない?」と軽い調子で答えた。
カレンは、眉をひそめつつ首を横に振った。「いえ、そうではなく、彼自身の名誉を守るためにむしろ極力、見ないようにしているのだと思います。ではなくて、別の視線が混じっているような感じがするのです。まるで、誰か別の存在が彼を通してこちらを覗いているような…」
その言葉を聞いて、エリシアは内心で「なるほど」とつぶやいた。
ディレードが魔族に監視役として押し付けられた少年であることを思い出し、彼の行動に一抹の不自然さを感じていた。
彼が頻繁に連絡を取っていないのも気になっていたが、カレンの言葉でその理由に確信が持てた。
首輪の鈴のように、彼の「目」が魔族の視線の中継地点となっているのだ。
「どっちの目かしら?」エリシアは冷静に問いかけた。
カレンは少し考えた後、静かに答えた。「右目に何かがあります。別の誰かが、彼を通して覗いている感じです。」
エリシアはその答えを聞きながら、どう対処すべきか一瞬考え込んだ。
しかしすぐに、逆にこの状況を利用できることに気づいた。
魔族がこちらを覗いているなら、逆手に取って彼らに誤った情報を流せるかもしれない。
「カレン、教えてくれてありがとうね。」エリシアは微笑みを浮かべて言った。「これからもエミリアちゃんを見ていてくれると助かるわ。」
カレンは顔を赤らめ、エリシアに頭を下げた。「いえ、お役に立てて光栄です。何かあれば、どうかお知らせください。いつでもお力になります。」
エリシアは心の中でため息をついた。
ここにいる使節団の人々は本当に善意に満ちていていた。
「ええ、気をつけるわ。」そう言って、彼女は立ち上がり、気分を切り替えるためにビールをもう一杯もらいに行った。
カレンが去るのを見送りながら、エリシアはこの列車での旅が、これからの策略どう影響するかを頭の片隅で考え始めていた。
彼女の口元には、何か企んでいるような微かな笑みが浮かんでいた。
エリシアは列車の食堂に入ると、ふわりと香ばしい料理の匂いが漂ってきた。
旅の疲れが少し取れたのか、急にお腹が空いてきて、メニューに目を通すことにした。
テーブルに腰を下ろし、前に広げられたメニューを眺めながら、どれにしようかと考えていた。焼き魚、ジューシーなステーキ、クリーミーなスープ……どれも美味しそうで、なかなか決められない。
ふと、食堂の奥から3人の子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。エミリア、セレナ、そしてディレードだ。
エリシアはちらりとそちらに目をやり、彼らが笑いながら料理を取り合っている様子を微笑ましく眺めた。
エミリアはセレナと共に、ディレードに何かを話しかけながら、彼の前に並んでいる料理を次々と指さしていた。
「ねぇディレード、これ食べた?あれも美味しいんだって!」「これも試してみてよ!」エミリアはまるでツアーガイドのように、次々と食べ物の魅力を語り、ディレードを食の冒険に引き込んでいた。
セレナはエミリアに比べて少し控えめだったが、時折ディレードに微笑みかけ、彼に話しかけるエミリアを眺めながら、楽しそうに頷いていた。彼女の目には、静かな喜びが映っていた。
ディレードはそんな二人に囲まれ、少し戸惑いながらも、彼なりに楽しんでいるようだった。食堂に響くエミリアの笑い声に、彼の硬い表情も次第に和らいでいく。
彼は最初、何もかもが非日常的で、この豪華な列車の旅が少し手に余るように感じていたが、エミリアたちと一緒にいるうちに、その感覚も少しずつ薄れてきていた。
エリシアはちらりとそちらに目をやり、エミリアがディレードに何かを差し出しているのを見つけた。
「これ、食べてみてよ!すっごく美味しいの!」と彼女がディレードに渡したのは、列車特製のスモークチーズだった。
「スモークチーズなんて、こんなところで初めて見た!」
エミリアは目を輝かせて、ディレードに強く勧めている。
「ほんのりと甘くて、香ばしいんだよ。絶対気に入ると思う!」
ディレードは少し戸惑いながらも、そのスモークチーズを受け取った。
「ありがとう…」と一言だけ口にして、恐る恐る一口かじってみる。噛むたびに広がる濃厚なチーズの風味と、スモークの香ばしさに、彼は思わず目を見開いた。「…美味しい!」
「でしょ?」エミリアは嬉しそうに笑い、セレナもそれに続いて微笑んだ。
彼女たちは次々とディレードに新しい料理を勧め、その度に彼は驚き、そして少しずつ打ち解けていく。
その光景を、エリシアは遠くから眺めていた。彼女は何気なく目を細め、微笑みを浮かべる。自分が思っていた以上に、エミリアが列車の旅を楽しんでいることが、彼女にとっても少し嬉しかったのだ。
エリシアはその光景を、メニューを手にしながら眺めていた。
微笑ましい光景だが、彼女はディレードに対する一抹の不安を抱えていた。
彼の笑顔にはどこかぎこちなさが残っており、完全に心を開いているわけではなさそうだった。
それでも、エミリアたちの純粋な明るさが、彼の頑なな心を徐々にほぐしているように見える。
エリシアはそんな彼の様子を少し考えながら、再びメニューに目を戻した。
豪華な列車の旅で提供される料理はどれも美味しそうで、どれを選ぶか迷ってしまうほどだった。スモークチーズに触発され、彼女もチーズ料理を頼もうかと考えたが、結局、ステーキを選んだ。
柔らかくジューシーな肉と、その上に溶けたバターが食欲をそそる一品だ。
彼女は注文を終えた後、ビールを一杯追加で頼み、ディレードに目をやった。
「さて、どう料理してやろうかしらね…」
彼女は自分に向けて微かにささやいた。
今は子供たちの楽しそうな時間を壊すつもりはなかったが、近いうちにディレードの秘密に踏み込む必要があると感じていた。
そんなことを考えながら、エリシアは食堂のスタッフにオーダーを伝え、目の前に差し出される料理に期待を寄せた。
それと同時に、彼女の視線は再び楽しそうに過ごす3人の子供たちへと戻り、ほんの一瞬だけ、無邪気な笑い声に耳を傾けた。




